OPINION

「ジュース」を忘れない 飛行機乗りの究極を体現した若き戦闘機パイロット

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ウクライナ空軍のパイロット、「ジュース」ことアンドリー・ピルシチコウ氏/Yurii Ihnat/Facebook

ウクライナ空軍のパイロット、「ジュース」ことアンドリー・ピルシチコウ氏/Yurii Ihnat/Facebook

(CNN) 昨年3月、砲弾の轟音(ごうおん)がそう遠くない場所から鳴り響く中で、筆者はキーウにある自宅の机に着き、ビデオ会議システムの「ズーム」にログオンした。人生で最も尋常ならざる部類のインタビューを取るために。

ノーラン・ピーターソン氏/Courtesy of Nolan Peterson
ノーラン・ピーターソン氏/Courtesy of Nolan Peterson

ひげを生やし、髪もぼさぼさの若者がコンピューターのスクリーンに現れた。独特のアクセントがかすかに感じられる英語で、29歳のウクライナ軍の戦闘機パイロットはこう言った。「全くひどい一日だったよ」

パイロットの名はアンドリー・ピルシチコウといったが、コールサインである「ジュース」の方が通りがいい。この日はロシアがウクライナへの全面侵攻を開始してからまだ数週間で、彼はミグ29による出撃を終えてきたばかりだ。またすぐにも飛行することになっている。

それでもジュースは、筆者と話をする時間を作ってくれた。1人のジャーナリストとして、ウクライナ空軍の戦い方には関心がある。劣勢にある同軍が、一体どうやって歴史上最も偉大な部類に入る空戦の逆転劇を成功させるのか。それを理解することへの興味は尽きない。どうもジュースがこれほどまでにこちらへ隠し立てをしないのは、筆者が元米空軍パイロットであるのが理由らしい。そして筆者と戦闘経験についての、言わば情報交換をしたがっていたのではないかと思われる。

すぐにこう指摘した。筆者が過去、反乱鎮圧の活動として偵察目的の「定期飛行」をアフガニスタンで行ったのは2009年と10年の話だ。そこでは自軍が文句なしの制空権を獲得しており、常軌を逸した命の危険とは全く無縁だった。ジュースと同僚のウクライナ軍パイロットは、毎回そうした危険と対峙(たいじ)しながら、ロシア軍の敵に立ち向かっている。

「馬鹿げているかもしれないが、我々はテクノロジーを全く気にかけていない」。ジュースは筆者にそう言って、自身のソ連時代のミグ29ではロシアのより現代的な戦闘機と戦う上で複数の制限が生じる点に言及した。「出来ることは何でもやろうとしている。手元にあるもので。大事なのは我々の土地であり家族、街だ。それらを守っている。それこそが自分たちにとっての主要な動機に他ならない」(ジュース)

ロシアによる全面的な戦争が起きる前、多くの軍事専門家はロシアがあっという間に空軍力でウクライナを圧倒し、同国の空を掌握するとみていた。ところが侵攻から1カ月、地上戦がなおキーウ郊外で激しく展開される中、ウクライナ軍の不屈のパイロットたちは制空権を取ろうとするロシアの計画を台無しにしてしまった。

「これが成功したのはロシアの側に驚きがあったからだ。彼らは度肝を抜かれていた。まさか空で抵抗を受けるとは思ってもみなかったから」。当時ジュースはそう説明していた。

我々が言葉を交わしてから1年半ほど過ぎて、ウクライナ空軍第40戦術航空旅団に所属するジュースは、同軍のパイロット2人と共に死亡した。彼らの乗った2機のL39ジェット機がキーウ西郊で空中衝突したのだ。8月25日のことだった。彼らは英雄として命を落とし、今後も当然そのように記憶されるだろう。

「私がこれまで出会った中で、最も思いやりがあって愛情深い人の一人だった」。ジュースのガールフレンドのメラニヤ・ポドリャクさんは筆者にそう話す。「出撃の前後には必ずメッセージをよこして、私の無事を確かめていた。自分のことより、まず私のことを!」

「こんなことになって、死ぬほどつらい」「でも一緒の時間を過ごせて本当に感謝している。最後の瞬間、彼は自分が孤独だとは思わなかったはず」(ポドリャクさん)

