クリミアを捨てるロシア人観光客、人気行楽地に迫る戦争

クリミア半島を訪れて黒海のクルーズを楽しむモスクワ在住の家族/Olga Maltseva/AFP/Getty Images

2023.09.01 Fri posted at 17:44 JST

(CNN) クリミア半島で休暇を過ごすロシア人観光客はこの9年あまり、自国がウクライナに戦争を仕掛けていることをさほど意識せずに済んだ。日光浴用の折り畳みベッドを置いている場所が占領地だということも――。

しかし、ウクライナの反転攻勢が進行する中、もはやクリミア半島は2014年のロシア併合以降に観光客が慣れ親しんできた安全地帯ではなくなっている。

最近のクリミア半島は相次ぐ攻撃にさらされており、8月24日にはウクライナ特殊部隊による海からの急襲、25日にはドローン(無人機)攻撃を受けた。クリミアとロシア本土やウクライナ南部をつなぐ複数の橋もここ数カ月、繰り返し攻撃を受けている。

ウクライナはこのうち一部については関与を認めており、レズニコウ国防相はさらなる攻撃を続けると警告した。

相次ぐ攻撃を受け、ロシア人観光客は予定の見直しを迫られている。クリミアの旅行代理店で管理職を務めた経験があるロシア人女性、スビトラーナさんはCNNに対し、治安情勢が原因で仕事が枯渇したと語った。

スビトラーナさんは欧米メディアの取材に応じた影響が及ぶのを恐れ、名字を伏せるよう求めた。今年初夏にクリミアを離れ、ロシアのサンクトペテルブルクに引っ越したという。

「先日クリミアを再訪した。近いうちに全てが終わり、紛争終結に向けた合意が成立するとの期待からだった。だが、4カ月滞在してみて、すぐに終わることはなさそうだと気付いた」

「観光は完全に消滅した。昨年の時点で減っていた観光客は今年、完全に姿を消した。昨年は戦争開始に伴い予約をキャンセルする動きが広がったが、今年は予約さえもなかった」(スビトラーナさん)

クリミア経済は観光業が頼みの綱だ。そのためロシアが任命した地元当局は、相次ぐ攻撃にもかかわらず旅行客に来訪を促している。クリミアのリゾート観光省はこの夏、ロシア人観光客向けに新たな相談窓口を開設。ホテルと協力して、治安の問題で到着や出発が遅れる場合も、追加料金の支払いやキャンセルを行わずに済むよう対応している。

ツアー運営会社やホテルも観光客を誘致するため、大幅割引や無料サービスを打ち出している。ロシア旅行産業連合によると、今夏のクリミアのホテル価格は需要減から昨年比で3割下落した。

ただ、値引きの効果は出ていない。ロシアが据えた行政府によると、8月の平均予約率は40%にとどまり、ホテルの部屋の半数以上は夏を迎えても空室のままだった。

スビトラーナさんによると、それでもクリミアで休暇を過ごす人は低予算のプランを組み、野営したり格安ホテルや民宿に泊まったりしている。高級リゾートに滞在する余裕がある人は、他のより安全な行き先に向かっているという。

クリミアにいた時間は楽しめなかったと、スビトラーナさんは振り返る。「本当にうんざりした。ひっきりなしに上空を飛ぶ軍用機、街中に常時展開する軍隊、負傷者、おびえた目で逃げる貧しい人たち。軍の装備に押しつぶされそうになったことも2回ある」と語り、車が装甲兵員輸送車に衝突しかけた経験を振り返った。

ヤルタのビーチでくつろぐ人々

人気の行き先

多くのロシア人はソ連時代にクリミアで休暇を過ごした思い出があり、クリミアは常にロシア人観光客に人気の場所だった。ただ、半島を訪れる人の数が膨れ上がったのは2014年の併合後のことだ。

ロシアが据えたクリミア観光省によると、ロシアの支配下に入って初の1年となった15年には500万人が来訪し、その数は21年までに940万人に増えた。

スビトラーナさんは今も当時の好況を覚えている。「あの年の利益は過去10年を上回る水準だった。新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)中、人々は家にこもり、活動が再開すると(クリミアに)殺到した」

ウクライナによると、ロシア人の流入は観光に限った話ではない。ウクライナのベレシチュク副首相の3月の発言によると、併合後クリミアに永久移住したロシア人は80万人に上る。

クリミア半島には観光収入が流れ込み、ロシア政府もクリミアのインフラに資金をつぎ込んだ。

インフラ投資の目玉が37億ドルをかけて建設されたケルチ海峡橋だ。欧州最長のこの橋は、プーチン氏肝いりのプロジェクトでもある。18年に開通すると、クリミアとロシア本土の物理的な「再統合」を示すものとして歓迎された。

全長19キロの橋の登場により、ロシアの観光客は他国への渡航費用が高騰する中でも、以前にも増してクリミアに渡航しやすくなった。多くの欧米諸国はクリミア併合後に対ロシア経済制裁を科し、通貨ルーブルの価値は急落した。

