化石燃料の採掘中に発見された温暖化対策のカギ

米中西部で行われたナチュラルハイドロゲンエナジーによる掘削の様子/Viacheslav Zgonnik

2023.10.30 Mon posted at 17:03 JST

(CNN) 化石燃料を探し求めてフランス北東部を採掘していた2人の科学者は、自分たちが気候変動対策を加速させうる発見をするとは予想していなかった。

ジャック・ピロノン氏とフィリップ・ド・ドナート氏はフランス国立科学研究センターの研究主任。地下深部岩石層の水に溶解しているガスを分析できる「世界初」の特殊な探査機を使って、ロレーヌ鉱山盆地下層のメタン量を調査していた。

数百メートル掘り進んだところで、探査機は低濃度の水素を検知した。「これにはたいして驚かなかった」とピロノン氏はCNNに語った。掘削した穴の表面付近で少量の水素が検知されることは珍しくない。だがさらに掘り進めるにつれ、水素濃度は地下1100メートルで14%、1250メートルで20%と上がっていった。

ひょっとすると、過去最大級の「ホワイト水素」貯蔵層かもしれないとピロノン氏は言う。今回の発見で、すでに関心を集めている水素がさらに盛り上がっている。

ホワイト水素は「天然水素」「ゴールド水素」「地中水素」とも呼ばれる。地球の地殻で自然に生成された、または存在する水素のことで、気候変動対策の究極の理想ともいうべき存在だ。

水素は燃焼すると水しか生成しない。航空業界、海運業、製鉄業など、膨大なエネルギーを必要とするものの太陽光や風力発電で賄うのは不可能な業界では、水素が次のクリーンエネルギー源として注目を集めている。

水素は自然界にもっとも多く存在する元素であるものの、一般的には他の分子と結合した形で存在している。現在商業利用されている水素は生成過程で大量のエネルギーを消費する。エネルギー源のほとんどは化石燃料だ。

水素の種類を区分するために、様々な色が略称に用いられている。「グレー」はメタンガスから、「ブラウン」は石炭から生成した水素だ。「ブルー」はグレー水素と同様にメタンガス由来の水素だが、副産物として生成される温暖化ガスを大気に放出する前に回収している。

気候変動の観点で最も期待されているのが、再生エネルギーを使って水を分解する「グリーン水素」だ。だがいまのところ製造行程は小規模で、費用もかさむ。

そうした理由からここ数年、燃焼しても環境に負荷がなく、豊富に眠っていると思われる手つかずのクリーンエネルギー源として、ホワイト水素への関心が急激に高まっている。

「間違った場所に目を向けていた」

「4年前に天然水素をどう思うかと尋ねられたら、『そんなものは存在しない』と答えていただろう」と語るのは、米地質調査所(USGS)の地球化学者ジェフェリー・エリス氏だ。「水素がそこら中にあるのは常識」だが、科学者の間では大量に堆積(たいせき)することはありえないと考えられていたという。

そんな時、エリス氏はマリの出来事を耳にした。今日のホワイト水素ブームのきっかけは、この西アフリカの国から始まったと言っても過言ではない。

1987年、ブラケブグーという村で採掘作業員が井戸の縁にもたれかかりながらたばこを吸っていると、突然井戸が爆発し、作業員はやけどを負った。

すぐさま井戸は封鎖され、ずっと放置されていたが、2011年に石油ガス会社が封鎖を解いたところ、井戸からガスが発生していたという。その98%が水素だった。水素は村の電力源に利用され、10年以上経過した今も生成され続けているという。

18年に井戸の調査が行われると、科学界の目が注がれた。エリス氏もそのうちの一人だったが、「こんなことはありえないと分かっていたので」、当初は調査に誤りがあったに違いないと考えていた。

その後、新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的大流行)が到来し、時間に余裕ができたエリス氏は詳しく調べてみることにした。調べていくうちに「自分たちは探そうともせず、間違った場所に目を向けていた」ことに気がついた。

1980年代から石油地質学者として活動するエリス氏も、最近の発見に胸を躍らせている。同氏はエネルギー市場に革命をもたらしたシェールガスが米国で急成長するのを目の当たりにしてきた。「そして今度は」と同氏は言う。「おそらく第2の革命と思われる時代に突入した」

