Design

航空便よりCO2排出多い海上輸送、このソーラー船が革命もたらすか

Peter Charaf/Race for Water/Julien Girardot & Charlotte Guillermot

ベルギーの起業家であり経済学者でもあるグンター・パウリ氏は、「ポリマ号」に乗船した最初の数日間、ソーラー船の静けさに唖然(あぜん)としたという。

パウリ氏は電話インタビューの中で、「エンジンが動いていない時は静寂に包まれており、畏敬(いけい)の念や立ち直る力を感じる。熟考する時間はたっぷりある。『ああ、私はもろく弱い存在だ。今あるものを大切に使わなければ』という気持ちになる」と語った。

限られた資源を有効に活用することこそ、環境研究を中心としたコンセプトボート、ポリマ号を支える基本理念である。ポリマ号は、持続可能な技術がいかにして海運業界に革命をもたらすかを示すことを目指している。

海上輸送は世界貿易の80%以上を占める。だが海上輸送は、海洋生態系を破壊し、海洋酸性化の一因となり、二酸化炭素(CO2)の年間排出量は航空輸送を上回ると言われている。

ポリマ号は昨年12月18日、少人数の乗組員とともに大阪から出航し、5大陸の数十カ所に寄港する計画だ。3年間の周航を経て、2025年の大阪・関西万博に間に合うよう日本に帰還する。

ドバイで停泊するポリマ号=3月/Audrey Meunier
ドバイで停泊するポリマ号=3月/Audrey Meunier

芸術的なデザインのひらめき

ポリマ号は、サステイナビリティー(持続可能性)の事例研究でもある。甲板の下には、パウリ氏が食用の藻の「スピルリナ」やキノコを栽培するための小さな農場がある。エアバブルネットは、魚を重量別に分け、卵を抱えるために重くなりがちな繁殖期の雌を放つことで乱獲を防いでいる。また、ソーラーパネルを動力源としているだけでなく、海水からナノプラスチックを分離・濃縮し、水素燃料に変換するフィルターも近く搭載される予定だ。

船は全長約36メートル、幅約24メートル。船のデザインも、ポリマ号の環境メッセージを伝えるうえで、グリーンエネルギーの生産と同じくらい重要だとパウリ氏は考えている。

ポリマ号のメインルームであるVIPスイートとメインホールの2部屋の内装は、ロシアのマトリョーシカ人形、日本の折り紙、スイスアーミーナイフの折衷的な組み合わせからインスピレーションを得たものだ。

船内のスペースは限られているため、マトリョーシカ人形からヒントを得て、互いにスライドして簡単に収まる収納システムを開発し、スペースを確保。一方、折り紙の複雑さは、引き出しのように壁に折りたためる棚や座席、テーブルなどで再現された。また、教室、展示スペース、図書室、食堂など、さまざまな用途に使用できるメインホールには、スイスアーミーナイフの適応性が反映されている。

これら3つは一見すると共通点がないように見えるが、最小限の素材を効率的かつ創造的に使うという点で結びつきがあるとパウリ氏は説明。また同氏は、それぞれからアイデアを得て、ポリマ号の内部を「変革」したと述べた。

「この船は、実用的な道具をコンパクトに1つにまとめたものだ」とパウリ氏は言う。だが、それはまた、芸術からヒントを得たものでもあるという。

パウリ氏は「偉大な芸術家は社会の偉大なアンテナである」と考え、イタリアの著名な画家で理論家のミケランジェロ・ピストレット氏(88)が提唱した、自然とテクノロジーがバランスよく融合された「第三の天国」の概念をモデルに船をデザインしたという。CNNの取材に応じたピストレット氏は、ポリマ号は自分のコンセプトを実現化する「可能性」を提供してくれるだろうと語った。

ピストレット氏は電話インタビューの中で、「気候危機はテクノロジーの進化後に直面する状況であるが、我々が自由になればなるほど、進歩すればするほど、それに対して責任を負う必要がある。芸術とは、自律と責任の相互作用なのだ」と述べている。

ピストレット氏の作品は、他の数人の芸術家の作品とともに船内に展示される。同氏はこれについて、「テクノロジーの自然への再統合」と表現した。

パウリ氏にとっては、持続不可能な慣行の矢面にさらされている環境と地域社会に対する責任感が、このプロジェクトの原動力となった。「我々はこれまで、環境問題についてあまりにも多くの分析を行ってきたが、問題を分析しすぎると、しばしば麻痺(まひ)状態に陥ってしまう。我々がやっていることは、必要なものにはほど遠いが、可能なものにもほど遠い」(パウリ氏)

さらにパウリ氏は「今あるものを改善するだけではだめだ。意識と創造力を使って、次に続く事柄を想像しなければならないし、それは単なる改善であってはならない。そこで、不可能と思われていたプロジェクトを立ち上げることにしたのだ」と述べた。

教育という使命

ポリマ号は向こう3年間航海を続けるが、旅の中心となるのは双方向型の教育だ。パウリ氏は世界各地に寄港し、一般市民や研究者、産業界のリーダーたちと交流しながら、船のデザインについて伝えていきたいという。メインホールを教室として活用することで、子どもたちに船内のイノベーション(技術革新)を紹介し、次世代への刺激につなげていく狙いだ。

出航前のポリマ号=大阪/MS Porrima's Blue Odyssey/Handout
出航前のポリマ号=大阪/MS Porrima's Blue Odyssey/Handout

だがパウリ氏は、近い将来にも変化を起こしたいという。ポリマ号に使用されている技術の一部は、海運業界で普及することが期待されている。パウリ氏によると、24年までに地中海に浮かぶ1000隻の船に同氏のナノプラスチックフィルターが取り付けられ、より大規模な浄化活動が開始される計画だ。また25年までには、モロッコでパウリ氏の気泡漁業技術を搭載した船団が進水予定だという。

「何かを発明するだけでは十分ではない」とパウリ氏。「何かユニークなことをしたら、それをデモクラタイズ(民主化)し、利用可能にするのだ」と述べたうえで、「この技術が、持続不可能な慣行に依存している地域社会を救うために本当に活用できると気づいた時、力が湧いてくるのだ」と語っている。

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