「罪悪感のない」長距離フライト実現へ、脱炭素化に向けた航空業界の取り組みは

エアバスが発表したコンセプト航空機/Airbus

2024.01.14 Sun posted at 13:58 JST

(CNN) 航空業界は他の多くの産業と同様、2050年までに地球温暖化の原因となる汚染の削減を目指している。だが、そのための明確な方法はなく、目標達成のめどが立っていないのが現状だ。

同業界は現在、世界の二酸化炭素(CO2)排出量の約2.5%を占めているが、他の温室効果ガスの排出や、ジェットエンジンによる飛行機雲の形成によって、実際の気候への影響はさらに大きい。一方で、米航空機大手ボーイングによると、空の旅の需要は着実に増加し、42年までに世界の民間航空機の台数は倍増することが予測されている。

「最も一般的な指標であるCO2排出量からみると、空の旅の問題点は、需要が伸びているだけでなく、脱炭素化が非常に難しいことだ。そのため、他の業界がより早く排出量を削減するにつれて、割当量が増えると予想される」と、コンサルティング会社アビエーションバリューズで商業アナリスト部門の責任者を務めるゲリー・クリクロー氏は述べている。「脱炭素化問題の核心は、世界の航空業界が必要とする規模、コスト、安全性、信頼性においてジェット燃料のエネルギー密度を再現できるだけの非炭素エネルギー源がまだ見つかっていないことだ」

中・長距離フライトは、航空業界によるCO2排出量の73%を占め、脱炭素化を妨げる最大の原因となっている。同業界が環境に与える影響を監視する英国の非営利団体、航空環境連盟(AEF)によると、ロンドン―バンコク間の往復フライトで排出されるCO2の量は、1年間ビーガン(完全菜食主義)の食生活を続けて節約できる排出量を上回る可能性があるという。

気候危機が続く中、長距離フライトに対する懸念が旅行の選択にも影響を及ぼし始め、多くの人が環境破壊のより少ない、近場への旅行を自発的に選ぶようになってきた。だが、持続可能な「罪悪感のない」長距離フライトが果たして実現可能なのかと考えることは、ごく自然なことだ。

持続可能な航空燃料(SAF)の模索

航空業界の具体的な目標は、50年までにネットゼロ(温室効果ガスの実質排出ゼロ)を達成すること。つまり、地球温暖化を引き起こす汚染物質を可能な限り削減し、残留物がある場合には、それらを大気中から除去するというものだ。だが、どうやって目標を達成できるのか。

米ミシガン大学のゴクチン・チナー教授(航空宇宙工学)は「我々が検討している技術は主にSAFで、現在使用されている量はごくわずか。もう少し進んだものとして検討できるのが電気と水素の2種類だ」と話した。

SAFは、CO2排出量を最大80%抑制できる代替ジェット燃料の一種。通常、大気からCO2を吸収していた植物を原料とするため、カーボンフットプリント(原材料調達から廃棄までの過程で排出されるCO2の量)が低い。SAFを燃焼させるとCO2が大気中に戻される一方、化石燃料からできた従来のジェット燃料であるケロシンを燃焼させると、これまで蓄積されていたCO2が放出される。

SAFは、藻類、水素、大気から直接回収したCO2など、いくつかの供給源から生成できるが、チナー氏によると、短期的には使用済み食用油などの廃棄物から作られるSAFが最も有望だという。

「使用済みの食用油を、化学的処理を通じて炭化水素に変えることができる」「ジェット燃料も炭化水素であり、この類似性によって、既存のエンジンに改造を施すことなくSAFを使用することが可能だ」(チナー氏)

国際航空運送協会(IATA)は、SAFが50年までに航空機による環境汚染を65%削減できるかもしれないと期待しているものの、現在使用されている全ジェット燃料のうちSAFが占める割合はわずか0.1%にすぎない。普及が遅れている理由は、SAFの価格が通常のジェット燃料よりも1.5~6倍高いからだ。価格を引き下げるには、大幅な増産か政治的な圧力をかけるしかないが、いずれも時間を要するだろう。

