前線の怒り、国内の不安――問題に直面するロシアの動員

部分的動員の期間中に徴集されたロシアの市民ら=モスクワ、10月10日撮影/Stringer/Anadolu Agency/Getty Images

2022.11.26 Sat posted at 17:45 JST

(CNN) 第2次世界大戦後初となるロシアの動員は既に完了したようだが、ウクライナの戦場に大量の兵士が派遣されたことで、前線やロシア国内では反発や抗議が噴出している。

ロシア政府は最近動員された兵士のうち少なくとも5万人がウクライナ入りしたと成果を主張するが、聞こえてくるのは多岐にわたる不満の声だ。不満の内容としては、中級将校の指導力不足、大量の死傷者を出す戦術、訓練の欠如、約束された報酬の未払いが挙げられる。

兵士やその家族、ロシアの軍事ブロガーが報告するように、兵たん面の課題も存在する。軍服は十分に行き渡っておらず、食事は粗末で、医薬品も不足している状況だ。

また規律の問題もある。一部の家族からは、身内が脱走の疑いを掛けられ、ウクライナのロシア占領地域の地下に拘束されているとの抗議の声が上がる。

ロシアの独立系ジャーナリストによるプロジェクト「アストラ」のテレグラムチャンネルは拘束者の親戚の情報として、ウクライナ東部ルハンスク州ザイトセボの地下に、前線復帰を拒否したロシア人動員兵300人が拘束されていると伝えた。

ある女性は、夫から「新しい人が絶えず連行されてきて、ザイトセボにある『文化の家』の広大な地下室に収容されている。食事は1日1回で、一つの乾燥糧食を5~6人で分け合っている状況だ。彼らは収容者を常に威嚇している」と聞かされたという。

アストラは拘束者42人の名前を把握したと報道。また、親戚の話をもとに、ルハンスク州やドネツク州にある地下室や収容施設を7カ所特定したとしている。

さらに拘束されている兵士1人の妻の話として、「夫は他の80人と一緒に地下室に座っている。携帯電話を没収するため裸にされたが、幸運なことに、1人が携帯電話を隠し通した」とも報じた。

アストラによると、これらの兵士はドネツク州リマンから撤退後、戦場に戻ることを拒否して拘束されたという。

CNNは戦闘を拒否した兵士の収容施設が存在するのか、場所はどこなのかを検証できていない。

指導部の無能さやリーダーシップの欠如についての不満は広く存在する。

ロシアの軍事ブロガー(中には数十万人のフォロワーを持つ人もいる)は、上級将校への苛烈な批判を展開してきた。

50万人以上の登録者を持つブラデン・タタルスキー氏は「解任された将官の後任を務めることができる将官はいないのか。誰か候補を知らないか。私は知らない」と問いかけ、「愚か者が別の愚か者に交代する。1人が失敗し、もう1人も失敗する。3人目は比較的無害なようだが」と書き込んだ。

ロシア太平洋艦隊の第155海軍歩兵旅団は拠点地域の知事に対し、ドネツク州での「理解不能な戦闘」に投入されたと書簡で訴える大胆な抗議行動に出た。

書簡は「『偉大な指揮官』が『慎重』に計画した攻勢のせいで、死傷者や戦闘中の行方不明者が4日間で約300人に達した」とする内容で、ロシアの軍事ブロガーによって公開され拡散した。

著名軍事ブロガーの1人によると、第155海軍歩兵旅団と別の一つの部隊はドネツク州パブリウカで、2度にわたるチェチェン戦争の倍の損失を出したという。

これに対し、ロシア国防省は珍しく批判の存在を認めつつも、損失は「戦力の1%、負傷者のうちの7%を超えるものではない。負傷者の大部分は既に軍務に復帰した」と反論した。

ただ、パブリウカ付近で報告されている部隊の総崩れは単発的な事例ではない。

米シンクタンク戦争研究所のカテリーナ・ステパネンコ氏は、「(ルハンスク州の)スバトベ―クレミンナ前線に投入された準備不足の動員兵に関し、多くの不満の声を確認した。この前線は現在ロシア軍で最も戦闘が激しい陣地のひとつだ」と述べた。

軍事訓練に参加する徴集されたロシア人ら=ロシア南部ロストフ州、10月21日撮影

国内での抗議

兵士たちが故郷に苦境を伝えると、そうした不満の声は妻や母親によりSNSや地方当局への直訴を通じて増幅される。

ステパネンコ氏は「家族から寄せられる不満で最も多いのは、愛する人の居場所や給料の遅延、物資不足に関する国防省の情報が十分でないというものだ」と指摘する。

先日には、ロシア国外に逃れて活動するメディア「レインTV」の動画が浮上。ボロネジ州ボグチャルにある軍の基地に要員の親戚が集まり、10月上旬から夫や息子の消息を聞いていないと口々に訴える様子が映っている。

