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京都アニメーション火災、人命と芸術の無残なる喪失

「涼宮ハルヒの憂鬱」などで知られる京アニ。火災により甚大な被害を受けた

「涼宮ハルヒの憂鬱」などで知られる京アニ。火災により甚大な被害を受けた/Courtesy IMDb

「アニメ」という言葉の語源である「アニマ」は、ラテン語で生命・魂を意味する。京都市伏見区のアニメ制作会社「京都アニメーション(京アニ)」のスタジオにはそんな魂が多く宿っていた。18日午前、このスタジオを放火とみられる火災が襲い33人の命が失われた。人間の尊厳と、芸術作品を生み出す営みの両方にとって、あまりに大きな損失となった。

京アニは業界でも有力な制作会社として、国内外におけるアニメの普及に貢献してきた。八田英明・陽子両氏が1980年代に夫婦で創業。以降、所属するアニメーターらの能力を最大限に引き出す独自の企業風土で知られてきた。

アニメ産業の職場は男性が多く、作品も伝統的に男性の観客向けのものが多かった。その中で、京アニは同業他社より管理職を含め多くの女性を雇用してきたことで有名だ。

「涼宮ハルヒの憂鬱」から/Kyoto Animation
「涼宮ハルヒの憂鬱」から/Kyoto Animation

アニメーターを給与制で雇用し、高い質の作品を作り出せるような金銭面や社会保障の環境を整えた。アニメーター向けの学校を何年も運営し、協力や共同作業の重要性を説いてきた。同社の企業理念では真摯(しんし)な姿勢やアーティストを大切にすることに重きが置かれている。

事件現場となったスタジオは多くの神社や寺が存在する美しい古都京都にあり、近隣にはミステリアスな雰囲気を持つ伏見稲荷神社がある。神社の急な階段を登り切った先には、思いがけない場所でキツネの姿をした像に出会う。

京アニの作品には神秘性とありふれた日常の双方が存在する。最も有名な作品の一つは「涼宮ハルヒの憂鬱(ゆううつ)」で、不思議で魅力的な少女が騒動を起こし、クラスメートが異世界の生命体や奇妙なシチュエーションに対処していく。この作品はゲームにも展開された。

多くの作品の舞台は日本で、場所や時代を強く感じさせる。人気のシリーズものでは日常生活に入り込む超自然的な存在が描かれ、SFやファンタジーの要素が入って宇宙人や幽霊も登場する。現実と幻想が入り交じるこうした作品設定は、京アニのシリーズものが世界中のアニメファンの支持を得るに至った大きな理由といえるだろう。

  
      
動画:アニメ制作のスタジオで放火とみられる火災が発生

米動画配信大手のネットフリックスは昨年、京アニ制作の「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」の配信を開始した。戦争後の世界を舞台としたSF色の強い作品ながら、愛の意味を求めて生きる少女を中心に物語は展開する。ストレスの多い複雑な現代社会で、若い視聴者は自分自身もプレッシャーやハードルに直面しながら美や悟りを求めている。

「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」から/Kyoto Animation
「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」から/Kyoto Animation

京アニ作品の美しさは、いくら強調してもし尽せない。日本の神道の伝統ではこの世のあらゆるものに神が宿るとされているが、京アニはこうした古来の伝統を、現代の作品世界で表現している。

その素晴らしいアニメ描写にかかれば、教室の机のようなありふれたものからも生命力が沸き立つのを感じる。窓越しにちらりと見える自然の風景は特別な色彩を放ち、日常の向こう側にある神秘と可能性とを見る者に伝えてくる。登場人物も美しく、主人公の少女は傷つきやすそうに見えながら異次元の能力を持つ設定であることが多い。

「涼宮ハルヒの憂鬱」から/Courtesy IMDb
「涼宮ハルヒの憂鬱」から/Courtesy IMDb

この30年間、アニメは日本を飛び出し世界的に認知される芸術へと進化した。アニメのルーツは伝統的な日本文化にあり、特色ある視覚的な魅力につながっている。そこに描かれるリアリティーや複雑さは、日本の文学や詩が持つ内省的な性向から生まれてくるものだと考えられる。

同時に、アニメは普遍的な価値も有している。スタジオジブリや新海誠監督といったクリエイターは、日本文化に根ざしながら喪失や悲劇、喜び、つぐないの探求を通じて、世界中の観客の琴線に触れる作品を作り出してきた。

世界的な知名度は少し劣るが、京アニは文化的な特異性と普遍性を美しく織り交ぜてきた。18日の火災は、日本にとってだけでなく世界にとっても痛恨の出来事だった。尊い人命が奪われた悲劇に加え、40年近い年月をかけて蓄積された創造性あふれる作品もまた失われてしまった恐れがある。生命を持たないものに文字通り魂を吹き込む、そんなアニメを作り続けてきたスタジオに火を放つ。あまりに皮肉かつ冷酷な犯罪に身震いがする。

Susan Napier氏は米タフツ大学で修辞学や日本研究を専攻する教授で、日本のアニメーションの研究者です。記事における意見や見解は全てNapier氏個人のものです。

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