戦争犯罪の訴追、その仕組みは 解説

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ロシアのプーチン大統領。プーチン氏に対して戦争犯罪訴追を求める声が高まっている/Alexey Nikolsky/AFP/Getty Images

ロシアのプーチン大統領。プーチン氏に対して戦争犯罪訴追を求める声が高まっている/Alexey Nikolsky/AFP/Getty Images

(CNN) ロシア軍がウクライナで行ったとされる驚愕(きょうがく)の残虐行為をきっかけに、ウラジーミル・プーチン大統領に対する戦争犯罪訴追を求める声が高まっている。

4月上旬、ロシア軍の撤退後にウクライナのブチャの道路に少なくとも20体の遺体が散らばっている画像が浮上した。これを受けてウクライナのボロディミル・ゼレンスキー大統領はロシアの「戦争犯罪」を終わらせるよう訴えた。東部の街クラマトルスクの鉄道駅では――民間人が国内の安全な地域へ向かう避難用列車を待っていた――ロシアのミサイル攻撃で少なくとも50人が命を落とし、ゼレンスキー氏は「国際社会にはこの戦争犯罪に対して断固とした対応を求める」と述べた。

この時すでに大勢の人々が、一方的な侵略を行ったプーチン氏を訴追するよう国際刑事裁判所(ICC)に声高に訴えていた。3月には米政府も、ロシア軍兵士が戦争犯罪を行っていると公式に宣言した。

ICCで戦争犯罪を担当する上級検察官はすでに捜査のためにウクライナへ渡っている。在キーウ(キエフ)米国大使館も戦争が始まったばかりのころ、ロシア軍による攻撃を具体的に挙げて、戦争犯罪にあたると主張していた。

「原子力発電所に対する攻撃は戦争犯罪だ」と、米大使館は3月4日に公式ツイッターに投稿した。「欧州最大級の原子力発電所に対する砲撃により、プーチン氏の恐怖による支配はさらに一段階進んだ」

ロシアは子どもたちが避難していた病院や劇場に対する爆撃に加え、民間人が密集するエリアでクラスター爆弾やいわゆる真空爆弾を使用した疑いが持たれているが、これらも戦争犯罪と位置づけられている。

「法はこれに関してはっきり定義している。民間人を故意に標的にすること、民用物を故意に標的にすることは犯罪だ」と、ICCのカリーム・カーン主任検察官はCNNのアンダーソン・クーパー氏に語った。

だがカーン氏は、立証責任や進めるべき手続きがあると付け加えた。

以下、戦争犯罪と国際司法の流れを広い視点から見ていこう。

注:下記内容の一部は、ICCの情報をまとめたCNNリサーチライブラリーに基づく。

戦争犯罪とは?

ICCはジェノサイド(集団殺害)、戦争犯罪、人道に対する犯罪、侵略犯罪を具体的に定義している。それぞれの定義についてはICC公表のガイドを参照してほしい。

特に、ジュネーブ諸条約への違反となる民間人を標的にした攻撃、特定集団を標的にした攻撃などはロシアの戦争犯罪とみなされる可能性がある。

カーン氏いわく、攻撃を仕掛けるのに民間地域が利用された場合は、そうした地域での攻撃が正当化される場合もあるという。だがその場合でも、民間地域での攻撃は釣り合いのとれないものになってはいけないという。

立証責任を果たすための手段としては、証言や衛星画像などを通じた証拠収集がある。

国際刑事裁判所とは何か?

国際連合で提案されたローマ規程という協定に基づいて設立されたICCはオランダのハーグに所在し、独立機関として運営されている。

世界の大半の国々――123カ国――が締約国となっているが、ロシアと米国という極めて大きく際立った存在が加わっていない。またこの点でいえばウクライナも締約国ではない。

誰が裁かれるのか?

締約国を含むICC管轄権内で罪に問われた者は、誰でも裁きにかけられる。裁かれるのは国ではなく人物で、それも幹部や政府当局者など最も大きな責任を負う者に焦点が当てられる。ウクライナは締約国ではないものの、すでにICCの管轄権を認めている。

したがって理屈の上では、以前にクリミアで戦争犯罪を命じたとしてプーチン氏を訴追することも可能だ。

だがICCは欠席裁判を行わない。つまりロシア側がプーチン氏を引き渡すか、あるいはロシア国外でプーチン氏を逮捕する必要がある。どちらのシナリオもあり得そうにない。

どんな犯罪が扱われるのか?