22年3月のインタビュー中、筆者はジュースに畏敬(いけい)の念を抱いたことを告白しなくてはならない。また感謝する気持ちも相当に強かった。彼のようなパイロットがキーウの空を守ってくれるおかげで、我々はロシアの爆撃による破壊を免れているからだ。マリウポリなどの都市は、そこまでの幸運に恵まれなかった。

同様にプロのパイロットとしても、この若い戦闘機乗りにはかなりの尊敬の念を覚えた。全ての飛行機乗りが憧れてやまない、究極のパイロットを体現する存在だったからだ。ジュースには複数の特性が備わっていた。パイロットとしての技能、プレッシャーにも耐え得る品位、冷酷なまでの自信。それぞれが絶妙のバランスで混じり合う特性のカクテルであり、作家トム・ウルフの有名な言葉を借りれば「正しい資質(ライトスタッフ)」そのものなのだ。本人は至って謙虚に、「プロとして落ち着きを保ち、常に頭を冷静にしておく方がいい」と語っている。

軍事技術が急速に進歩するこの時代にあって、ジュースと同僚のウクライナ軍パイロットたちは、人間的な要素が空戦で重要な意味を持つことを証明した。来る日も来る日も、彼らは創造性と勇気にものを言わせて、戦闘を生き延びる。テクノロジーと数量では、ロシアが優位に立っているにもかかわらず。

ロシア軍が地上の航空援助施設を多数破壊したので、手持ちタイプのガーミンGPS端末を使用して戦闘任務を行ったこともあると、ジュースは明かす。国をまたぐ長距離移動の際に人々が利用するあの機器だ。

時にはかなりの低空飛行でロシア軍のレーダーに探知されず帰還した同僚の機体の下部に、複数の道路標識がめり込んでいたこともあるという。そんな状況でもウクライナ軍のパイロットたちは耐えてきた。そして今日に至るまで、ロシア空軍はウクライナ全土の制空権を握るような水準には全く達していない。

「はっきりさせておくと、我々はウクライナ人パイロットをエキスパートとして訓練はしたが、実際の空中戦に代わるものはない。今の彼らこそがエキスパートだ」。カリフォルニア州の元州兵で、F15C戦闘機のパイロットだったジョナサン・“ジャージー”・バード氏は筆者にそう説明した。同氏は22年の侵攻に先立ち、ジュースと共に訓練任務を遂行した。

本人の勇敢さに気持ちは奮い立つものの、多くの重荷がジュースの若い双肩にのしかかっているのは見逃しようもなかった。彼はロシア軍との戦闘を「片道切符」と呼んだ。ただ、空の戦闘がもたらす感情的な緊張を取り繕うこともなく、彼はしばしば自身に迫った命にかかわる危険について冗談を飛ばした。

事情をよく知らない者にとって、ジュースの楽天的かつ尊大でさえある振る舞いは、本人の日々の現実にそぐわないように見えた。実のところその手のユーモアは、破壊的な水準のストレスから自分を守るためのものであることが多い。戦うパイロットは戦時中、そうしたストレスをまともに受けている。冗談を言う、無頓着に振舞う、不毛な言葉を発するといった行為はいずれも、磨き上げられた戦闘機パイロットの文化の一部であり、生き残るために必要なメンタルの強靭(きょうじん)さを植え付けてくれる。

「全員戦う準備ができている」と、ジュースは戦友たちを評してそう語った。「たとえ味方を失っても、我々は自分たちの仕事をする。この真に戦闘的な気分の中で。本当の戦闘機パイロットの気分で、とんでもない冗談を言いながら。士気は素晴らしく高いが、同時に限界もある。我々は死にたいわけではないから」(ジュース)

感情の区分けは、戦闘機パイロットのスキルのうち最重要の部類に入る。とりわけ戦闘中は、誰かの死に思いを巡らす時間などほとんどない。ジュースにしても仲間のパイロットを失って嘆きはするが、彼らの死についていつまでも思い悩むことはなかった。死者に敬意を表するのは、戦争に勝利した後でいい。ジュースはそう語っていた。