ポー・エ・デ・ペイ・ド・ラドゥール大学とソルボンヌ大学の科学研究者で、ホワイト水素に詳しいイザベル・モレッティ氏も同意見で、水素は「非常に将来有望だ」と述べた。

「いまや問題は資源そのものではなく、経済的かつ膨大な埋蔵量がどこにあるかだ」とモレッティ氏はCNNに語った。

上空から捉えたナチュラルハイドロゲンエナジーの掘削作業

大挙するベンチャー企業

ホワイト水素の生成過程は数多くあるが、大規模で天然の貯蔵地が形成された経緯についてはいまだ分かっていない部分もある。

地質学者の間では、鉄を豊富に含んだ石と水が科学反応を起こして水素を生成する「蛇紋石化作用」と、水分子を放射線が分解する「放射線分解」に絞られている。

ホワイト水素の埋蔵地は、米国、東欧、ロシア、オーストラリア、オマーン、フランスやマリなど、世界各地で発見されている。

偶然発見されたケースもあれば、「フェアリーサークル(妖精の踊りの環)」とも呼ばれる地形を手掛かりに探すケースもある。浅い楕円(だえん)形のくぼみは、水素が漏れ出ている可能性を示す指針だ。

エリス氏の推計では、世界には数百億トンのホワイト水素が眠っているとみられる。現在1年間で生成される水素量の1億トンをはるかに超える数字だ。2050年までに年間5億トンを生成することも予想されるとエリス氏は言う。

「ほぼ間違いなく、ホワイト水素の大半は蓄積量が極めて少ないか、遠洋に位置しているか、あまりにも深すぎて現実的に生成が経済的でないかだ」とエリス氏。だがそのうちわずか1%でも見つけて発掘できれば、200年間で5億トンの水素が生成できるだろうとも付け加えた。

多くのベンチャー企業にとって、のどから手が出るような見通しだ。

オーストラリアを拠点とする企業「ゴールドハイドロゲン」は現在、南オーストラリア州のヨーク半島で採掘を行っている。この場所に狙いを絞ったのは、同州の記録保管所を掘り起こしたところ、1920年代に複数の掘削した穴から超高濃度の水素が発見されたとの記述を発見したのがきっかけだった。当時の採掘者は化石燃料にしか関心がなかったため、水素には目もくれなかった。

責任者のニール・マクドナルド氏は「目の前の展開にとても興奮している」と言う。さらに調査と採掘が必要だが、2024年遅くには初期生産を開始できるだろうと同氏はCNNに語った。

破格の投資額を提示されたベンチャー企業もある。デンバーに拠点を置くホワイト水素企業「コロマ」は、マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏が設立した投資会社「ブレークスルー・エナジー・ベンチャーズ(BEV)」などの投資家から9100万ドル(約136億円)の投資を集めた。もっとも、米国内の採掘場所や商用化の目標時期については硬く口を閉ざしている。

同じくデンバーを拠点とし、ビチェスラフ・ズゴニク氏が創業した「ナチュラルハイドロゲンエナジー」は19年にネブラスカ州で水素の地質調査を完了し、さらに追加で採掘を計画している。「初の商用プロジェクトに非常に近づいている」とズゴニク氏はCNNに語った。

ズゴニク氏は、気候変動対策の「スピードアップを可能にする解決策、それが天然水素だ」と述べた。

ブームを現実に

こうした企業や科学者にとっての難題は、理論上の期待をいかに商用化するかだろう。

「数十年もの間、試行錯誤や見切り発車が繰り返される可能性もある」とエリス氏は言う。だがスピード感は不可欠だ。「資源開発に200年もかかるのであれば、たいして役には立たなくなってしまう」

だが多くのベンチャー企業は強気だ。中には数十年ではなく、数年のうちに商用化できると予測する声もある。「多少の微調整は必要だが、必要な技術はすべてそろっている」とズゴニク氏は言う。

それでも課題は残る。一部の国では規制が障壁になっている。費用の面でも努力が必要だ。マリの井戸をベースにした概算によると、ホワイト水素の生成にかかる費用は1キログラムあたり約1ドル(約150円)。これに対し、グリーン水素の場合は1キログラム当たり約6ドルだ。だが大量の埋蔵地を確保するためにさらに深く採掘しなければならない場合、ホワイト水素の費用は一気に上がりかねない。

ロレーヌ鉱山盆地では、ピロノン氏とデ・ドナート氏が次の段階として、ホワイト水素の埋蔵量を正確に知るために、地下3000メートルまで採掘しようとしている。

まだまだ道のりは長い。しかし、かつて西欧の主要な石炭生産地だったこの地域が新たなホワイト水素業界の中心地になる日が来たなら、なんとも皮肉な話だ。

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