ハンブルク(CNN) たいていの場合、エコノミーシートでの長時間のフライトは楽しむものというよりは耐えるものだ。だが、とある機内シートのデザイナーは、自分のデザインで低予算のフライトに改革を起こすことができると考えている。
アレハンドロ・ヌニェス・ビセンテ氏のシェーズロング(長椅子型)機内シートのコンセプトは、21歳大学生のプロジェクトとして2021年こじんまりと始まった。その後まもなく航空業界のトップの賞の一つであるクリスタル・キャビン・アワード21年度にノミネートされ、CNN Travelの記事で紹介したところ、インターネットで注目の的となった。
以来、ヌニェス・ビセンテ氏の提案は航空業界で話題を呼んでいる。本腰を入れてプロジェクトに取り組むために修士課程を休学し、大手航空会社や座席メーカーと協議を重ねている。プロジェクト開発のためにいくらか潤沢な投資も手に入れた。
だがヌニェス・ビセンテ氏の画期的なアイデアに舌を巻く者がいる一方で、反発の声もある。閉所恐怖症への不安や、他人の尻の下に座るのは現行のエコノミークラスよりも悪いという考えもある。
「良いコメントや手放しの称賛よりも、批判や悪評に耳を傾けるほうがずっと成長できる」と、ヌニェス・ビセンテ氏は昨年6月に航空機内装の見本市「AIX」が開かれた独ハンブルクでCNN Travelに語った。AIXでは同氏のデザインが展示された。
ヌニェス・ビセンテ氏のデザインは、普段から飛行機で移動する人々を念頭に置いている。肯定的か否定的かを問わず、利用者となりうる人々の意見をぜひ聞きたいと本人も言う。
「私のデザインは人類のため、あるいは高額な航空チケットには手が届かない人のために、エコノミークラスの座席をより良いものに変えることを目指している」(ヌニェス・ビセンテ氏)
AIXでは初めて実物大のプロトタイプをお披露目した。
CNN Travelも会場に立ち寄り、2段式機内シートの乗り心地を試した。
コンセプトが実物大に、記者が体験
まずは上のシートから。ヌニェス・ビセンテ氏のプロトタイプには、昇降用にはしごのようなステップが2段ある。多少おぼつかないが、いったん昇ってしまえば座席は広々として座り心地もいい。両脚を伸ばせるだけの十分なスペースもある。プロトタイプのシートは動かすことはできないが、リクライニングしたときの様子が分かるよう、各シートはそれぞれ異なるポジションにセッティングしてある。
ヌニェス・ビセンテ氏のデザインには座席の上部空間にキャビネットがない。代わりに上のシートと下のシートの間の高さにスペースを設け、手荷物を収納できるようになっている。
座席と客室天井との距離はどの程度か。ヌニェス・ビセンテ氏の考えでは、着席時の天井までの距離は約1.5メートルだそうだ。この空間では直立することは不可能だが、通常のエコノミークラスでも直立できない旅行者は多いと同氏は主張する。もっともそうした長身の旅行者は、こちらのシートではさらに窮屈な思いをすることになるだろう。
次に下のシート。そもそもこのデザインのきっかけは、足元のスペースが狭いというヌニェス・ビセンテ氏の不満だった。前面に同じ高さの座席がなくなったことで、両足を伸ばすことができるし、より快適に過ごせるフットレストもついている。
とはいえ、違う高さの座席が自分のすぐ上、しかも目の高さに位置しているため、かなり閉塞(へいそく)感はある。だが狭いスペースが気にならず、フライト中は寝るだけという人にとっては、効果的な解決策になるだろう。
次の段階
もともとシェーズロング・シートは、ヌニェス・ビセンテ氏の母校デルフト工科大学で現在考案が進む新しい航空機コンセプト「フライングV航空機」のために考案された。
そして今、同氏はこのデザインがボーイング747、エアバスA330、その他中型や大型のワイドボディー機に実装可能だと考えている。
ヌニェス・ビセンテ氏の志は高く、このデザインが実現すると確信している。だが得てして一風変わった機内シートのアイデアは、コンセプト段階から実用化に至らないことも認めている。実用化までのプロセスは長く、業界の厳格なルールや規制がハードルになる場合もある。
それに加え、デザイナーの斬新なアイデアが次々登場しているにもかかわらず、機内のエコノミーシートは何十年も変わっていない。
「たくさん意見をもらった中で、『これまで変わらなかったものをなぜ変えるのか?』という意見があった」とヌニェス・ビセンテ氏も認める。「旅行者は最悪なエコノミークラスの座席でも旅をしているのに、なぜ今さら良い選択肢を与えるのか? これは金になる。結局のところ航空会社が目指しているのはそこで、フライトをより快適にすることではない」
それでもこの機内シートのデザイナーはすでに次の段階に進み、現在のバージョンよりも軽量化した構造の開発を目指している。
航空会社や座席メーカーと提携して、実現させるのが同氏の願いだ。
「今は市場に自分たちのアイデアを紹介しているところだ。市場をひきつけて、次に何をすべきかを教えてもらっている」(ヌニェス・ビセント氏)
経験豊富な業界専門家との協力も視野に入れるこのプロジェクトも、始まりはヌニェス・ビセント氏の実家の寝室からだった。同氏の家族は今もプロジェクトの力強い味方だ。
AIXでも、同氏は両親を引き連れていた。両親はワゴン車にシェーズロングのプロトタイプを積んでヨーロッパを横断し、同氏が座席のセッティングをするのに手を貸した。
「もちろん最初のうちは、このプロジェクトが今のようにここまで大きくなるとは誰も予想していなかった。だが両親は私が何か形にできるだろうと思っていた」(ヌニェス・ビセンテ氏)
「もし当時取材を受けていたら、単なる大学のプロジェクトですと答えていただろう。でも今は、これだけの苦労と大勢の人々の努力があって――むしろこれは現実だと答えるだろう。僕らの目には、これがエコノミークラスの未来として映っている」