「私たちが出会う前、彼は他者と真剣な関係を結ぶのを恐れていた。その理由がまさに今日、現実になった」。ポドリャクさんはジュースの死後、筆者にそう告げた。「彼はいつも、私に何かあったらやりきれないと言っていた。それだけ私を思ってくれていた。ある日、突然電話がかかってきた。真夜中に。愛していると言ってくれた。今すぐ伝えずにはいられなかったと」

「愛情への感謝の気持ちはいつまでも変わらない」(ポドリャクさん)

恐怖と悲しみの他にも、戦争に特有の別の感情がある。ウクライナ軍の戦闘機パイロットは現在、出撃のたびにその感情をコントロールしなくてはならない。それは怒りの感情であり、ロシア軍のパイロットによって引き起こされる。彼らは爆撃を繰り返し、ウクライナの市民を殺害し続けている。「時々戦う相手に敬意を抱くこともあるが、この場合はそうじゃない」と、ジュースは敵のロシア軍について語っていた。

パイロットとしての技能に加え、ジュースはメッセージの送り手としても非常に優れており、西側メディアのインタビューを頻繁に受けていた。そこで強調していたのは、F16戦闘機をウクライナ空軍に供与することの重要性だ。

米国製のF16(米軍パイロットの間では「バイパー」と呼ばれる)は、現在ウクライナ軍が所有するソ連時代の戦闘機よりも高性能のレーダーと先進的な武器を搭載する。筆者との会話で、ジュースはF16があればウクライナ軍パイロットの能力は劇的に向上し、ロシアのミサイル攻撃から市民を守れると指摘。より強力な航空支援を提供して、地上部隊による占領地の解放を援護することも出来るとした。

「可能な限り迅速に始める必要がある」と、ジュースは22年3月に筆者に言った。ウクライナ軍のパイロットは数カ月ほど訓練すればF16の操縦を習得できるだろうとも述べていた。

この記事の執筆時点でオランダ、デンマーク、ノルウェーがそろってウクライナへのF16の供与を約束している。米軍はと言えば、ウクライナ軍パイロットを対象とした同機の操縦訓練を10月に開始する計画だ。

最終的に、ジュースは達成困難な目標に手が届く後少しのところまで迫った。彼はF16の訓練を受ける予定だった最初のウクライナ軍パイロットの一団に名を連ねていた。彼の死はウクライナ空軍にとっての悲劇であり、今後本人がF16で実戦に臨むことがないのもまた極めて残念なことだ。

それでも、彼の努力と主張の成果は、すぐに超音速のうなりを上げてウクライナの領空を飛び回り、勝利の轟音を響かせつつロシアの戦闘機を撃ち落としていくだろう。

米国の戦闘機パイロットの文化は、儀式と伝統に満ちあふれている。ジュースには、ウクライナ空軍で特に採用してもらいたいものがひとつあった。コールサインの「命名式」だ。ジュース自身のコールサインも、実のところカリフォルニア空軍州兵の訓練への参加中に付けられた(徹底してアルコールではなくジュースを選ぶ彼の好みを面白がって、ウクライナ人と米国人の同僚が命名した)。間違いなく、ウクライナ軍のパイロットはジュースの名を尊敬を込めて口にするだろう。この先何世代にもわたって。

米国の戦闘機パイロットの伝統で、ウクライナの飛行機乗りが採用したものがもう一つある。それはちょっとした呪文のようであり、戦死したパイロットを彼らの勇敢な精神と共に称賛する意味合いが込められている。元々は朝鮮戦争の時代の古い歌に由来する。こんな感じだ。

おぉ、ハレルヤ おぉ、ハレルヤ

ニッケル(5セント白銅貨)を芝生に投げな 戦闘機乗りの身を守れ

おぉ、ハレルヤ おぉ、ハレルヤ

ニッケルを芝生に投げな それでおまえは救われる

そういうわけで、ジュースと彼の仲間であるウクライナの戦士たちに向けて、空で命を落とした彼らのため、ニッケルは芝生の上にある。兄弟たちへの思いと共に。

ノーラン・ピーターソン氏は、シンクタンク「大西洋評議会」の非常駐上級研究員。作家であり、元米空軍兵士。対ドローン(無人機)システムを開発する米企業、フォーテム・テクノロジーズの顧問も務める。2014年からウクライナ在住。記事の内容は同氏個人の見解です。

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