(CNN) 米大リーグの大谷翔平がロサンゼルス・ドジャースと史上最高額となる10年総額7億ドル(約1015億円)の契約を結んだのを目の当たりにし、ある種反射的な驚きを禁じ得ない。とにかく金額が大きすぎる。
フレデリック・J・フロマー氏/Courtesy of Frederic Frommer
しかしその契約内容をよくよく確認すれば、投手と打者のハイブリッドという大谷のようなレアケースには大金を投じる価値があることが分かる。本人が契約額の大半を10年契約終了後の後払いで合意しているならなおさらだ。
大谷は投手としても打者としても一流だが、そんな選手は現在のみならず前世紀の球界でもまず耳にしない。本人がしばしばベーブ・ルースと比較されるのはそれが理由だ。野球の歴史上、両方の技術で大谷同様に優れていたのはルースをおいて他にいない。
ただ両者には大きな違いが一つある。ルースが1920年、ニューヨーク・ヤンキースに25歳で加入したときには、投手としての稼働をほぼ終えており、もっぱら打撃に注力していた。しかし29歳の大谷は、今なお二刀流のスーパースターの座に君臨している。投手としての通算防御率は3.01と見事な数字。今年は44本のホームランを放ってアメリカン・リーグの本塁打王に輝いた。過去3シーズンでア・リーグの最優秀選手(MVP)に2度選出されてもいる。
確かに大谷は来シーズン、投手としては稼働しない。9月に肘(ひじ)の手術を受けたからだ。それでも本人の計画では、2025年にはマウンドへ戻ってくる。つまりドジャースは実質的に、2人のスター選手を一度に獲得することになる。野球界の真の至宝を。24年野球界の(大谷以下の)年俸上位を見ると、テキサス・レンジャーズのマックス・シャーザー、ヒューストン・アストロズのジャスティン・バーランダーが共に4330万ドルで投手部門の首位に立つ。一方、打者ではヤンキースのスラッガー、アーロン・ジャッジが先頭を行く。米データサイトのスポトラックが明らかにした。投打で活躍する大谷の年俸7000万ドルは、本人の市場価値を反映している。本質的にドジャースは、大谷のそれぞれの技術に年3500万ドルずつ支払う計算になる。
しかし、CNNを含む複数のメディアが今週報じたように、大谷は年俸7000万ドルのうち6800万ドルを後払いで受け取ることに合意。これによりドジャースは短期的な財政上の痛手を著しく低減できる。スポーツ専門局ESPNによると、チームの戦力均衡税(贅沢<ぜいたく>税)を計算に入れた大谷の年俸はざっと4600万ドル。チームに対しては後払いとなる分の支払いを現在の価値に割り戻すことが義務付けられているため、割り戻した後払い分の金額約4400万ドルに契約期間中の実支払年俸200万ドルを足した4600万ドルが平均年俸となる仕組みだ。スポーツサイト、ジ・アスレティックの報道によると、後払いとなる金額は34~43年、無利子で支払われる。
またスポーツサイトのザ・リンガーが指摘するように、後払いは大谷を今後の巨額の税金から救う可能性がある。というのもカリフォルニア州は大金が手に入る際に最も重い税負担がかかる州なので、仮に大谷が契約終了後同州に住まなければ、後払いの6800万ドルは高い州所得税の対象から外れる公算が大きい。
後払いの契約は大谷自身の提案で結ばれた。このためチームはより多くの資金を確保し、他の選手を補強することが可能になると、ジ・アスレティックは分析している。
ドジャースは当然ながら、大谷の打力と投手力のみに年俸を支払うのではない。既にチームは観客動員の不安を解消済みだが、大谷加入はグッズ販売の伸びに貢献するだろう。試合をテレビ観戦するファンも増えるに違いない。この第2の部分こそが重要だ。一時は米国で最大の人気を誇った野球だが、現在はファンの注目を集める上でアメフトやバスケットボール相手に苦戦を強いられている。
スポーツ・イラストレイテッド誌に寄稿するスポーツライター、トム・バードゥッチ氏が書いているように、大谷は「付随的な収入とブランド価値によって最大年2500万ドルのリターンをもたらす可能性がある。ライバルチームのオーナーがそう試算している」。
米国人は長年にわたり、トップアスリートへ支払われる報酬に夢中になってきた。そこにあるのは、羨望(せんぼう)と感嘆が入り混じった気持ちだ。また一部の人々の間では、社会においてそうした金額は異なる方法で割り当てられるべきだとの考えも存在する。
1930年当時、ルースは8万ドル(現在の価値に換算して140万ドル)の給与を要求していた。ある記者が、フーバー大統領(当時)より5000ドル多いと指摘すると、ルースはこう返したと言われる。「当然だろう。自分の方がいいシーズンだった」
選手の給与が過去1世紀でどれだけ暴騰したかについて一例を挙げると、現在の米大統領の給与40万ドルは、来季大リーグの最低給与74万ドルの半分をようやく超える程度だ。
79年、ヒューストン・アストロズは投手のノーラン・ライアンと、当時としては驚愕(きょうがく)だった4年間で450万ドルの契約を交わした。これでライアンは野球史上初めて、1シーズンで100万ドル以上を稼ぐ選手になった。当時のボストン・グローブ紙の風刺を利かせたコラムの中で、作家のリー・モントビル氏はある架空の会話を記している。そこでは高校の進路指導教員が、非常に出来のいい生徒に野球界でキャリアを追求するよう勧めている。
「どのようなキャリアに進みたいか?」。教員が生徒に尋ねる。生徒は法律や教職、政治、医療への興味を示す。教員の反応はこうだ。「ただの役立たずになりたいのか? それとも大金持ちになりたいのか? 野球をやるんだ」
もちろん今では、誰であれプロ選手の給与が100万ドルと聞いて卒倒するなどと言えば、97年の映画「オースティン・パワーズ」に登場する冷酷なドクター・イーブルのように思われることだろう。劇中で彼は核弾頭を奪う計画を提案。世界を人質にとって「100万ドル」の身代金を要求すると自信満々に告げるが、仲間から「今時100万ドルはそれほど大金ではない」と諭される。
狭いプロスポーツの世界では、100万ドルが大金とみなされなくなって久しい。とはいえさすがに7億ドルともなれば、それは紛れもなく大金だ。
打者と投手の両方でトップに立てる選手がいかに魅力的か、また彼に付随するマーケティング機会がどれほど人々を引き付けるのかを、その金額は明示している。何しろそんなプレーをする選手は、過去1世紀以上現れていなかったのだから。
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フレデリック・J・フロマー氏は作家でスポーツ史家、政治史家。「You Gotta Have Heart: Washington Baseball From Walter Johnson to the 2019 World Series Champion Nationals」など、複数の著書がある。記事の内容は同氏個人の見解です。