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賃貸アパートで密かに制作されたアート王国が文化財に

ロン・ギティンスさんの死後に遺族が芸術作品を発見した

ロン・ギティンスさんの死後に遺族が芸術作品を発見した/Historic England

ロンドン(CNN) エキセントリックな芸術家が30年暮らし、密かに改装した賃貸物件が、本人が亡くなって5年後に英政府から正式に保護された。

2019年9月にロン・ギティンスさんが79歳で死去して間もなく、遺族はイングランド北西部リバプールに程近いバーケンヘッドのアパートを訪れた。ギティンスさんは1980年代半ばからここで暮らしていた。

室内を見た遺族はすっかり度肝を抜かれた。ギティンスさんは部屋のほぼ全面を装飾品や歴史的場面を描いた大量の自筆の壁画で埋め尽くしていたのだ。そうした作品の中には古代エジプトやジョージ王朝時代のイングランドを題材にした絵画や、大きく口を開けたライオンやミノタウルスの巨大な頭をかたどった暖炉、はてはローマ時代のパン焼き窯まであった。

口を開けたミノタウルスの巨大な頭/Historic England
口を開けたミノタウルスの巨大な頭/Historic England

正規の芸術教育を十分に受けたことのなかったギティンスさんは、玄関、キッチン、バスルーム、3部屋から成るビクトリア朝メゾネットの1階で暮らしていたが、ほとんど人を家に招きたがらなかったため、なおさら驚きの発見だった。

死後になってその理由がようやくわかったとめいのジャン・ウィリアムスさんは言う。

「家は完全にごみ屋敷状態で、ドアから中に入ることもできなかった」とウィリアムスさんはCNNとの電話インタビューで語った。

ウィリアムスさんによれば、「派手好きで」「とても風変り」だったおじは、めかしこんで街を歩き回り、セメントの袋などを物色してショッピングカートに積み込む姿がしばしば目撃されていた。

「家族がおじと疎遠になっていたのも、それが理由のひとつだ」とウィリアムスさんは言い、最後にギティンスさんに会ったのは死の1年前だったと付け加えた。

「おじの行動にはかなり手を焼いたが、それでも家族はおじが大好きで、とても大事に思っていた」(ウィリアムスさん)

念入りに装飾された「ジョージ王朝の部屋」/Historic England
念入りに装飾された「ジョージ王朝の部屋」/Historic England

アパートはどの部屋にも袋や箱、本、画材、食品の包装などがうず高く積み上げられていた。大量の手書きのメモには、暗号で書かれていたものもあった。

やがてウィリアムスさんは、アーティスト仲間で移動式ギャラリーを共同運営するパートナーのクリス・ティーズデールさんとともに「ロンズ・プレース(Ron‘s Place=ロンさんの場所)」救済キャンペーンを立ち上げた。キャンペーンには友人、親戚、アーティスト、文化遺産の分野に携わる人々なども賛同した。

2人は「ウィラル芸術文化コミュニティー土地信託」を設立し、「ロンズ・プレース」のウェブサイトを通じてクラウドファンディングを始めた。指定建造物の登録申請も行い、とうとう昨年には建物全体を買い取った。

現在アパートは国家遺産保護団体「ヒストリック・イングランド」の助言のもと、英デジタル・文化・メディア・スポーツ省から「第2級」指定建造物として認められた。

ヒストリック・イングランドの広報担当者はCNNに宛てたメールで、指定建造物に登録された意義を説明した。「イングランド国家遺産リストにロンズ・プレースが登録されたことで、この類まれな場所の重要性に光を当て、称賛し、将来何らかの変化が生じても重要性が失われることのないようサポートすることが可能になった」

めいのジャン・ウィリアムスさんは、ギティンスさんについて、「派手好きで」「とても風変り」だったと振り返る/Historic England
めいのジャン・ウィリアムスさんは、ギティンスさんについて、「派手好きで」「とても風変り」だったと振り返る/Historic England

「ロンもきっと飛び上がって喜んでいるだろう」とウィリアムスさんは亡きおじについて語った。

「おじはいわゆるパフォーマンスアーティストだった。おじが作ったアパートは、いわば自分だけの舞台セット、秘密の世界だった」

「おじはいくらか精神疾患の問題を抱えていて、不安定な時期もあった。芸術作品や創作意欲がおじの活力だったのだろう」(ウィリアムスさん)

現在アパートは「ミニ・ミュージアム」の開設に向け、作品を「安定化し、保存する」作業が行われている。一方ウィリアムスさんによると、信託団体では建物の他の賃貸部分にも手を入れて、「芸術と創作活動の総合スペース」に改造したいと考えている。

将来的には他のアーティストに開放する予定で、庭や地下室などの増設計画の可能性もある。

「おじの死後に遺品を整理していたら、私宛のはがきが見つかった。『私が今まで手がけてきたものをお前に見せてやりたい』と書かれていたが、住所が違っていたため、受け取ることはできなかった。とても胸がつまされる。今はその埋め合わせをしているようなものだ」(ウィリアムスさん)

ヒストリック・イングランドによると、ロンズ・プレースはイングランドで文化財登録を受けた「アウトサイダー・アート」の第1号だ。

ギティンスさんの遺品を整理するジャン・ウィリアムスさん/Chris Teasdale
ギティンスさんの遺品を整理するジャン・ウィリアムスさん/Chris Teasdale

世界的にも認められている芸術現象のアウトサイダー・アートについて、テート美術館は「芸術家として教育を受けてこなかった、または既存のアート制作の枠組みから外れて活動してきた人々が手がけることの多い、素朴な性質の芸術作品」としている。鑑賞者を念頭に置かず、アーティスト本人が自らのために制作するのがほとんどだ。

ヒストリック・イングランドは声明で、「指定建造物に登録されたことで、ロンさんの作品はイングランドに存在するアウトサイダー・アートの一例だと認められた。個人のビジョンに突き動かされ、時に衝動にかられて創作し、正規の訓練もまったく受けずに、主流派の影響に左右されずにいたアーティストが大半だ」と述べた。

ギティンスさんの作品のファンは大勢いるが、インディーバンド「Pulp」のボーカルを務めるジャービス・コッカーさんもその一人だ。アパート保護活動の支援者でもある。

玄関口からは室内の様子は、ほとんどうかがい知れない/Historic England
玄関口からは室内の様子は、ほとんどうかがい知れない/Historic England

ロンズ・プレースのスポンサーでもあるコッカーさんは、ヒストリック・イングランドの声明で登録の知らせを聞くと、「地球上にはまだ、ロンズ・プレースがとても特別な場所だということを知らない人が少なからずいる。でも今日から正式に、ロンズ・プレースは指定建造物だ!」と語った。

「イングランド北部の風変りな紳士による作品が、英国内、はては世界中で知られる存在となった。ハレルヤ!」(コッカーさん)

ウィリアムスさんもおじの業績を誇りに思うとともに、未来の世代に影響を残すことができればと期待を寄せている。

「おじは私を励まし、クリエーティブで型破りなことはごく当たり前のことだと思わせてくれた。そのことに感謝している」とウィリアムスさん。「おじはひとつの仕事に長く就いたことはなく、長期的に安定した収入もなかったが、豊かな想像力と創作意欲の持ち主だった。他の人々にそのことを伝えたい。クリエーティブで、心豊かになってほしい。そして周囲の人々の可能性を見いだし、それをどう活用できるか考えてほしい」

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