使用済みの漁網、気候変動対策の一助となるか

廃漁網をリサイクルする「循環型」ベンチャー企業を立ち上げたカイル・ドブテ氏/Paul Glader/CNN

2023.12.11 Mon posted at 18:48 JST

セーシェル・ビクトリア(CNN) カイル・ドブテ氏は漁網をリサイクルして作ったパタゴニア社のボードショーツを掲げてほほえんだ。そばでは作業員によって切断された使い古したナイロン製の網が7フィート(約2.1メートル)四方の1トン容器に積み重ねられていく。

「100%狙い通りだ」とドブテ氏は言い、未来の商品化の可能性を示した。

ドブテ氏が運営するブリコレ社は、商用マグロ漁から出る廃漁網をリサイクルする「循環型」ベンチャー企業だ。インド洋の島国セーシェルの首都ビクトリアの主要港に積み上げられた漁網の山を目にした同氏は、廃棄された網をリサイクルすれば生計が立てられる上に、ごみ処理や雇用の創出にもつながるのではとひらめいた。そしてセーシェルの人々を雇用し、漁網からバッグやハンモック、ボードショーツを作ることを思い描いた。

国連などの働きかけが多少成功し、先進国の大企業はサステイナビリティー(持続可能性)の目標に動いている。一方で開発途上国の中小企業も大いに重要だが、見過ごされがちだ。世界の商業活動の90%が中小企業によるもので、労働力の大部分を雇用しているものの、サステイナビリティーへの関与は低い傾向にあると研究者は指摘する。国連によると、世界経済に還元される使用済み素材の割合は2018年の9.1%から減少し、現在はわずか7.2%にとどまっているという。

小規模で単純な事業でもいいから、「可能な限りセーシェルに経済活動をもたらしたかった」とドブテ氏はCNNに語った。

インド洋に浮かぶ人口10万人前後の小国セーシェルは、115の島々から成る群島を130万平方キロメートルもの海が取り囲んでいる。政府幹部や省庁は日ごろから、気候変動対策や島の開発促進策を模索している。漁業、とくにマグロ漁が主要産業のため、こうした分野から手を付けるのが得策と考える人も多い。

漁網に活路を見出す

現在はスペイン、フランス、韓国など、各国から約48隻のマグロ漁船がセーシェル領海で操業している。巨大な網で毎年40万トン以上のマグロが捕獲され、そのうち約6万2000トンはビクトリアの工場で缶詰に加工される。観光業を除けば、マグロ漁は国内総生産(GDP)に占める割合が最も大きい。政府関係筋や研究者によると、マグロ漁はGDPの5%以上、総輸出の68%前後を占めている。

1マイル(約1.6キロメートル)長のナイロン製の網は定期的に摩耗し、造船所にうずたかく積み上げられ、ごみと化す。

ドブテ氏によれば、閣僚や漁業関係者、港湾当局も問題解決の必要性を理解し、一件単純そうに見える同氏のプロジェクトが運営面で困難に直面すると、「率先して口添えをしてくれた」という。

リサイクル生地で作られたボードショーツを手にするカイル・ドブテ氏

ブルーエコノミーという概念

セーシェルは土地柄、「ブルーエコノミー」という概念を支持している。世界銀行はブルーエコノミーを「経済、生計、海洋生態系の健全性に恩恵をもたらす海洋資源の持続可能な使用」と定義づけている。国連の推計によれば、ブルーエコノミーの市場価値は全世界で年間1兆5000億ドル(約218兆円)を超え、毎年3000万人以上を雇用し、30億人分以上の食糧を賄っている。

セーシェル政府は「ブルーエコノミー省」を設置して、海洋利用や海洋開発の指針となるロードマップを作成している。セーシェルをはじめとする小さな島しょ国の存続は海に依存しているため、こうした地域では特有の脆弱(ぜいじゃく)性を抱えている。また海面上昇、降水周期の変化、酸性化によるサンゴ礁の被害といった気候変動の影響も目の当たりにしている。

循環経済型のビジネスモデルを推奨する人々は、こうした取り組みが、小国や中小産業に対して、より持続的でより革新的になるよう促すだろうと語る。英エレン・マッカーサー財団は「循環経済では、補修、再利用、改装、再製造、リサイクル、堆肥(たいひ)化といった工程を経て、製品や素材がつねに循環している。循環経済は、限りある資源の消費から脱却した経済活動により、気候変動の他、生物多様性の喪失、廃棄物、汚染といった地球規模の課題に取り組む」と指摘した。

国連によると、コンクリート、鉄鋼、プラスチック、アルミニウムの循環利用がさらに進めば、50年までに世界の温暖化ガスは40%削減できるという。循環経済の事例として、国連はコソボやガーナ、フィリピンを挙げている。