もう一つの問題は、現在の規制によって、ジェットエンジンが100%SAFで稼働することが禁止されていることだ。

「我々はパートナーシップを結び、政策に影響を与えようとしているが、現在SAFを混合できる含有率の上限は50%」とボーイングの環境持続可能性部門でディレクターを務めるライアン・フォーセット氏は説明する。「SAFの素晴らしい点は、最大50%までの使用量で『ドロップイン』燃料と証明され、改造の必要がないことだ。今やるべきことはSAFの配合率を上げることを検討すること。それにより改造が不要、もしくは特定のコンポーネントの改造がいくらか必要という答えが出るかもしれない」

民間航空機の市場シェア90%以上を占めるボーイングとエアバスは、30年までに両社が製造するすべての新型機が100%SAFに対応することをCNNに認めた。現在では利用可能な技術のテストが行われており、23年11月には英ヴァージン・アトランティック航空が、100%SAFを使用し、史上初となるロンドン―ニューヨーク間の大西洋横断飛行を実施した。

水素を動力とする燃料電池エンジンを搭載した「エアバスZEROe」のコンセプト図

水素への期待

SAFを航空機の動力源として使用した場合でも、通常のジェット燃料と同様にCO2は排出される。飛行中の排出量をゼロにする場合、現時点で最も有望な技術は水素のようだ。水素はクリーンな燃料で、ジェット機の排ガスによる汚染を減らすことができるが、まだ完全に気候に優しいわけではないという。

「現実的に、30年代半ばには小型の水素航空機が導入される可能性はある」と英ユニバーシティー・カレッジ・ロンドン(UCL)のアンドレアス・シェーファー教授(エネルギー・交通学)は話す。「だが、大型機の導入は40年以降まで待つ必要がある」

世界中のさまざまな企業が、現在の航空機に水素燃料電池技術を導入しようと取り組んでおり、予想よりも早く空に飛び立つ水素航空機が登場する可能性もある。例えば、英クランフィールド・エアロスペースは24年に水素航空機に改造した単葉機「ブリテンノーマン・アイランダー」のテスト飛行を行う計画だ。

「燃料電池に水素タンクが搭載され、水素を電気に変換して電気モーターを駆動する」とシェーファー氏は説明した。

だが、長距離路線の場合、航空機の設計を完全に見直す必要があるという。「タンク技術の大幅な進歩が必要」と同氏は指摘。「現在、ジェット燃料のほとんどは翼の中に格納されている。だが、液化水素はマイナス253度と非常に冷たいため、熱損失と蒸発を最小限に抑えるには、表面積が非常に小さな貯蔵タンクが必要になる。翼は表面積が膨大なため、圧力の上昇によって翼全体が爆発してしまう」

つまりタンクは胴体内に搭載する必要があるため、技術的な課題が生じる。だがこの問題が解決されれば、水素は利益をもたらすと専門家らは指摘する。

「水素は大型機で使用すれば際立つ」とチナー氏。「水素の質量はとても軽いが、多くのスペースがいる。だからこそ十分なスペースを確保した新たな航空機の設計を検討する必要がある。設計は非常にわくわくする時間となるだろう。大きな水素タンクが必要となるため、現在の航空機とは異なる外観になり得るからだ」

エアバスは、水素による推進力の開発とテストにとりわけ積極的に取り組んでいる。同社の広報担当者はCNNに対し、「当社の目標は35年までに水素を燃料とした航空機を商用化させることだ」と語った。「中期的には、水素には航空機が気候に与える影響を大幅に軽減できる可能性があると考えている」

エアバスは20年、最大200人の乗客を運べる従来型の航空機や、翼と胴体を一体化させた「ブレンデッドウィング」型など、水素を動力源とするコンセプト航空機をいくつか発表。この翼胴一体型は、カリフォルニア州拠点のスタートアップ(新興企業)、ジェットゼロをはじめとする他の企業でも開発中だ。ジェットゼロは、30年までに翼胴一体型の航空機を商用化させるという野心的な目標を掲げている。エンジニアらは、この革新的な形状によって燃料の消費量と排出量を50%削減できるとしている。

