ANALYSIS

フィリピンと関係強化を図るオーストラリア、南シナ海問題には深入りせず

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先月末、豪首都でマルコス・ジュニア比大統領(右)と握手を交わすアルバニージー首相/Tracey Nearmy/Getty Images

先月末、豪首都でマルコス・ジュニア比大統領(右)と握手を交わすアルバニージー首相/Tracey Nearmy/Getty Images

(CNN) 先週フィリピンのフェルディナンド・マルコス・ジュニア大統領がオーストラリア議会で演説した際、そこには紛れもなく挑発的な発言があった。

フィリピンは地域平和をかけた戦いの「最前線」に立ち、「地域の平和を損ない、地域の安定を蝕(むしば)み、地域の繁栄を脅かす行為」に対抗していると同氏は発言した。

また現在の情勢を1942年当時になぞらえ、フィリピンは「我が国の独立性、主権、統治権を死守」すると強調。「いかなる外国勢力が相手だろうと、我が国の主権領域を奪おうとする試みは一切看過しない。1平方センチたりとも渡さない」と述べた。

名指しこそしなかったものの、同氏が言わんとする相手について疑いの余地はない。すべては中国を指している。

中国政府は南シナ海の領有権をめぐってフィリピン政府と幾度となく衝突を起こしている。そうした中国側の行動は、2年ほど前にマルコス・ジュニア氏が大統領選で勝利を収め、親中路線の前任者ロドリゴ・ドゥテルテ氏の後任に就任してからというもの激しさを増している。

フィリピン政府によると、以来中国海警局は資源の豊かなスカボロー礁(中国名・黄岩島)付近でたびたびフィリピン漁船を攻撃し、ごく最近では先月22日にも迷惑行為を行った。またセカンド・トーマス礁(フィリピン名:アユンギン礁、中国名:仁愛礁)では、軍事拠点に物資を補給するフィリピンの輸送船に放水銃を発射した。

中国の行動が次第に攻撃の度合いを増す中、マルコス・ジュニア氏は対中国同盟を強化したいという思惑を隠そうともしないが、それには十分な理由がある。ダビデとゴリアテのような図式だからだ。フィリピン海軍は人員の面ではもちろん、防衛費や装備の面でも劣る。一方で中国は、領有権の主張に利用していると各国から非難されている海上民兵「リトル・ブルーメン」を勘定にいれずとも、世界最大の海軍力を誇る。

スカボロー礁の入り口の漁場に設置された障害物の衛星画像。比政府は中国海警局が設置したと非難した/Maxar Technologies
スカボロー礁の入り口の漁場に設置された障害物の衛星画像。比政府は中国海警局が設置したと非難した/Maxar Technologies

中国はハーグ国際司法裁判所が2016年に真逆の判決を下したにもかかわらず、資源の豊富な130万平方マイル(約337万平方キロメートル)の南シナ海ほぼ全域で領有権を主張している。中国の野望が広域にわたることから、幸いにもマルコス・ジュニア氏は同情して耳を傾ける国に事欠かない。

そうした国々の筆頭が米国だ。マルコス・ジュニア氏が大統領に就任して以来、米国はフィリピン軍基地の使用権を拡大する協定を結び、ドゥテルテ時代に損なわれた両国関係の修復に着々と動いている。

オーストラリアの議員を前にふるった熱弁からもわかるように、マルコス・ジュニア氏はオーストラリア政府を南シナ海問題における潜在的同盟国とみなしている。大方の予想では、メルボルンで開催される東南アジア諸国連合(ASEAN)とオーストラリアの特別首脳会談でも、南シナ海問題が議題に挙がるとみられる。首脳会談にはベトナムやブルネイ、マレーシアなど、領有権をめぐって中国と対立する国も出席する。

だが多くの専門家も言うように、中国がそっとしておいてほしいと願う問題に口を挟むことには、オーストラリア政府も用心していると思われる。オーストラリアは最大の貿易相手国である中国と、いまだ関係修復を図っている最中だ。20年、当時のスコット・モリソン首相が新型コロナウイルスの発生源を独立機関に調査させるべきだと主張したのを受け、中国はオーストラリアからの輸入品に制裁関税を講じた。

シンガポールのシンクタンク、南洋理工大学ラジャラトナム国際学研究所(RSIS)のコリン・コー研究員が言うには、オーストラリアが今回の首脳会談で南シナ海やその他物議を醸す問題に関し、厳しい物言いを支持する可能性は低い。

オーストラリアはこの機会を利用して政治、安全保障、経済における協力体制での信頼できる地域パートナーという地位に収まろうとしているものの、米中の間で二分する対立構図には引きずり込まれたくないだろうと同氏は語る。

