幽霊のような人々が傘を手に、群れを成して通りを渡っていく。ネオンの灯りに煌々(こうこう)と照らされた、雨の東京。ポツンとたたずむ1軒のバーは、暗がりから光を投げかけている。人けのない路地は、菫(すみれ)色と青緑色の陰の中に滲んで見える。
リドリー・スコット監督の映画「ブレードランナー」を思わせるこれらのサイバーパンク調の写真は、英国人の写真家でビデオゲームデザイナーでもあるリアム・ウォン氏の作品だ。ウォン氏は3年前から夜の東京の写真を撮り続けている。
そんなウォン氏の印象的な写真は、出版予定の写真集「TO:KY:ОО」に収められている。 出版費用を調達するためのクラウドファンディングでは、当初目標の4倍以上に当たる14万ポンド(約1900万円)が集まった。
ビデオゲームの開発・販売会社ユービーアイソフトの最年少ディレクターであるウォン氏は、これまで、評価の高い「ファークライ」シリーズなど、グラフィックが印象的なゲーム制作を手掛けてきた。ウォン氏は自身のゲームデザイナーの「目」を写真に生かしたいと考え、東京を訪れた翌年の2015年に初めてプロ仕様のカメラを購入した。
ウォン氏のコンピューターアート分野での経歴は、写真への技術的アプローチに反映されている。「フォトショップ」や「アフターエフェクト」といったソフトウェアを駆使して画像の鮮明さや彩度を高め、「ブレードランナー」のデザインを手掛けた工業デザイナーのシド・ミード氏や、「スナッチャー」「メタルギアソリッド」などを制作したゲームデザイナーの小島秀夫氏などからヒントを得た、まるで映画のワンシーンのような画像を作り出している。
ネオン街
東京は世界で最も多くの写真が撮られている場所の1つであることから、ウォン氏は他と違う美しさを表現するため、あえて街の裏通りに焦点を当て、撮影の時間帯も日没後を選ぶことが多い。自分の写真を特徴づけるテーマは夜の東京にあり、写真は全て真夜中をかなりすぎた後で撮影していると語る。
家電やマンガで有名な秋葉原や新宿の歓楽街など、東京の見慣れた風景もウォン氏の写真を通すと違った風景に見える。
/Liam Wong
不気味な美しさ
発売予定の写真集に掲載されている写真の中で、ウォン氏が気に入っているのが、タクシーの運転手と後部座席に座る女性客の写真だ。雨の中、ホテルに戻る途中でたまたま撮れた写真だという。
この写真について、ウォン氏は自身のインスタグラムで、「街は、最寄りの居酒屋に向かうサラリーマンたちであふれている」と述べた上で、「ふと、1台のタクシーが私の前を通り過ぎたので、ちゅうちょなくシャッターを切った。ほんの一瞬で自分の目では見ることのできない写真が撮れた」と解説している。
光が闇に溶け込むようなウォン氏の作風はビデオゲームやSF映画「ブレードランナー」から影響を受けている/Liam Wong
雨はウォン氏の写真に繰り返し見られる特徴の1つだ。透明のビニール傘が写っている写真も多く、ウォン氏によると東京はビニール傘の利用者が世界のどの都市よりも多いという。またウォン氏は、シルエットを使うことで不気味な美しさを際立たせており、人々を撮る時も正面ではなく背後からのショットを好む。
ウォン氏は、「人が歩いていると、素早く何枚かの写真を撮る」とし、「そこはビデオゲームのプレーと似ているが、後でサムネイルを見ながらお気に入りの1枚を探す」と付け加えた。