今も実在する「貴族猫」、エルミタージュ美術館に受け継がれる伝統 ロシア

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エルミタージュ美術館の「大玉座の間」/Kev Broad/CNN

エルミタージュ美術館の「大玉座の間」/Kev Broad/CNN

館内の散策は、ロシア皇帝の足跡をたどるに等しい。「紋章の間」から「戦争の間」へと抜け、「大玉座の間」に入ると、その名の通り、ロマノフ王朝時代の玉座の前に立つことができる。

女帝エリザベータはこの宮殿のバロック様式を承認し、晩年の1750年代~60年代にかけて宮殿が建造された。その父のピョートル1世は、サンクトペテルブルクの創建者でもあり、国家の西洋化を推し進めて最先端のイタリア建築の建物を建設した。

エルミタージュのコレクションは、芸術作品を収集した女帝エカテリーナ2世の治世に生まれた。美術館の猫たちの伝説も受け継がれ、エカテリーナ2世は猫たちを「美術館の守護者」と呼んだと伝えられる。

冬宮の隣には「小エルミタージュ」が建設されて美術館となったが、冬宮は私設美術館のままだった。冬宮が一般に公開されたのは1852年、ニコライ1世の治世だった。

館長の目を通してみる美術館

現在館長を務めるミハイル・ピオトロフスキー氏は宮殿の隅々まで知り尽くしている。父は40年近くも館長を務め、ピオトロフスキー氏は広間を歩き回りながら育った。

同美術館の芸術作品はどれも必見だとピオトロフスキー館長は主張する。だが中でも注目すべきは、女帝エカテリーナ2世が収集したあの有名な孔雀(くじゃく)の時計だ。庭園を見晴らす止まり木の上にとまった金箔(きんぱく)の時計は、機械仕掛けで動く実物大の3羽の鳥で構成される。

「孔雀は天国の鳥であり、庭園はある意味で天国を象徴している。いってみれば、美術館の中に小さな天国がある」(ピオトロフスキー館長)

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