今月14日にSNSに投稿された別の動画では、ボロネジ州在住の女性グループが、夫や息子は指揮官を伴わず前線に投入されていて、水も必要な服も武器もないと訴えた。 

女性の1人は息子から、自分の大隊で生き残った兵士はごくわずかだと聞かされたといい、「彼らは遺体の下から文字通り這(は)って抜け出した」と語った。

女性らはボロネジ州の知事に対し、動員された身内は「訓練を受けておらず、射撃場に1回連れて行かれただけ。戦闘経験はまったくない」と訴えている。

回答が帰ってこないとの不満も目立ち、女性の1人は「軍事委員会から数分の距離にいるのに、職員は誰一人連絡をよこさず、私たちを完全に無視している」と語った。

ユーチューブに投稿された動画では、ロシアのスベルドロフスク州在住とされる女性十数人が、ルハンスク州スバトベ付近に身を隠しているとの情報がある第55旅団の新兵への支援を訴えた。新兵らは軍事法廷にかけると脅されているが、そもそも前線に投入されるべきではなかったというのが家族の主張だ。

女性の1人は息子から電話で「全く指示がない状態で放置されていて、弾薬もない。空腹と寒さでみな体調を崩している」と伝えられたという。

41歳の夫が動員されたという別の女性は「彼らは専門的な訓練を全く受けずに戦地に赴いた」と語る。

「給料は支払われていない。軍のどこかの部隊に配属されているわけではなく、どこを探せばいいのか、誰に聞けばいいのか分からない」

まれにではあるが、地元当局が対応することもある。ウラジーミル州の軍事委員は、身内が「適切な装備も訓練もないままスバトベ付近の前線に送られた」と訴える親族に次のような回答を寄せた。

「我々の部隊には兵器や防弾チョッキ、衣服、水、温かい食事が支給されている。ウラジーミル州からの支援物資は定期的に届けられ、指揮官との連絡も維持されている」

ただ、大半のケースでは家族が回答を受け取ることはない。

ジャーナリストのアナスタシア・カシェバロワ氏は、戦闘員の親族から数百通のメッセージを受け取ったと投稿し、「兵士らは連絡なしで放置されている。必要な武器も医薬品もなく、当然ながら火砲もない。左右や後方に誰がいるのか全く分からない状況だ」と明らかにした。

ボルゴグラード州の集合地点で予備兵らの前に立つロシア軍人=9月28日撮影

訓練不足

欧米の当局者の間では、ロシアは未経験者が大半を占める新兵の統合に苦慮しているとの指摘が出ている。

英国防省は先ごろ、「おそらくロシアは現在の動員や秋の定期徴兵で入隊した新兵の軍事訓練に苦慮している。新規動員兵は最低限の訓練しか受けていないか、全く訓練を受けていない可能性が高い。経験豊富な将校や訓練教官は既にウクライナでの戦闘に動員されており、一部は戦死したとみられる」との分析を発表した。

ウクライナの情報機関によると、ロシア軍は士官候補生の卒業時期を早めているとされるが、ステパネンコ氏は「士官候補生の方が軍務に慣れているかもしれないが、戦闘でどの程度効果的な働きをするかは未知数だ」と指摘した。

ウクライナの当局者は、ロシアの動員で戦闘員の数が増えた結果、ウクライナ軍が多方面作戦を余儀なくされていることは認めている。ただ、ロシアの新兵は何の準備もないまま戦闘に投入されているという。

ルハンスク州のウクライナ軍政当局トップ、セルヒ・ハイダイ氏は先日、スバトベ付近では新兵が繰り返す波のように突進してきたと明らかにした。

「彼らが死亡すると、次の一群が前進する。新たな攻撃のたびにロシア人は死者を踏みつけて進んでいる状況だ」

冬の到来に伴い、本拠地から遠く離れた兵士に住居や物資を確保する必要性は一段と高まっている。

ナタリア・イワノワ氏は地方当局のSNSのページに、夫の部隊は何時間も外で待たされたあげく派遣が中止になったと投稿し、「全員発熱して体調不良を訴えている」と書き込んだ。

前出のステパネンコ氏は、まだウクライナに送られていない新規動員兵の間で、主に給料をめぐる抗議が起きていると指摘する。特に目立つのはチュバシ共和国とウリヤノフスクの例だ。

今月初めには、チュバシ共和国の男性数十人を捉えた動画が浮上。プーチン氏の大統領令で約束された19万5000ルーブル(約44万7000円)を受け取っていないと憤る様子が映っている。

テレグラムの非公式チャンネルによると、この部隊はその後、全員自宅軟禁処分になったという。

30万人を超えるロシアの動員の影響について完全な評価を下すのは時期尚早だ。これは侵攻当初に投入された要員の倍の人数であり、9カ月に及ぶ戦闘で消耗した部隊の補充には役立つだろう。

ただ、これらの兵士の質や現場の指導力、優れていたためしがないロシアの補給線を踏まえると、ロシア軍の前途が明るいとは言い難い。

ステパネンコ氏は「死者や給料未払いの報告が増え、さらに多くのロシア人に動揺が走る可能性がある。戦争賛成派も、動員で戦争に巻き込まれただけの人も動揺するだろう」とみる。

現時点では、動員によりプーチン氏の特別軍事作戦が目標達成に少しでも近づいた様子はない。

それどころか、ロシアが9月に大々的に併合した地域の一部では、ウクライナの国旗が再び掲げられている状況だ。

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