セーシェル大学ブルーエコノミー研究所のシルバナ・アンタット所長は、セーシェルの起業家支援はいくぶん強化されてきたものの、まだまだ改善の余地があると語る。所長をはじめとする人々は、若い起業家に活躍の場を提供するような「孵卵(ふらん)器」の設立を望んでいる。

今年10月にはセーシェルのミッシェル元大統領が、「小さな島しょ国はブルーエコノミーの最前線に立っている」と地元紙ザ・ネイションに寄稿した。近年ミッシェル元大統領はセーシェルの無人島の一部が消滅の危機にあると警鐘を鳴らしており、アラブ首長国連邦(UAE)ドバイで開催されている国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP28)にも参加している。ミッシェル元大統領は社会をより良くするための「創意豊かな若い起業家」の活動を支持し、一例として漁網のリサイクルを挙げた。

障壁に足を取られ

当初ドブテ氏は、漁網のリサイクルとナイロン製品の製造をセーシェル国内で行うつもりだった。漁網を集め、運搬し、洗浄・乾燥して裁断した後、押し出し機にかけて、生地やその他製品の原料となるナイロンのペレットを製造するという作業だ。だがほどなく、数々の制約が立ちはだかっていることに気づいた。セーシェルでは法人向け電気料金が西側諸国の3倍にもなることがある。さらに家賃の高さや不安定な漁網の供給という障壁もあった。

ドブテ氏はスペインやフランスのマグロ漁団体と協力し、セーシェル領海で操業する国の漁業会社や漁船の船長に、使用済み漁網をブリコレ社に提供してもらえないかと呼びかけた。

「消耗した漁網の問題がこれで解決できる」と語るのは、スペインのマグロ漁団体OPAGACでマネジングディレクターを務めるフリオ・モロン氏だ。漁網を提供してもらう代わりに、ブリコレ社はセーシェル人労働者の雇用を維持し、フランスやスペインの漁業会社を協賛企業として列記することに同意した。

漁網の切断をするジョシュア・ティアトゥスさん

漁網が手に入ったドブデ氏は、環境や労働問題、透明性への懸念から、リサイクルしたナイロンを中国に送ることはしたくなかった。最終的に出会ったのが、米カリフォルニア州を拠点とするブレオ社だ。この会社では毎年廃棄される180億ポンド(約810トン)の海洋プラスチック問題に注力し、最も有害と考えるプラスチック、つまり漁網の除去を目指している。

ドブデ氏のチームが漁網を回収し、裁断して、チリにあるブレオ社の製造拠点に送る。ブレオ社はそれをナイロンペレットに加工し、それを原料に「ネットプラス」という素材を製造する。ネットプラスはパタゴニア、イエティ、トレックといったブランドの生地やサングラス、その他製品に使用される。

ブリコレ社は昨年500トン以上の漁網をリサイクルしている。ブレオ社のシグレン氏によれば、セーシェルは同社のナイロン製造にますます貢献することが予想され、将来的には製造量の最大25%に達する可能性がある。その結果ブレオ社も、2年以内にアフリカかアジアにナイロンの処理拠点を設立し、ナイロンを海上輸送するのではなく、地元で加工できるようにする計画を立てているという。

調査会社グランドビューリサーチによると、ナイロン業界はデュポン社、BASF社、ドモケミカルズ社などの企業が年間310億ドル(約4兆5100億円)近い売り上げを上げており、今後も年率5%の成長が見込まれている。ブリコレ社やブレオ社の活動は、今後そうした収入の大半を新しく製造されたナイロンではなく、リサイクルのナイロンが担っていくことを示唆している。

ブリコレ社の今後の展望

マグロ漁業会社から漁網提供の知らせが入ると、ドブデ氏はクレーン車などの機材を借りて、漁網を造船所近くの作業場に運搬する。6人の作業員が網をほどき、研磨した台所包丁で2メートル×3メートルのパネル状に切断する。

先日ブリコレ社の倉庫オフィス裏にあるコンクリートの中庭で、太陽の日差しのもとジョシュア・ティアトゥスさん(19)が忙しそうにナイロン製の網を切断していた。素足でコンクリートの上に立ち、ヘッドホンからはレゲエの音楽が流れている。

この仕事について「友人が教えてくれた」とティアトゥスさんは言った。

ブリコレ社が調達したナイロン製の漁網で作られた100%リサイクル生地のサンプルをブレオ社から受け取ったドブデ氏は、地元のアート・デザイン学校に生地を送って、生徒たちに製品化のアイデアを募るつもりだ。地元の創造的なアイデアをパートナー企業が製造する最終製品に落とし込みたい考えだ。

「こんなことができるんだと国や世界に示す実証プロジェクトになるだろう。これがセーシェル製だと言えるようになりたい」(ドブデ氏)

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