ICCは「最後の手段」となる裁判所と位置付けられ、各国の司法制度に取って代わるものではない。任期9年の18人の判事を擁し、ジェノサイド、人道に対する犯罪、侵略犯罪、戦争犯罪の4つの罪を裁く。

ICCでの訴追の流れは?

訴追は2つのうちいずれかの方法で進められる。政府または国連安全保障会議のいずれかが、事案の捜査をICCに付託することができる。

国連安保理の常任理事国であるロシアは安保理の行為に対して拒否権を有している。現在行われている捜査は、欧州を中心とする39カ国の要請で始まった。

カーン氏は以前CNNにこう語っている。「私はあらゆる側と対話する用意があるということを強調しておきたい。ウクライナ側だけでなくロシア連邦、締約国、非締約国も同様だ。我々の機関は政治的ではない。我々は世界中で目にする地理的戦略や地政学上の部門の一部ではない」

ウクライナに関してICCはどんな捜査をするのか?

ICCはロシアによる戦争犯罪の可能性を調べる新たな捜査で、2013年から今日に至るまでのウクライナでのあらゆる行為を対象にすると述べている。

ロシアは14年、ウクライナ領土であるクリミア半島に踏み込んだ。ICCはすでに、親ロシア派だった以前のウクライナ政権による抗議デモ参加者への弾圧を捜査している。今回の捜査付託は、戦争犯罪の可能性があるものすべてを対象にまとめた形のように見える。

捜査にはどのぐらい時間がかかるのか?

裁判は一般的に動きが遅いものだとすれば、国際裁判はほとんど動きがないと言える。ICCでの捜査は何年にも及び、有罪判決に至るのはごくわずかだ。

ウクライナ東部での敵対行為に対する予備捜査は、14年4月から20年12月まで6年以上にもわたった。検察官は当時、戦争犯罪や人道に対する犯罪の証拠があると語った。その後の流れは、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)と、複数の捜査を同時進行しているICCのリソース不足でペースダウンした。

このように遅くて効果的ではない司法という認知は、国際法の制度を試すことになるだろうとカーン氏はクーパー氏に語った。

「今ICCは試されている。私も、検察局も」(カーン氏)

クラスター爆弾、真空爆弾とは何か?

病院や民間アパートの攻撃のほかに、無差別殺人を目的とした禁止兵器が使用されたのではないかとの懸念がある。こうした兵器の使用はまた新たな、そして非常に明確な戦争犯罪に該当する。

クラスター爆弾の場合、発射されたミサイルは上空数千フィートで爆発し、小型の爆弾を放出する。それらは地表に落下する際に爆発する仕組みになっている。国際人権団体アムネスティ・インターナショナルは、ウクライナの幼稚園にロシアのクラスター爆弾が落とされたと報告した。

「真空爆弾」とも呼ばれるサーモバリック兵器は、周辺の大気から酸素を吸い込み強力な爆発と強大な圧力波を発生させ、莫大な破壊効果をもたらす。ロシア軍はすでにチェチェン共和国でこれを使用している。

「これはジェノサイドだ」

ロシア軍が首都包囲の試みに失敗し、ブチャを含むキーウ近郊から撤退を始めた後、ロシアはさらなる戦争犯罪の非難に直面している。

4月上旬CBSの番組に出演したゼレンスキー氏は、ブチャの画像から判断して、ロシア軍がウクライナ国内で行っているのはジェノサイドかという質問に対し「まさしく、これはジェノサイドだ」と答えた。

ブチャで行われたとみられる残虐行為をきっかけに、海外の指導者からも怒りの声が上がった。ブリンケン米国務長官をはじめ西側諸国の指導者は、戦争犯罪の捜査と対ロシア制裁の強化を呼びかけた。

ブリンケン氏はCNNに「侵略が始まって以来、我々はロシア軍が戦争犯罪を働いているとの考えをはっきりと述べ、それらの記録と関係機関・組織への情報提供に努めてきた。今後はこうした機関が情報をすべて取りまとめてくれるだろう。責任は追及しなければならない」と語った。

CNNではこうした死亡に関する詳細を独自に確認できていない。

なぜウクライナでの訴追が異質になりそうなのか?