オーストラリアのペニー・ウォン外相は4日のASEAN会議で、オーストラリアがASEAN諸国との協力事業に対して今後4年間で4170万米ドル(約62億5566万円)を拠出すると発表した。

ウォン氏のオフィスは声明を出し、当該の資金について「オーストラリアが近隣パートナー国との海上協力を拡大し、域内の安全保障と繁栄に貢献する」ために使用すると発表した。

ほどほどのパートナー関係

一方マルコス・ジュニア氏の訪豪で、特筆すべき成果もいくつか見られた。フィリピンとオーストラリアは「国際法遵守の推進」による海洋安全保障の連携強化に関する協定の他、主要サイバーテクノロジーと競争法に関する協定など、合わせて3つの合意文書を締結した。

「両国の連携は国益をあらためて確認し、域内での責任を認識するものだ」とオーストラリアのアンソニー・アルバニージー首相は発言した。

これら合意文書を支えたのが、すでに花開きつつある両国関係だ。昨年9月にアルバニージー氏がマニラを訪問した際、両国政府は二国協力関係を包括的連携から戦略的連携へと格上げした――ちなみにオーストラリア首相が島嶼(とうしょ)国フィリピンを訪問したのは実に20年ぶりだった。

オーストラリア議会で演説するマルコス・ジュニア比大統領/AAP Image/Lukas Coch/Reuters
オーストラリア議会で演説するマルコス・ジュニア比大統領/AAP Image/Lukas Coch/Reuters

だが開発協力の原動力は軍事的連携というより、むしろ経済的側面や観光業および技術提携の強化によるところが大きいと専門家は言う。昨年11月、両国は南シナ海も含めた初の海上・航空合同パトロールを実施したが、専門家も指摘するように、論争の的となっている海域で危機が勃発しても、今のところオーストラリアはフィリピンに対して直接的な安全保障責任を負っていない。

一方、米国とフィリピンの関係は第2次世界大戦後にまでさかのぼり、相互防衛協定も締結されている。

オーストラリアが二の足を踏む理由

オーストラリアはASEAN諸国にとって最重要パートナー国のひとつに挙げられる。だが今も中国との関係修復に取り組むオーストラリアとしては、域内の軍事力支援に「前のめりになっている」と見られたくないのだろう。こう語るのは、ローウィ国際政策研究所で東南アジア部門を率いるスザンナ・パットン氏だ。

パットン氏はオーストラリア政府の東南アジアにおける立ち位置について「オーストラリアは小国ではないが、決定的影響力を持つわけでもない」と語り、オーストラリアは海上安全保障の火種に巻き込まれるのを警戒するだろうと付け加えた。

一方で別の意見もある。オーストラリアは中国の侵害行為について米国ほど声高に批判してはいないものの、積極的に域内での安全保障同盟関係を固め、この地域で軍事的存在感を高めつつある中国政府に防衛網を張っているという専門家もいる。

オーストラリアにとって、軍事面での最優先事項は依然として日米豪印戦略対話「QUAD(クアッド)」だ。「自由で開かれたインド太平洋」という謳(うた)い文句のもと、米国、日本、インドと形成した協力体制の枠組みを、中国政府は中国の利益を損ねる「排他的集団」とみなしている。

もうひとつの枠組み「AUKUS(オーカス)」では、米英の協力のもとオーストラリアが40年代前半までに原子力潜水艦を建設・保有することで合意されたが、これもまた中国政府の怒りを買っている。中国外交部の汪文斌報道官は3カ国の協定について、「軍拡競争を悪化させ、核不拡散という国際体制をないがしろにし、域内の平和と安定を乱すだけだ」と発言した。

既に2つの安全保障協定の一翼を担い、中国政府の逆鱗(げきりん)に触れてしまったことをふまえ、オーストラリアは南シナ海問題でフィリピンに肩入れしすぎて貿易相手国をさらに怒らせるのは得策ではないと判断したのではないかという意見もある。

メルボルンのラトローブ大学で教鞭(きょうべん)を取るニック・ビズリー学部長によれば、オーストラリアの外交姿勢は「中国に対する過度な警戒感を抱いている」ことに変わりはない。だからこそ政府はきなくさい地域の軍事的責任について、発言する内容に非常に神経をとがらせているのだという。

ビズリー氏の言葉を借りれば、「オーストラリアも中国の行動を好ましく思っていないが、自分たちを危うい立場にさらすつもりはない」という結論になる。

本稿はCNNのキャスリーン・マグラモ記者の分析記事です。

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