家族のように迎えてくれたウクライナの「タート」と「マーマ」、今は戦禍の下

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タートとマーマが住む村は普段は静かなところで、家々は野菜の自家栽培をしている/Mayumi Maruyama/CNN

タートとマーマが住む村は普段は静かなところで、家々は野菜の自家栽培をしている/Mayumi Maruyama/CNN

(CNN) 2人は実の両親ではない。だがウクライナで2年間過ごした後、まるで私のタートとマーマ――ウクライナ語で「お父さん」「お母さん」――のような存在になった。

5年前、2人は娘のように私を迎え入れてくれた。だが今はロシア軍の爆撃にさらされて暮らしている。貴重な電話の間も、砲撃の音がたびたび会話を中断する。

60代前半で白髪のタートは、自宅の庭からも爆発が見えると電話越しに教えてくれた。2人は北部の街チェルニヒウ郊外の小さな村で暮らしている。タートより少し年下のマーマはすすり泣きながら、水も電気も安全な避難経路もないと語った。

2人にとって唯一の移動手段はソビエト時代のおんぼろ自動車。かなり年季が入っているので、運転中は床に空いた穴から地面が流れていくようすが見える。91歳になるマーマの母親バブーシャは体が弱っていて、ほとんどベッドで寝たきりだ。CNNは安全上の理由から、彼らの写真やフルネームを公表しない。

他の街では住民が自宅を後にして、一時的な避難回廊からロシアの攻撃を逃れているところもある。だが、チェルニヒウや彼らの村から脱出するルートは確立されていない。

「敵はチェルニヒウの街に空爆とミサイル攻撃を続けている」。12日、チェルニヒウ州のビャチェスラフ・チャウス知事はこう述べた。

「民間人が死んでいっている。負傷者も大勢いる。敵は民間施設を砲撃しているが、そこには軍人は1人もいない」

戦争が始まる以前、私たちは定期的に携帯メッセージをやり取りしていた。ペットの犬のこと、ふだんの食事のこと――2人はウクライナの外の生活に魅了されていた。

するとつい1週間ほど前、タートが1枚の写真を送ってきた。村の近くで爆発があり、黒い煙が空に立ち上っている写真だった。

文面には「生き延びることができたら、また会えるかもしれない」と書かれていた。

タートの家の近くの爆発で黒い煙が立ち上る=3月3日/courtesy Tato
タートの家の近くの爆発で黒い煙が立ち上る=3月3日/courtesy Tato

シンプルライフ

私は2017年から19年までの2年間、米国の「平和部隊」のボランティア要員としてウクライナに住んでいたが、あの頃のウクライナとはまるで変ってしまった。当時はよくホストファミリーとキッチンテーブルでお茶を飲みながら、旬の野菜や子どもを相手にする私の仕事など、たわいもない話で延々とおしゃべりしていたものだ。

タートとマーマには子どもがいなかった。私が日系アメリカ人であることから、タートは「おはよう」といった日本語を覚えた。夜になると、ウクライナの音楽や80年代のアメリカ音楽に合わせてダンスを踊った――これなら私もくつろげるだろう、と考えてくれたのだ。

2人の家にやってきた初日、私は少し気まずい思いをしていた。するとタートがアバのCDを手に私の部屋に飛び込んできて、踊るようなしぐさをした。私は自分の携帯電話を取り出して、音楽を次から次へとかけた。この夜、私たちは1か月分のデータ容量を使い切った。

タートとマーマの生活は、私とはまるで大違いだった。大人になってから大半を過ごしているロサンゼルスでは、バーから流れる大音量の音楽とクラクションの音を聞きながら眠りについていた。ウクライナでの夜はあまりにも静かで、聞こえるものといえば2人が飼っている犬の足音ぐらいだった。

タートとマーマは家庭菜園で野菜を育て、家畜の鶏を育てていた。春や夏には裏庭で栽培した花をチェルニヒウの市場で売っていた。

私は毎日20分間バスに揺られてホストファミリーの家から街へゆき、地元のカフェで働いた。カフェはWi―Fiの電波もしっかりしていて、おいしいコーヒーとクリームにヘーゼルナッツをのせたウクライナ名物の分厚いキエフ風ケーキを提供していた。

19年にアメリカに帰国した後も、タートとマーマと私は動画や携帯メッセージを送り合い、ときにはフェイスタイムで話をした。

戦争が始まった最初の1週間、2人はいつも通りの生活を送っていると言っていた――朝6時に起きて、鶏にエサをやり、パートタイムの仕事に出かける。他の街に爆弾が投下されている間も、バブーシャはお気に入りのテレビ番組を見ていた。

だが3月2日、2人の口調が変わった。タートは私にメッセージを送ってきた。「マーマもバブーシャも私も、150グラムずつしか食べていない」――平均的なじゃがいも1個分の量だ。