ロシアに対する国際社会からの非難は他に例のないものとなっており、ICCはこれまでとは違う運営が可能となるかもしれない。こう語るのはニューヨーク州立大学の法学教授で、オンラインフォーラム「ジャスト・セキュリティー」の共同編集長、ライアン・グッドマン氏だ。

ICCが最初の捜査を開始した直後、グッドマン氏は「過去の実例をもとに今回のICCの捜査を判断するのは難しい」とメールで語った。「このウクライナ情勢下で、検察官は数十カ国から届く信じられないほどの支援で強化されている。今後資金投入もあるだろうと私は予測している」

ICCでの裁判は紛争にどう影響するか?

「良くも悪くも、ICCの捜査は交渉に関する外交上の領域に影響を及ぼすだろう」。グッドマン氏はそう語り、プーチン氏や他のロシア人が国外に渡航して逮捕される危険を冒したくないと考えるかもしれないと主張する。

同氏によると、捜査によってロシア国内でのプーチン氏の勢いが弱まる可能性もあるという。

「これ以上プーチン氏が国に尽くすことはできない理由がまた増えたと、ロシア国民も気づくのではないか」(グッドマン氏)

ICC設立前はどうだったか?

戦争犯罪に対する過去の裁判を行っていたのは国連の特別法廷だ。セルビア人の独裁者スロボダン・ミロシェビッチ元大統領を訴追した旧ユーゴスラビアに関する国際刑事裁判所や、ルワンダのジェノサイドに関する国際刑事裁判所などがある。

これらはすべてニュルンベルク裁判を前例としている。第2次大戦後、米国、ソ連、フランス、ドイツなどの連合国がナチスの裁判をする目的で開廷した裁判だ。

そのため、今は米国もロシアもICCの締約国でない点は興味深い。

なぜ米国とロシアはICCの締約国ではないのか?

米国もロシアもICC設立のきっかけとなったローマ規程の署名国で、それぞれの首脳がそれに署名している。だが、いずれも裁判所のメンバーには名を連ねていない。

ロシアがICCから脱退したのは16年。14年のロシアによるクリミア併合について、CNNが「有罪判決」と呼んだICCの報告書が発表された数日後のことだった。ICCは16年、ロシアが08年にジョージア国内で分離独立を求める地域を支援した行為についても捜査に乗り出した。

当時フランスも、シリアでロシアが行っている戦争犯罪を非難した。

米国はというと、00年にビル・クリントン大統領がICC設立の規程に署名したものの、上院での批准を勧告することはなかった。

ジョージ・W・ブッシュ政権は、相当批判されたにもかかわらず、02年に締約国とならないことを明らかにした。国防総省や多くの政治家は、米軍兵士が戦争犯罪の嫌疑をかけられる可能性を理由に、ずいぶん前から国際司法制度への参加に反対していた。

「(ジョージ・W・ブッシュ)大統領は、ICCには根本的な欠陥があると考えている。米国の手が届かない、米国法が及ばない存在によって裁かれるという根本的リスクに米軍兵士をさらすことになり、米国の民間人や米軍を恣意(しい)的な司法の基準の下に置く可能性があるためだ」と、当時のホワイトハウス報道官アリ・フライシャー氏は発言した。

ICCに対して米国はこれまでどんな形で支援してきたか?

米国のICCメンバー入りに反対したからといって、ブッシュ政権がICCの存在自体に反対したわけではない。ICCがスーダンでのジェノサイドに裁きを下そうとした際、米国はこれを支持した。

米大統領とICCとの関係はつねにぎこちなかったとCNNのティム・リスター記者は11年に指摘している。バラク・オバマ大統領はセルビアのラトコ・ムラディッチ元大将やリビアのムアンマル・カダフィ大佐などに裁きを下そうとしたICCの取り組みを称賛したものの、米国に対して監督を及ぼすことは支持しなかった。

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