一方、ボーイングは水素航空機による長距離飛行の実用化が目前に迫っているとは考えていない。同社のフォーセット氏は「当社は米航空宇宙局(NASA)の宇宙発射システム(SLS)のメインタンクを製造しており、水素に関しては豊富な経験がある」とコメント。「だが、民間航空機用の水素タンクを製造して認証するのに課題がないわけではない。水素は多くのスペースが必要で、閉じ込めたり移動させたりすることは困難だ。中・長距離フライトでは、40年までは水素が直接の動力源になるとは思ない。現実的には恐らく50年以降になるだろう」

水素航空機の排出量は、飛行中はゼロだが、それは一面的なものにすぎない。「水素を使用している時は、炭素という観点から見た時に排出量は厳密に言えばゼロだ。だが地球全体から見た時に、その製造による環境への影響が重要であることを心に留めておくことは重要だ」とクリクロー氏は述べている。現在生産されている水素の大半は化石燃料から作られており、水素の貯蔵施設や航空機に水素を供給するためのインフラなどは、まだ建設も運用もされていない。

A380が「持続可能な航空燃料(SAF)」を使った試験飛行を実施した

電気とその先へ

電気を動力源とする静かな電動航空機による大西洋横断は、まだまだ遠い未来のことになりそうだ。フォーセット氏は、バッテリーのエネルギー密度と重量が課題だと指摘。「バッテリーの重量は使用しても減ることはなく飛行中ずっと変わらない。長距離飛行にバッテリーの使用を検討する場合、桁違いの変化を確認する必要がある。現時点では、これは未来の世代のものだと言えるだろう」

チナー氏は、従来型エンジンと電気エンジンの両方を搭載したハイブリッド電動航空機が早ければ40年に導入されるとみているが、乗客定員が最大100人までのリージョナル機に限定されると予測している。長期的には、広胴機も緩やかに電動化される可能性はあるが、より大きな影響をもたらすのは水素やSAFだろうとの見方を示している。

シェーファー氏も「今後数十年の間に電動航空機が実用化されるとしたら、それはニッチ市場向けで、航続距離の短いものになるだろう」と述べた。「大型機の場合、バッテリーの化学的性質の段階的な変化が必要で、それに対する刺激的な展望を打ち出していたいくつかの企業も突然消えてしまった。よって少し不安定な市場だ」と指摘したものの、いつかは実用化に成功するだろうと言い添えた。

「リチウム空気電池(従来のリチウムイオン電池より軽量だが、工学的な課題はまだ解決されていない)はジェット燃料に匹敵する比エネルギーを持っている。しかし、それらを手に入れるには長い道のりが必要で、50年までにはほぼ不可能だろう」(シェーファー氏)

それまでは、航空業界をより持続可能にするためには「より燃費の良いエンジンと航空機、運航の効率化」を組み合わせるべきだとフォーセット氏は指摘する。

「我々は規制当局と協力し、より効率的な飛行経路を可能にする技術に取り組んでいる」とフォーセット氏。より効率的な経路を選ぶことで、燃料使用量とそれに伴う排出量を5~10%削減できるはずだと説明した。長距離フライトに関しては、SAFを「最も大事なもの」と位置づけた。

フォーセット氏は、業界にはこうしたマルチソリューションでより持続可能なフライトのマーケティングを展開できるチャンスがあると言い添え、100%SAFを使用した航空機の実用化に向け準備が進められる中、マーケティング活動も同時に行われるべきだと述べた。

「今後5年以内にこの切り替えが行われると考えている。最初は100%SAFによる長距離のデモフライトが行われ、その後、定期便が就航されることになるだろう」とフォーセット氏は予測。「30年が我々の目標だ。サプライチェーン(供給網)もこれらの飛行をサポートする準備が整うはずだ」

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