(CNN) 米カリフォルニア州ロサンゼルス郡保安官事務所の現旧職員の4人が、6日~7日にかけての24時間の間に相次いで自殺した。この話を聴いた元警官のオマール・デルガド氏は、分かると思ったと振り返る。
「いってみれば圧力鍋のようなもの。少しずつ蒸気を抜かなければ、いずれ大きな爆発を起こして終わる」
デルガド氏は、2016年6月12日にフロリダ州オーランドのナイトクラブで起きた銃乱射事件の現場へ初動で駆け付けた警官の1人だった。この事件のトラウマで心的外傷後ストレス障害(PTSD)を患い、2度自殺を図ろうとした。
ロサンゼルス郡保安官事務所は職員3人と元職員1人の死亡について、殺人課の刑事が個別に捜査していると発表した。死亡した職員の氏名は公表していない。
同郡の警察官団体代表を務めるリチャード・ピピン氏によると、4人の死亡に相互の関係はなかったと思われる。
同じ組織内でこれほど短期間の間に自殺が相次ぐ事態は前例がなかった。警官が必要な時に精神的ケアを受けられる態勢を強化する必要があると専門家は指摘する。
4人の死亡は、すでに士気が低下し、深刻な人員不足に陥っている保安官事務所にさらなる打撃となる。現状は、人材を採用するそばから辞めていく状態だという。
警官は場合によっては週に70時間働くこともあり、「家族に会うこともできない、つらくストレスの多い仕事」とピピン氏は形容する。
これはロサンゼルスに限ったことではない。コロナ禍以来、さらには黒人男性が警官に暴行されて死亡した事件をきっかけに暴動が巻き起こった20年以来、全米の警察が警官の採用やつなぎ止めに苦慮している。
警官たちは次から次へと通報に対応し、困難な状況にある人たちの相手をしなければならない立場にある。
ピピン氏によると、今年に入って同郡保安官事務所の自殺者は9人に上り、22年の1人、21年の3人、20年の2人を大幅に上回った。
警官のストレスに詳しい米バッファロー大学公衆衛生校のジョン・ビオランティ教授の調査によると、警官の自殺リスクは米国の一般の人に比べて54%高いことが分かっている。
しかし警官は自分の仕事に影響が及ぶことを恐れ、それを口に出すことを躊躇(ちゅうちょ)する。
「感情や心理に困難を抱える人物と知っていながら、銃を携行する人間を公衆に送り出せば、組織として責任について懸念を抱くことを警官自身がわかっているからだ」(ピピン氏)
米ワシントン首都警察のトップを務めたチャールズ・ラムジー氏は、これは警察文化に深く刻まれた、精神衛生に関する偏見の結果だと語る。警察では「飲み込んで、先に進め」というのが文化だという。
ラムジー氏はかつて5人が殺害された犯行現場に出動して、惨状を目の当たりにした。
「あのようなものを見るのは普通じゃない」「それで一切の感情を抑え込む。だが存在しないわけではない。そのまま放置すれば、時間とともに蓄積する」(ラムジー氏)
ラムジー氏はフィラデルフィア警察のトップにも赴任し、精神衛生の専門家とともに年次のチェックを義務化した。そのとき、警官が2度目、3度目のフォローアップの面会に自発的に参加するのを目の当たりにしたという。
「一番それを必要としている人は、自ら接触し助けを求めようとする可能性は低い」(ラムジー氏)
ボルティモアやニューオーリーンズで警察署長を務めたマイケル・ハリソン氏は、警官のちょっとした行動、見た目、雰囲気、仕事ぶりの変化が、支援が必要かもしれないサインかもしれないと語る。
「彼らは既に感情、精神、魂における何かを経験している。彼らが来て、助けがほしいと言ったときに、我々は彼らを罰するような方針をとりたくない」(ハリソン氏)
コロンビア大学医療センターの研究者でニューヨーク市警の人質交渉官の経験もあるジェフ・トンプソン博士は、警官の自殺を単一の原因に単純化するのは「潜在的に危険」で、「ストレスと、治療されなかった精神的な病気が合わさったもの」と受け止めるべきだと注意を促す。
米国の警官の自殺を集計しているウェブサイトの「Blue H.E.L.P」によると、今年に入って自殺した警官は全米で86人に上る。しかし創設者のカレン・ソロモン氏によれば、警察には心の健康問題の報告に対する偏見があり、報告件数は実際より少なくとも25%少ないという。
偏見を減らす取り組みは続けられているいものの、警官は今も心の健康問題を上司に告げることに不安を感じている。
ナイトクラブの銃乱射現場に出動したデルガド氏は、49人が射殺され、数十人が負傷した現場の恐怖を目の当たりにした。銃撃犯とのにらみ合いが続く中、デルガドさんは死者と共に何時間もクラブ内に閉じ込められた。
デルガド氏は現場での行動を賞賛されたものの、その後半年間、働くことができなかった。
ようやく事務職に復帰したものの、17年末までに、PTSDのため、10年近く勤務してきた警察を退職した。警察が雇った医師は、デルガド氏を「職務に適さない」と診断したという。今は民間の警備会社に勤めている。
ナイトクラブの銃乱射事件は、警官が心の健康不安を打ち明けて助けを求めようと思う転機になったとデルガド氏は言う。しかしデルガド氏の免職は、同じことが自分にも起こりうるとほかの警官に思わせた。
「私は常にあの悪夢がよみがえり、あの遺体を見続けるのを止められなかった。自分の頭も心もコントロールできなかった」とデルガド氏は振り返り、「圧力鍋の蒸気を、3カ月かかっても、1年かかってもいいから、ゆっくりと抜く方法はないだろうか」「誰もが怖くて口に出せない。誰もクビになりたくはない」と語った。