英エリザベス女王の本質を表現した一つの言葉

史上最も長く英国を統治したエリザベス女王。その本質は義務感の一語に尽きるだろう/Tim Graham/Getty Images

2022.09.13 Tue posted at 17:00 JST

(CNN) 手段を選ばす権力を握ることばかりに躍起な公人が多い今日の世界にあって、義務はかなり古風な概念といえる。

だが、8日に96歳で死去した英女王エリザベス2世の治世を最もよく表す一言は、この義務という言葉だ。女王は無私の姿勢で自らをささげた。女王の役割は儀礼的なものだが、世界最古の立憲君主制や英国という国に深く埋め込まれたものでもある。私たちが民主主義と結び付ける概念や政策の多くは、英国から世界に広がった。


ピーター・バーゲン氏/CNN

第2次世界大戦の終結から7年後、エリザベス女王は弱冠25歳で即位した。当時の米大統領はトルーマン、英首相はチャーチルだった。

以降、エリザベス女王の治世は13人の歴代米大統領の任期にまたがるものになった。米国ではこの間、アイゼンハワー、ケネディ、ジョンソン、ニクソン、フォード、カーター、レーガン、ジョージ・H・W・ブッシュ、クリントン、ジョージ・W・ブッシュ、オバマ、トランプ、バイデンの各大統領が政権を担った。

女王は多くの点で英米の「特別な関係」を象徴していた。女王の即位後、米大統領14人のほぼ全員にとって通過儀礼となったのが、女王との面会だ。女王は英国で大統領を国賓として迎え、米首都ワシントンで大統領が開催する公式晩さん会に出席した。直近では今年6月、ウィンザー城でバイデン氏と面会した。

ベテランの王室伝記作家ロバート・ハードマン氏によると、女王は特にレーガン氏と近い関係にあり、「いちばんチャーミング」と語っていたという。2人にはアウトドアや馬という共通の趣味があった。友情はレーガンの大統領退任後も続いたと、ハードマン氏は2018年の著書で指摘している。ハードマン氏によると、女王はオバマ氏とも近い関係にあった。

エリザベス女王の治世は他に類を見ないものだった。大半の英国民は君主を1人しか思い出せない。長い在位期間中、女王は父親の治世で始まったプロセスを継続し、大英帝国の大部分が解体するのを見届けた。また、サッチャー、メイ、トラスの3人の女性首相を正式に任命した。トラス氏は今月6日、スコットランドのバルモラル城で女王と面会して首相に任命されたばかりだ。

今年5月の在位70年祝賀期間に王室が公表した統計によると、エリザベス女王は女王として2万1000回もの公務をこなし、教育、訓練、スポーツ、娯楽、信仰、芸術、文化などの分野の数百団体のパトロン(後援者)を務めた。

女王の人柄と今月6日に辞任に追い込まれたジョンソン前英首相を比べると、あまりに対照的なことに驚かされる。ジョンソン氏は大小様々な問題について繰り返しうそをつき、自身が承認した新型コロナウイルス対策の厳格なロックダウン(都市封鎖)の期間中、首相官邸で内輪のパーティーに参加した。(ジョンソン氏は後に謝罪した)

トランプ前米大統領とも全く対照的だ。2016年の大統領選でトランプ氏の個人弁護士を務めたマイケル・コーエン氏は、トランプ氏と関係を持ったと主張するポルノ女優に「口止め料」を払った。米紙ワシントン・ポストによると、トランプ氏は在任中、虚偽もしくは誤解を招く発言を3万回あまり行ったことが確認されている。

女王は模範的な私生活を送った。議会開会式などの国家行事を除き、公の場で発言することはほとんどなかった。今年は1953年以来初めて議会演説を取りやめ、代わりに息子で王位継承者のチャールズ皇太子(当時)が演説した。女王の健康状態が悪化していることを物語る兆候だった。

女王が歴代英首相の男女15人と毎週行っていた会議の内容は固く秘密にされている。ただ、70年にわたりチャーチルからサッチャーに至る様々な首相と定期的に会っていた女王が、多くの首相に思慮深い助言を与えたことは想像に難くない。

エリザベス女王はまた、ローマ帝国への反乱を率いた女王ブーディカにさかのぼる英国の強い女性指導者の伝統に連なる1人でもあった。強大なスペイン帝国を撃退したのは同名のエリザベス1世であり、ビクトリア女王は大英帝国が史上最大の帝国に拡大する時代となったビクトリア朝を統治した。

エリザベス女王の時代に英国で3人の女性首相が誕生したのは偶然ではないだろう。英国人はそもそも女性を国家元首として頂くことに慣れていたため、女性首相の誕生にそれほど抵抗感はなかった。一方、米国ではまだ1人も女性大統領が生まれていない。

もちろん、長い治世の間には女王が誤りをおかすこともあった。最も有名なのは、25年前にダイアナ妃がパリの自動車事故で死亡した当初、沈黙を守っていたことだ。

こうした物事に動じない姿勢があったからこそ、英国は第2次大戦中のロンドン空襲を乗り切ることができたのだが、感情を積極的に表に出すようになった当時の英国民の目には正しい態度とは映らなかった。ダイアナ妃の死後にあふれた国民の悲しみの声に、女王は不意を突かれた。女王はバルモラル城に引きこもり、王室は哀悼の意を十分に示していないと憤る声が国民から相次いだ後に初めて、バッキンガム宮殿に半旗を掲げた。

だがその後、こうした不満の声は消え去った。在位70年を祝った今年の「プラチナ・ジュビリー」の際には、英国民86%が女王の仕事ぶりに満足していると答えた。

チャールズ新国王は英国民の間で幅広い人気を保つ王室を継承する。今年の調査では、英国民の68%が王制存続を支持した。これはエリザベス女王の重要な遺産の一つであり、女王がいかに自らの義務を果たしていたかを示すもう一つの例でもある。

ピーター・バーゲン氏はCNNの国家安全保障担当アナリスト。米シンクタンク「ニューアメリカ」の幹部や著述家、アリゾナ州立大学の実務教授といった肩書も持つ。英ロンドンで育ち、オックスフォード大学で近代史の学位を取得した。記事の内容は同氏個人の見解です。

このサイトでは、利用状況の把握や広告配信などのために、Cookieなどを使用してアクセスデータを取得・利用しています。これ以降ページを遷移した場合、Cookieなどの設定や使用に同意したことになります。Cookieなどの設定や使用の詳細、オプトアウトについては詳細をご覧ください。