それ以来、2人と連絡を取るのは前よりも難しくなった。電話をかけても出ず、携帯メッセージも未読のままだ。

私には、彼らの国で繰り広げられる破壊行為を遠くから見つめることしかできない。

ロシア軍は現在チェルニヒウを包囲している。動画からは惨状の度合いがまざまざと伝わってくる。

テレグラムに投稿された動画を見ると、地元の図書館とサッカー競技場の間に大きな穴が横たわっている。若かりし日のタートが、地元のサッカーチームFCデスナ・チェルニヒウの選手としてトレーニングしていた場所だ。

チェルニヒウのサッカー場はロシア軍の空爆で被害を受けた/Ukraine Football Association
チェルニヒウのサッカー場はロシア軍の空爆で被害を受けた/Ukraine Football Association

衛星映像には、真っ黒い骨組みだけになった街はずれの地元のショッピングセンター「エピセンターK」――ウクライナ版ホーム・デポ――の姿が映っている。

チェリニヒウのスーパーマーケット「エピセンターK」の焼け焦げた姿が衛星写真に写った/Satellite image ©2022 Maxar Technologies
チェリニヒウのスーパーマーケット「エピセンターK」の焼け焦げた姿が衛星写真に写った/Satellite image ©2022 Maxar Technologies

一方的なロシアの侵攻によって、3週間も経たないうちにタートとマーマは平穏な田舎の生活から引きずり出され、まるで興味のない地政学的侵略戦争に巻き込まれてしまった。

「私たちが住む場所はウクライナ」

タートとマーマはチェルニヒウ地域で生まれ育った。2人はこの場所で、数十年にわたる国の劇的な変化を目の当たりにしてきた――ソ連崩壊に始まって、04年後期にはオレンジ革命、その10年後にはマイダン革命。そして今度の戦争だ。

2人はこれまで全て乗り切った――ここが2人の故郷で、親類もみな車で30分のところで暮らしている。

侵攻初日、タートとマーマは避難のことよりも、建設現場と介護施設でのパートタイムの仕事に戻れるだろうか、と心配していたようだった。「どうして?」と私は尋ねた。「戦争が起きているのよ」

タートは一言、「私たちが住む場所はウクライナだ」と答えた。

最後に電話でタートの声を聴いてから、すでに4日が経過した。

回線はおぼつかなく、話ができてもせいぜい1分程度だった。途切れ途切れの回線の中、ぎこちない会話の中から聞き取れたのは「電気がつかない」という言葉だけだった。

今は電話をかけても、すぐに「この通話をおつなぎすることができません」という応答メッセージにつながってしまう。

6日にこの村から避難した友人の携帯メッセージには、タートとマーマの家から歩いて10分のところに住んでいる友人の両親が、自宅近くに爆弾が落ちたのでチェルニヒウから避難したと書かれていた。

友人の両親は10日に車で街を出たが、そのときタートとマーマはまだ残っていたという。だがそれ以上の情報は友人にもわからなかった。

米国防総省関係者は11日、チェルニヒウが孤立して「高まる重圧」にさらされていると述べた。ロシア軍は「街のすぐそこ」まで来ているとも付け加えた。

数時間後、街の中心地にある地元の名所、ホテル・ウクライナが砲撃を受けた。マーマがよく花を売っていたチェルニヒウの中央市場は徒歩圏内だ。

空爆で破壊されたホテル・ウクライナの外観=12日/STRINGER/REUTERS
空爆で破壊されたホテル・ウクライナの外観=12日/STRINGER/REUTERS

3月でも気温は氷点下前後。街には「電気もなく、水やガス、暖房設備もほぼない状態」だとチャウス知事は言った。電気を復旧させようと試みたものの、ロシア軍が送電網を再び砲撃したため失敗したと知事は付け加えた。

村で暮らしていたとき、タートとマーマは私をとても大事にしてくれた。とくに父親代わりのタートは、森にキノコ狩りに行く時は私にオレンジ色のベストを着せ、すぐに私を見つけられるようにした。

今は2人を守りたくても、なすすべがない。

携帯をじっと見つめる。6日にタートに送った携帯メッセージは未読のままだ。万が一つながった時のために、とりあえず赤十字社の番号を送信してみる。

最後にマーマと会話をしたのは7日。マーマが泣くのを聞いたのはこれが2度目だった。最初は私が村を出てキエフへ移動する時。歴史あるこの街も今は戦火の真っただ中で、街の中心部からわずか15キロのところにはロシア軍が迫っている。

「銃声がした、シェルターに隠れないと……愛してる」とマーマ。平時なら、今頃は旬の野菜を植え始める時期だ。

「私も愛してる」

本稿はCNNのマユミ・マルヤマ・ニュースリサーチャーによる記事です。

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