ロシア政府が昨年2月にウクライナ全面侵攻を開始すると、多くの国はロシア人観光客への扉を閉ざした。欧州連合(EU)がロシアとのビザ円滑化協定を停止したことで、ロシア人によるEUビザの申請は一層困難に。ロシアのツアー運営会社でつくる団体ATORによると、ロシア人の欧州への旅行件数は今年前半、渡航禁止措置や新型コロナ規制を受ける前の最後の年となった19年前半に比べ88%減少した。 

こうしてクリミアは突然、ロシア人観光客が大金を投じずに訪問できる残り少ない陽光あふれるビーチとなった。

「人々がクリミアに来るのは、欧州の扉が閉ざされ、トルコで物価が極めて高騰しているから。ロシア人が他にどこで休暇を過ごせるというのか。(ロシアのリゾート地)ソチは混雑しているし、物価が極めて高い。他に場所がないのでクリミアに行っている」。スビトラーナさんはCNNにそう語った。

ただ、ケルチ橋はその戦略的、象徴的な重要性から、ウクライナの格好の攻撃目標にもなる。

最初に攻撃があったのは昨年10月。巨大な爆発により、橋の道路部分と鉄道の通行に著しい支障が出た。ウクライナ政府は当時この件に言及しなかったものの、今年6月になってウクライナ保安局(SBU)が関与を認めた。

7月にも別の大規模攻撃があった。ウクライナの実験的な水上ドローン(無人艇)が橋の道路部分に深刻な損傷を与え、ロシアの当局者によると、民間人2人が死亡した。

この攻撃が決定打となり、それまでクリミア訪問を検討していた多くのロシア人観光客の足は遠のいた。ロシアが任命したクリミア自治共和国議会のコンスタンティノフ議長は、攻撃後に休暇予約の10%がキャンセルされたと明らかにした。

ATORによると、7月後半のホテル予約件数は前半に比べ45%減少したという。

一連の攻撃を受けて橋の警備は強化され、ATORの先月の発表によると、約13キロに及ぶ渋滞ができることもあった。

当局は観光者に対し、橋を避けてウクライナの占領地経由で渡航するよう要請。このルートはおよそ800キロに上り、昨年春の爆撃でほぼ壊滅したマリウポリを含め、戦争の影響が色濃い地域をいくつも通過することになる。

治安情勢がすぐに改善する見込みは乏しい。

ウクライナ軍はこの2カ月攻撃を強化しており、クリミア半島とその周辺のウクライナ領海を航行する船を数回攻撃した。クリミアの港湾都市セバストポリはロシア軍黒海艦隊の主要な海軍基地となっている。

ウクライナ軍によると、24日午前に行った直近の作戦では少なくとも30人のロシア人が死亡した。

ウクライナは無人機や無人艇を使用し、弾薬庫や石油貯蔵施設などを狙っている。レズニコウ国防相はCNNとの7月のインタビューで、「これらの目標はいずれも正式な攻撃目標に当たる。ロシアの戦闘能力を低減させ、ウクライナ人の命を救うことにつながるためだ」と語った。

ウクライナの目標は橋を永久に使用不能にすることかとの質問に、レズニコウ氏は「敵の補給線を破壊し、弾薬や燃料、食料を入手する選択肢を阻止するのは通常の戦術だ」と答えた。

6月に発生したケルチ橋近くでの爆発の様子

「クリミアなしのウクライナは想像できず」

ウクライナ政府によると、併合後にクリミアから国内の他地域に避難した人は5万人を超える。ただ、すべての人が政府に正式に届け出ているわけではないため、クリミアの非政府組織(NGO)は避難民の人数はその2倍に上る可能性があると見積もっている。

併合前、クリミアには約250万人が暮らしていた。

避難した住民の多くは財産を没収され、ロシア当局によって競売に掛けられた。当局によると、競売の収益はロシア軍の懐に入るという。クリミア自治共和国議会のコンスタンティノフ議長によると、他地域に住むウクライナ人の別荘(ヤルタにあるゼレンスキー大統領のアパートを含む)もロシアによって国有化された。

スビトラーナさんはCNNの取材に、ロシア当局によって押収された財産の一部はロシア人住民や、ウクライナ南部のロシア支配地域から来た人に譲渡されたと明らかにした。

ウクライナ政府を支持する住民は過酷な管理を受ける。人権団体は活動家や政治家、公人、住民が拉致され、親ロシア当局に拘束された事例を記録している。

クリミアに残るウクライナ人住民はロシア国籍の申請を強制され、人権団体によると、拒否した住民は迫害を受けているという。

CNNの取材に応じたウクライナ人住民は、まん延する恐怖感について確認した。この住民は身の安全への不安から匿名を希望し、発言を掲載しないよう求めた。

ゼレンスキー大統領を含むウクライナの当局者は、クリミアを奪還するまで戦争は終わらないと繰り返し強調してきた。

併合前のクリミアにはウクライナの人口の約5%が暮らし、国内総生産(GDP)に占める割合も4%近かった。「クリミアなしのウクライナは想像できない。クリミアがロシアの占領下に入っている間、それが意味することはただ一つ。戦争はまだ終わらないということだ」。ゼレンスキー氏はCNNの7月のインタビューにこう語っている。

ウクライナ軍の無人艇、クリミア橋攻撃の瞬間

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