カタールW杯 モロッコの快進撃がまぐれではない理由

W杯16強でスペイン相手のPK戦を制し、歓喜の中走り出すモロッコ代表の選手たち/Javier Soriano/AFP/Getty Images

2022.12.09 Fri posted at 17:00 JST

(CNN) ひっきりなしに歓声が上がっていたそれまでの3時間とは打って変わって、カタールのエデュケーション・シティー・スタジアムは図書館さながらの静寂に包まれた。モロッコ代表のアクラフ・ハキミがペナルティースポットに立つ。

スペイン・マドリード生まれで仏1部リーグのパリ・サンジェルマンに所属するハキミの両肩には、アフリカおよびアラブ世界の期待がのしかかっていた。冷静にペナルティーキック(PK)を沈めると、スタジアムは熱狂的な祝賀ムードに沸いた。それはモロッコ国内のほか、国外に暮らすモロッコ人にとっても同様だった。

この日はモロッコ並びにアフリカ、アラブ、さらにはイスラム教徒にとって歴史的な日となった。「アトラスの獅子たち」の異名をとるモロッコ代表は、サッカー・ワールドカップ(W杯)2010年大会優勝のスペイン代表をPK戦の末に破り、カタールで行われている今大会の準々決勝に駒を進めた。ワリド・レグラギ監督はこの対戦の重要性を常に念頭に置いていた。

スペイン戦に先駆け、同監督は「これまではモロッコ人だけが我々を応援していた」と指摘。「今はアフリカ人とアラブ人が応援してくれている」

多くの人々は、スペイン戦の結果を衝撃と受け止めた。モロッコにとって、W杯の決勝トーナメントで勝利するのは史上初。果たして同代表はどのようなやり方で、サッカー界最高の大会の8強に割って入る快挙を成し遂げたのだろうか?

選ばれし息子の帰還

モロッコ・サッカー連盟は8月、当時のバヒド・ハリルホジッチ監督の解任を決定した。W杯本番まで3カ月という時期での解任劇は多くの人々を驚かせた。ボスニア出身のハリルホジッチはモロッコ代表チームを率いて地区予選を戦い、カタールでの本大会への出場権を獲得していた。

しかしモロッコ人にとって連盟の決断は、自国のサッカー指導者の頂点たる代表監督の座が単に継承すべき人物の手に渡ったことを意味するものでしかなかった。それもこれ以上ないほど完璧なタイミングで。

頭髪のない見た目から親しみを込めて「アボカド頭」というニックネームが付いたレグラギは、強烈なタックルが持ち味のディフェンダーとして現役時代を過ごした。フランス生まれだったが家族の国であるモロッコ代表を選択し、45試合に出場した。

監督の道に進んでからはモロッコとカタールのクラブを率い、それぞれにリーグタイトルをもたらす。モロッコに戻り指揮を執ったウィダード・カサブランカでは今季、リーグ優勝とアフリカチャンピオンズリーグ制覇の2冠を達成した。

代表監督になるのは時間の問題と目されていたレグラギだったが、多くのモロッコ人が想定していたのはあくまでも今回のW杯の後、もしくは今後数年以内の就任だ。とはいえ実際にハリルホジッチの後任としてレグラギが指名された時、それに対して文句をいう者は誰もいなかった。モロッコ代表のW杯初戦まで、すでに100日を切っていた。

選手たちから胴上げされるワリド・レグラギ監督

アフリカサッカー界でレグラギは、欧州のビッグクラブを率いたジョゼ・モウリーニョにしばしばたとえられる。規律を重視する戦術と、卓越した人材管理の手腕に共通点があるためだ。どちらの特徴も、今大会のモロッコ代表の戦いぶりによく表れている。

モロッコは400分以上プレーし、PK戦も乗り切った。ここまで失点はグループステージのカナダ戦で喫した不運なオウンゴールのみだ。

レグラギはまた、今大会中最も国際的に多様なチームを束ねる監督でもある。代表選手26人中14人はモロッコ以外の6カ国の生まれだが、レグラギの指導の下、1つの結束した集団を形成している。

何週間も自宅を離れて戦う選手にとって、W杯は心情的に過酷な大会にもなり得るが、レグラギはカタールでのキャンプに選手の家族が帯同するのを認めている。スペイン戦で劇的なPK勝ちを収めた後ソーシャルメディアに流れた動画には、スタンドで観戦していた母親の下に駆け寄り、抱き合ったりキスしたりするレグラギやハキミの心温まる姿が映っていた。

サッカーと真剣に向き合う連盟

「アトラスの獅子たち」の躍進を語るなら、王立モロッコサッカー連盟(FMRF)の功績も忘れてはいけない。不振の時代が数十年間続いた後、国王ムハンマド6世の後ろ盾を受けるFMRFは、国内サッカーの体制を全面的に見直すことを決定。09年に同王の名を冠したサッカーアカデミーを開校した。現代表で活躍するナーイフ・アゲルドやユセフ・エン・ネシリはこのアカデミーの出身だ。また欧州中にスカウトを派遣し、各国のモロッコ移民の中から若い才能を発掘する取り組みにも力を入れてきた。

FMRFは女子サッカーへの投資にも着手。学校やクラブでプレー環境を充実させつつ、国内リーグを立ち上げた。現在の女子サッカーで、完全プロ化した2部制の国内リーグを持つ国は世界でモロッコしかない。

首都ラバトの郊外にあるムハンマド6世の名を冠したサッカー施設は、国によるサッカーへの投資の集大成だ。同施設には五つ星ホテル4棟、国際サッカー連盟(FIFA)の基準を満たしたピッチ8面が含まれる。ピッチのうちの一つは温度・湿度が管理された屋内にある。このほか医療関係の施設には歯科医も配属されている。

こうした過去10年にわたる投資は実を結びつつある。

史上初めて、モロッコのクラブは男女のアフリカチャンピオンズリーグのタイトルを獲得。男子では欧州のUEFAヨーロッパリーグに相当するコンフェデレーションズカップでも優勝した。

代表レベルではアフリカ・ネーションズ・チャンピオンシップを制覇。女子も今年のアフリカ・カップ・オブ・ネーションズで準優勝を果たし、女子W杯への初出場を決めている。

カタールW杯でのモロッコの快進撃は、ここまでの大会で最も素晴らしいサクセスストーリーかもしれない。しかしそれは単なる幸運や精神論の結果ではなく、むしろ高度な専門的知見とプランニングの賜物(たまもの)なのだ。

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