習主席の中国サッカー大国化計画はなぜ失敗したのか

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サッカーボールを蹴る習近平(シーチンピン)氏=2012年、アイルランド・ダブリン/Peter Muhly/AFP/Getty Images/File

サッカーボールを蹴る習近平(シーチンピン)氏=2012年、アイルランド・ダブリン/Peter Muhly/AFP/Getty Images/File

(CNN) 中国の習近平(シーチンピン)国家主席は、中国の指導者になる約1年前の2011年に、サッカーの弱小国である中国をサッカー超大国にするビジョンを示した。

習氏は、サッカー界最高の栄誉であるワールドカップ(W杯)に狙いを定め、男子代表チームのワールドカップ優勝に向けた3段階の計画をまとめた。その計画とは、まずワールドカップへ2度目の出場を果たし、次に中国でワールドカップを開催し、最後にワールドカップで優勝するというものだ。

当時、世界の上位70カ国にも入っておらず、1957年に初めてワールドカップの予選に出場して以来、本大会出場はわずか1回という中国にとって、ワールドカップ優勝という課題の大きさは計り知れなかった。

しかし、2016年に中国サッカー協会(CFA)が、50年までに中国を「世界のサッカー超大国」にする計画を発表した時、習氏の決意に疑念を抱いた人はほとんどいなかっただろう。

その後、習氏やCFAの言葉を裏付けるように、中国サッカー界に投じられる資金が急増し、世界中の選手やファンたちを驚かせた。中国の不動産ブームで大もうけした政府系の複合企業や不動産開発業者らが国内最高峰のプロサッカーリーグに資金を湯水のごとく投入した。

その結果、海外のスーパースターたちが高額な報酬を求めて中国スーパーリーグ(CSL)に集まった。

やがて、CSLは支出額で欧州最大のリーグと肩を並べるようになった。好況だった15~16年には、移籍金の総額が4億5100万米ドルに達し、世界で最も支出額の多いリーグのランキングで上位5位に入った。

しかし、習氏が初めて自身の夢を語ってから10年以上が経過し、中国サッカーの運勢は、かつての急上昇と同じ速度で急落している。財務上のお粗末な決断や高官らの汚職疑惑、さらに3年に及ぶ新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)の影響で、中国サッカー界は壊滅状態に陥っている。

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