全長24キロ、総工費9400億円の橋が象徴する中国の野心と問題

「深中通道」の一部を捉えた空撮写真=4月28日、広東省中山市/Chen Jimin/China News Service/VCG/Getty Images

2023.05.27 Sat posted at 20:00 JST

香港(CNN) 記録破りの巨大なインフラで有名な国でも、今回のプロジェクトはひときわ目を引く。

全長約24キロ、8車線道路と人工の島々、そして海底トンネルを有する総工費67億ドル(現在のレートで約9400億円)の橋「深中通道」は、野心的以外の何物でもない。

国営メディアでも大々的に宣伝されている橋の建設業者は、2万2600平方メートル以上、バスケットボールコート50面以上分に相当するアスファルトをたった1日で敷き、世界新記録を樹立したと主張している。

だが意外かもしれないが、この橋は世界最長ではない。その称号はわずか約32キロ先の別の橋、全長約55キロの港珠澳大橋に譲られる。

これだけ近い場所にこれほど巨大な橋が建設されるのを見て、国際舞台での中国の野心の拡大と、それを実現するうえで直面する問題の表れだという意見もある。

8年におよぶ建設期間を経て来年開通を控える深中通道は、香港に架けられたお隣の橋と同様、中国の壮大な構想の中核を成すことになる。世界最大級の広さと人口密度を誇るグレーターベイエリア(粤港澳大湾区)を、サンフランシスコやニューヨーク、東京と肩を並べる経済とテクノロジーの拠点にしようという計画だ。


8車線、全長約24キロの「深中通道」の費用は米ドル換算で67億ドルに上ると推定されている。世界最長の海上橋「港珠澳大橋」からわずか約32キロの場所に位置する

橋自体と同じように、野望のスケールもとにかく壮大だ。グレーターベイエリアの人口は6800万人、総面積は約5万6400平方キロで、香港とマカオ、それに中山や深センなど9都市を加えた11都市をカバーする。深センだけでも人口は1200万人を超え、ドローンメーカーのDJI社やソーシャルメディア企業テンセント社など数十億ドル規模の企業が軒を連ねていることから、別名「中国のシリコンバレー」と呼ばれている。

多様性に富む広大なエリアの各都市を、物理的にも概念的にも統合したいというのが中国政府の考えだ。中山と深セン宝安国際空港(利用者数では中国本土で3番目、2019年の利用者数は3700万人以上)の移動時間も、既存の道路では2時間かかるところを20分に短縮できる見込みだ。

だが、橋には他の狙いもあるという意見も多い。カラーがまったく異なる地域――香港は元英国領、マカオは元ポルトガル領――を、中国というひとつのアイデンティティーにまとめようという政治色の濃い狙いだ。批判的な人々の間では、こうした思惑のスケールに比べたら、橋の大きさもかすむという声も聞こえる。

主張を表明する

中国外交を専門とする香港大学のオースティン・ストレンジ氏は、新しい橋によって都市間の通勤時間と交通量が減り、間違いなく「実質的な経済効果」がもたらされるだろうと語る。

だが橋には別の側面もあるとストレンジ氏はいい、世界各国の港や道路などインフラ整備に大金をつぎ込む中国の一帯一路政策になぞらえた。

「深中通道」のプロジェクトは人工島や海底トンネルを有する

一帯一路のプロジェクトを巡っては、国際社会で経済的・政治的影響力を高めようとする中国の試みのひとつだとの見方が多い。返済できそうもない融資を行うことで、中国が小国に影響力をふるっていると批判する人もいる。

今度の橋は中国国内で建設されるのでそうした債務の懸念はないものの、プロジェクトの規模からメッセージが伝わってくると識者は語る。

「中国政府は、今度の橋を世界最大級の業績だとはっきり謳(うた)っている」とストレンジ氏。「インフラはグローバル開発における中国の評判の要であり、国内開発と国際開発を連動させるうえでもカギになる」

