(CNN) 虹とユニコーンの角で飾られ、フワフワした愛らしい目の子猫は、一見すると、子どもらしさや純粋さをイメージするかもしれない。しかし、このキュートな生き物はその見た目以上の影響力を持つ。
ペットから子ども、大きな目のおもちゃ、ソーシャルメディアのフィルター、絵文字、インターネット・ミームに至るまで、「キュートネス(かわいさ)」は、情報があふれるこの時代の最も顕著な美学の一つであり、それ自体がれっきとした産業でもある。
一見、無害で脅威を感じさせないことから人気を博した「キュート」が、今や世界を征服しようとしている。それは、「キュート」にその魅力的な外観が暗示する以上の力があることを示唆している。
英ロンドンのサマセット・ハウスで開催されている「かわいい」をテーマにした新しい(そして世界初の)展示会「Cute」では、かわいさがどのように(そしてなぜ)この世界を支配してきたのかを探っている。
サマセット・ハウスに展示されたハティ・スチュワート氏の「Hello Love」/David Parry/PA Wire/Courtesy Somerset House
サマセット・ハウスの展示担当ディレクター、クリフ・ラウソン氏は、この展示会の開会式で、「キュートの様々な姿・形を創造的にひも解くことにより、我々は自分自身についてだけでなく、お互いや、周りの世界との関わり方についても理解できる」と述べた。
キュートの起源
始まりは猫だった。「ウェブの父」として知られるティム・バーナーズ・リー氏は、予想もしていなかったインターネットの使い方は何かと問われ、一言、「子猫」と答えた。
またサマセット・ハウスのシニアキュレーター、クレア・カテラル氏も「Cute」の開会式のスピーチで、かわいさについて「まるで何かに飛び付こうとしている小さな子猫のように、その力と影響力は我々にゆっくりと忍び寄ってきた」と表現した。
当然ながら、「Cute」でも猫をテーマにした作品が目立っている。英国の画家ルイス・ウェインが19世紀に描いたカラフルで有名な猫の絵は、猫たちがお茶を飲んだり、クリスマスを祝うなど、猫を人間と同じような行動を取る、愛らしく、遊び好きな生き物として描くことにより、エドワード朝時代の英国の人々の猫に対する見方を変えたとされている。
また同展示会には、芸術家アンディ・ホールデン氏が祖母から受け継いださまざまな猫の像のコレクション(タイトルは「Cat-tharsis<猫とカタルシスを組み合わせた造語>」)も展示されている。
どちらの作品も威圧感がなく、愛らしいという「キュート」の重要な要素を備えている。
「Irresistible: How Cuteness Wired our Brains and Conquered the World(たまらない魅力:かわいさはいかにして我々の脳に浸透し、世界を征服したか)」の著者、ジョシュア・デール氏は、我々がかわいさに魅力を感じるのには先天的な心理的理由があると考えている。
キュートなものを見ると、「脳は世話や介護に関連したある種の行動を取る準備をする」とデール氏はCNNに述べた。
かわいさの魅力には社会学的な要因もある。かわいさが広く受け入れられるようになったのは19世紀のことだ。当時、乳幼児死亡率が低下する一方、出生率も低下したことから、子ども時代は貴重な経験であり、長引かせるべきものと考えられるようになった。
そして産業革命と大量生産の拡大により、おもちゃ、書籍、イラストがますます容易かつ安価に製造可能になり、「かわいさ」が世界に解き放たれた。
この展示会ではキュートという美学の魅力について、より深い問いを投げかけている/David Parry/PA Wire/Courtesy Somerset House
そして1950年代には米国の成人女性たちへの「キュート」の売り込みが始まった、と語るのは、詩人で「Cute」のコンサルタントも務めるイザベル・ギャリーモア氏だ。
当時の米国の女性たちは、職と可処分所得を手に入れ、消費者階級の一端を担うようになった。かわいらしいデザインのぬいぐるみや毛布といった製品は、女性たちの母性本能をくすぐるように作られていたとギャリーモア氏はCNNに語った。
「かわいい」効果
「キュート」が世界的な現象になるために不可欠な要素は、日本語の「かわいい」だと展示会「Cute」は主張する。
「Cute」によると、今の「かわいい」文化が誕生したのは1914年だという。この年、画家でイラストレーターの竹久夢二は、東京の繁華街で、女子生徒たちをターゲットにしたキノコや城といった西洋的なモチーフのアクセサリーや文房具を販売する店をオープンした。
