Architecture

世界初の「アップサイクル」な高層建築、ビルを解体から救う 豪

豪シドニーに登場した高層ビル「キー・クォーター・タワー」

豪シドニーに登場した高層ビル「キー・クォーター・タワー」/AdamMork/3XN

かつて豪シドニーで最も高いビルだったAMPセンターは、老朽化が目立っていた。時代遅れの1970年代の建築物は寿命を迎え、タワーの所有者は、規模も質もエネルギー効率も向上したものに建て替えたいと考えていた。

だが、建設廃材に始まって重機から排出される二酸化炭素にいたるまで、高層ビルの解体には相当量の環境費用が発生する。そこで2014年、オーストラリアの投資会社AMPキャピタルは前代未聞の題目でコンペを実施した。古い建物を解体せずに、新しい高層ビルを建てろというのだ。

結果的に、世界初の「アップサイクル」高層ビルは今年入ってオープンし、今月2日には22年の「ワールド・ビルディング・オブ・ザ・イヤー」にも選ばれた。高さ676フィート(約206メートル)、49階建てのそそり立つ高層ビル「キー・クォーター・タワー」は、梁(はり)や柱といった元の構造体の3分の2以上、コア部分の95%をそのまま残している。

「実用性という点で、タワーの寿命はタイムリミットを迎えていた。だが実際のところ、構造体や骨格はまだまだ耐えられる」。設計を担当したデンマークの建築会社「3XN」の共同出資者、フレッド・ホルト氏は動画インタビューでこう語った。「必ずしもすべてを残すことはできない。だが建物の二酸化炭素の大部分を占める構造部分を残すことができれば、カーボンフットプリントの減少になる」

建設作業員は元のビルから再利用できない部分を取り除いた後、隣に新たな構造体を組み上げて、残った部分に「接合」した。2つの構造体は近代的なガラスのファサード(正面)で覆われ、ひとつの高層ビルとして生まれ変わった。新しいデザインによってビルの総床面積は増え、それに伴って収容人員も4500人から9000人に増加した。

今回の試みにより、タワーを解体してゼロから新築する場合と比べて二酸化炭素の排出量が1万2000トン削減できたと建築家は考えている。これはビルの3年強の電力消費量に相当する。それに加え、コンクリートなど炭素集約度の高い素材を極力使用しないことで、建設期間も1年近く短縮できたと思われる。

「最も環境に優しいビルは既存のビルだ」と、ホルト氏はアメリカ建築家協会のカール・エレファンテ元会長の言葉を引用した。

「たくさんの未知」

3XNがエンジニア企業アラップ社やオーストラリアの建築事務所BVNと組んで完成させた野心的なプロジェクトは、設計面で数々の困難に直面した。初期の段階では、既存のビルが原本の図面と合致しているかを判断するだけでも一苦労だった。

高層建築はおうおうにして、ビルそのものの重みで縮む。完成後の数カ月はとくに顕著だ。結果的に旧AMPセンターも「図面よりも若干高さにずれが生じていた」とホルト氏は言い、コンクリートは完全に固まる過程で「横に広がり、沈む」のだと説明した。

5つの塊を積み上げたような外観をしている/Courtesy of 3XN
5つの塊を積み上げたような外観をしている/Courtesy of 3XN

「既存の高層建築の解体を始めると、必ずたくさんの未知に遭遇する」。3XN社の創業者でクリエーティブディレクターを務めるキム・ハーフォース・ニールセン氏もこう続けた。「コンクリートの強度はこちらの想定と同じか。既存の構造体に新しい構造体を『取り付ける』方法を考える上で、この点が重要だった」

建築家とエンジニアが既存のビルをようやく間近で検証できたのは、18年に建設が始まってからだった。コンクリートのサンプルを使って、構造体のどの部分に、どのぐらいの荷重を追加できるか計算した。

ビルが時間の経過とともに縮むことから、別の難題も浮上した。新しい構造体が徐々に収縮する間、元の構造体とかみ合わなくなったらどうなるか。

対策として、エンジニアは数百個のセンサーをビル周辺に取り付け、わずかな動きも追跡できるようにした。これらのデータはホルト氏が「デジタルツイン」と呼ぶタワーの動的コンピューターモデルに取り込まれ、リアルタイムでの調整と「すべてが本来の予定通りに機能、変化、収縮している」ことの確認が行われた。

ビルからはシドニーの眺望が楽しめる/Martin Siegner/Courtesy of 3XN
ビルからはシドニーの眺望が楽しめる/Martin Siegner/Courtesy of 3XN

さらに作業員は完成直前まで、新旧構造体の間に4メートル(13フィート)の隙間を残し、新たに投入したコンクリートが固まる時間を与えてから、最終的な「接合」を行った。

費用効率

3XNが手がけた目を見張るような設計は、総額10億豪ドル(約920億円)の再開発プロジェクトのひとつ。積み重なる5つの塊が、空に向かってらせんを描いているのが特徴だ。建築家が「垂直型ビレッジ」と呼ぶキー・クォーター・タワーは、シドニーのオペラハウスが一望できる店舗スペースと事務所の他、複数の屋上テラスを備えている。

外観を見る限り、1970年代当時のビルの名残はまったくわからない。内装もそうで、タワーの2つの部分は継ぎ目がわからないほど「なじんでいる」とニールセン氏も言う。

「中に入れば、どこが旧式でどこが新築か気にならない」とニールセン氏は付け加えた。「そこが肝だった」

ビルは元の構造体の3分の2以上を再利用している/Courtesy of 3XN
ビルは元の構造体の3分の2以上を再利用している/Courtesy of 3XN

一方で、キー・クォーター・タワーの環境実績はワールド・ビルディング・オブ・ザ・イヤー賞の主催者から高く評価され、今月初めポルトガルのリスボンで行われた世界建築フェスティバルでの受賞にいたった。フェスティバルのプログラムディレクターを務めるポール・フィンチ氏は声明の中で、「二酸化炭素について素晴らしいエピソード」を備えた「再利用の応用例」としてタワーを称賛した。

タワーの所有者は、今回の設計でもうひとつ大きな成果を得られた。ゼロから新しく建設するよりも、費用がかなり抑えられたのだ。ホルト氏の概算では、旧構造体を再利用することでAMPキャピタルは1億5000万豪ドルを節約できたという。

これを受けて3XNは、タワーが実例として役立つと期待している。他の建築家やエンジニアにとってだけでなく、ビル所有者やオーナー企業にとってもだ。今回のプロジェクトで「持続可能性と建物の価値は、経済的に両立させることができる」と証明されたとニールセン氏は言う。

「これまで開発業者の多くは、選択肢にも挙げてこなかったと思う」とニールセン氏は続けた。「だが今こうして完成した。未来の建築に向けた成功例になるだろう」

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