とはいえ諸外国をどこまで感心させられるかは、橋の大きさのみならず、最終的に橋がどのぐらい利用者から支持され、利用されるかによるだろう。

さもなければ中国は、一帯一路政策の巨大プロジェクトの一部がしばしば直面する「金ばかりかかる無用の長物」との批判にさらされることになる。

金融学を専門とするシカゴ大学の何治国教授によれば、サンフランシスコ湾の沿岸地域をつなぐ橋と同じように、中国の巨大事業も移動時間を削減することになりそうだ。

だが、得をするのは地元中山市の住民だけだろうと教授は言う。ビジネス街でもなければ観光地でもないのどかな街には、これといって外から人を引きつける誘因はない。

また教授いわく、プロジェクトは容易に肥大化しうるので、移動時間や費用への影響についての試算は話半分に聞いておくべきだ。「それが私の懸念だ。だがこれ以上情報がないので、悪い話ではないと思う」

荒波に架ける橋

中国政府のグレーターベイエリア構想は野心的だが、すでに山あり谷ありの状態だ。

最初に構想が持ち上がったのは09年だが、専門家によると、エリア内の都市間に見られる特色の違いや障壁が、開発の妨げになっているという。

このエリアには三つの境界が含まれている。中国本土と、現在は中国の特別行政区になっている元植民地の香港、マカオはそれぞれ異なる出入境制度と法体系を持ち、通貨も異なる。

それに加え、住民は三つの異なるパスポートと身分証明書を携帯し、二つの中国語(広東語と標準中国語)を話す。

車の運転も右側通行と左側通行に分かれている。これらを総合すると、各都市を気軽に陸路で移動したいと思っても、山のようなハードルが待ち構えている。

世界最大の海上橋である港珠澳大橋の空撮写真=2019年3月19日、中国広東省珠海市

深中通道の姉妹プロジェクトである港珠澳大橋が18年に開通した際、こうした問題の一部はすでに明らかだったという批判もある。

港珠澳大橋は中国本土の珠海市、カジノの街マカオ、世界有数の金融都市である香港を結んでいる。

開通1年後の19年になっても橋は交通量に伸び悩み、香港運輸署によれば1日の利用件数はわずか4000件だった(これに対して英国とフランスを結ぶ欧州の英仏海峡トンネルの場合、公式ウェブサイトによれば今年3月にトンネルを利用した車両は1日平均8000台以上だった)。

専門家は反応が鈍い理由として、3都市間の移動に複数のビザと車両登録が必要な点を挙げている。3都市間を行き来する高速フェリーがすでに毎日運航しているのだから、なおさらだ。往々にしてフェリーが出発するターミナルは、橋の乗り入れ口となる境界付近よりもアクセスしやすい。

新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)中、港珠澳大橋の交通量は1日数百台にまで落ち込んだ。厳しい「ゼロコロナ」政策の一環で、3都市とも都市封鎖したためだ。もっともパンデミック以降は持ち直している。国営メディアの報道によれば、今月の労働節では1日に最大9000台の車両が橋を利用したそうだ。

一方で、橋をめぐる論争は純粋な金銭問題にとどまらない。

橋を政治的スタンスだと見る向きもある。反対派は、14年と19年に民主主義運動に揺れた香港を強制的に中国と同化させ、影響力を行使する道具として港珠澳大橋が利用されていると批判している。

ご心配なく、「渋滞するだろう」

それでも、橋を応援するファンもいる。

香港中文大学深セン校の肖耿氏は、深中通道をきっかけに二つの地域の水準があがるだろうと語る。

「海岸の西側は東側ほど開発が進んでいない。両岸は不動産価格でも大きな開きがある」(肖耿氏)

また肖耿氏は、3都市の「根本的に異なる」制度に悩まされ、移動費の高さから人々の足が遠のいていた以前の橋とは違うとも語った。

今度の橋は中国本土の2都市を結ぶことになるので、制度は同じだと肖耿氏は指摘した。

「ご心配なく。きっと渋滞するだろう」(肖耿氏)

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