フィリピン拘置所での生活<1> 麻薬戦争の余波で超過密、4千人がすし詰め

1953年に建設された。当局は安全に収容できるのは800人だとしている

1953年に建設された。当局は安全に収容できるのは800人だとしている

ケソン市拘置所は1953年に建設された。フィリピンの管理当局によると、当初は800人を収容する計画だったという。国連は、同拘置所に278人を上回る人数を収容するべきではないとしている。

看守はわずか20人。収容者の中には、裁判所に出廷することもないまま長年にわたり収監されている人もいる。デラロサ氏は以前CNNに対し、刑務所の犯罪者はとにかく体を押し込むべきだとジェスチャーを交えて述べていた。

収容者は朝5時に起床し点呼を受ける。老朽化した房室に4000人以上が詰め込まれている状況では点呼も大変な作業だ。

「外よりも拘置所内の方が安全」

同拘置所に入って1カ月になるアレックス・ベルトラン容疑者(29)は、ドゥテルテ大統領による取り締まりが原因で収容されたと語る。食事はひどく、寝る場所を見つけるのも難しい。拘置所内の生活は「新入りにとっては一段と厳しい」という。

ロメオ・ペイホイ容疑者(38)も新入りだ。当初は収容されるのが怖かったが、予想していたほど悪い環境ではなかった。「外よりも拘置所内の方が安全」「外では警官に殺される恐れがある」と話す。

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