キングス・カレッジ・ロンドン(KCL)の哲学教授で、「The Power of Cute(キュートの力)」の著者でもあるサイモン・メイ氏にとって、「かわいい」は、日本という国をより広く含んでいる物語の一部にすぎない。
メイ氏は「日本は、キュート(な国)というイメージを世界に発信した初の、そして今のところ唯一の国だ」と指摘した。またメイ氏は、日本がそのような立場を取る主な理由として、日本は1945年以降、軍国主義や権力を否定し、平和で、威圧的でない国というイメージを世界に示そうとしている点を挙げる。
無論、今や世界的な現象であり、「Cute」が親しみを込めて「かわいさの大使」と呼ぶ、あるキャラクターの存在なくして「かわいい」の探求は終わらない。そのキャラクターとはハローキティだ。
英国の画家ルイス・ウェイン氏が描いた有名な1枚/Courtesy Bethlem Museum of the Mind/Somerset House
1970年代に日本で起きた第1次オイルショック後の激動の時代に誕生したハローキティは、新製品の販売促進用のキャラクターとして制作された。そしてハローキティグッズは大ヒットし、スニーカーから紙タオル、箸、飛行機、パニーニ(イタリア風サンドイッチ)メーカーに至るまで、ありとあらゆる製品にハローキティが描かれた。
2015年のアナリストらの推計によると、親会社であるサンリオの年間営業利益約1億4200万ドルの約75%がハローキティ関連の利益で、ハローキティが同社の年間売り上げ6億ドルの大半を稼ぎ出した。
「Cute」によると、今や見慣れたハローキティのさまざまな特徴は、極めて慎重に守られており、もともと口がないハローキティが口を開けている珍しいバージョンの人形が作られただけで、ファンの間で論争が起きたという。
しかし、日本の「かわいい」現象は、最初に抱くかもしれないイメージほどかわいらしいとは限らなかった。20世紀に入り、時代が進むにつれ「かわいい」の力が増し、かわいい現象は、より暗く、より批判的なテーマを模索し始めた。その一例が、東京で大流行した反抗的なストリートスタイル、いわゆる「原宿スタイル」だ。この原宿スタイルは、日本の厳格な社会規範に対する抵抗と見られることが多い。
ギャリーモア氏は「日本の『かわいい』からインスピレーションを受けたファッションには真の力を感じる」と述べ、その理由として、単にきれいでかわいいだけではなく、キュートなイメージとグロテスクなイメージの組み合わせを含んでいることが多いためだと付け加えた。
現実逃避
また、キュートは人生の複雑さへの対応とも言われている。「Cute」に展示されている「Sugar―coated pill(糖衣錠)」は、銀行や製薬会社が製造したかわいいおもちゃを集めた作品で、経済的な課題や病気といった受け入れがたい困難を和らげるためにかわいさがどのように利用されているかを考察している。
「かわいい」というスタイルを開拓したイラストレーター田村セツコ氏の作品/Courtesy Yayoi Museum/Somerset House
一方、スコットランドの芸術家レイチェル・マクリーン氏の2021年のミクストメディア作品「!step on no petS Step on no pets!」には、やや不気味だが、無邪気なおとぎ話のような世界で変形したユニコーンが炎の中で踊る姿が描かれている。
この二面性を受け入れたことが、「Cute」が唯一無二の展示会である一つの要因だ、とマクリーン氏は言う。そして「(Cuteは)一見シンプルで魅力的なものの中に埋め込まれた複雑さやあいまいさを探求する機会を提供している」と付け加えた。
「キュート」には、平凡な日々に現実逃避的なきらびやかさを与える力があり、その力は個人レベルでも日常的に見ることができる。例えばスマホのフィルターを使えば、自分の姿を柔軟性のあるアバターに変えたり、しわを消すなどして若々しく見せたり、目を大きくしたり、頬の色をピンク色にしたり、オンライン上の個性を変更するといった作業をボタンに触れるだけで行うことができる。
「キュート」はまだいろいろな意味で取るに足らないものとみなされる可能性もあるが、キュートがこのような形で現代社会に影響を与え続けていることは興味深い。
メイ氏はCNNに「(キュートは)時代精神を把握するための窓として魅力的だ」とし、「(キュートなものを見れば)自分たちがどのような人間かが分かる」と付け加えた。