経済破綻を回避したロシア、だが衰退はすでに始まっている

ロシア政府は2014年のクリミア半島併合以降、経済の「要塞化」を進めてきた/Natalia Koleniskova/AFP/Getty Images

2022.08.30 Tue posted at 06:59 JST

ロンドン(CNN Business) ウクライナ侵攻から6カ月、ロシアは予想外の消耗戦に足を取られているが、別の戦いでは成功を収めつつある。石油の輸出に依存したロシア経済は深刻な不況に陥っているものの、想定していたよりもはるかに持ちこたえている。

「モスクワ市内を車で走っていると、道路は相変わらず渋滞している」。こう語るのは、1990年初期にロシア経済相を務めたアンドレイ・ネチャーエフ氏だ。

これは中国とインドが安いロシア産石油にすぐさま飛びついたおかげだ。だがネチャーエフ氏をはじめとする専門家は、ロシア経済がすでに衰退し始めており、西側からの制裁によって長期的な停滞を迎える可能性が高いと指摘する。

欧米ブランドが一斉にロシアから撤退した後、入居していた店舗がいくつかもぬけの殻になっていることを除けば、表面的にはほとんど何も変わっていない。マクドナルドは現在「フクースナ・イ・トーチカ(ロシア語で『おいしい、それだけ』の意味)」と名称を変え、スターバックスも「スターズ・コーヒー」という似たような店名で段階的に営業を再開している。

欧米企業の脱ロシアと、ロシアを支えるエネルギー輸出や金融制度に的を絞った西側からの相次ぐ制裁は、たしかに影響を及ぼしてはいるものの、多くの人々が予想していたほどではない。

ロシア最大級の経済混乱期に采配を振るい、市場経済へと国を移行させたネチャーエフ氏は、こうした状況の一部をロシア中央銀行の功績とみている。

実際のところ、通貨ルーブルは対ドルで今年前半に過去最安値を記録した。ウクライナ侵攻を受け、西側諸国がロシアの6000億ドル相当の外貨準備を半分近く凍結したためた。だがそれ以降は盛り返し、ルーブルの対ドル価格は2018年来の高水準にまで戻っている。ジョー・バイデン米大統領がルーブル(ruble)を紙くず(rubble)にすると警告したのを覚えているだろうか。

これは主に、春に行われた積極的な資本規制と利上げによるものだ。現在はほぼ元に戻り、金利は戦争前よりも低い水準にある。ロシア中央銀行によれば、インフレ率は4月に約18%とピークを迎えたが、現在は減速して、年間では12~15%に落ち着くだろうとみられている。

中央銀行は今年の国内総生産(GDP)予測も上方修正した。4月の段階では8~10%の経済縮小が予測されていたが、現在の予測は4~6%減。国際通貨基金(IMF)の見通しも6%減だ。

14年のクリミア併合以来、西側諸国の制裁を機にロシア政府が8年間準備を進めていたことも功を奏した。

「中央銀行はすでに独自の代替決済システムを立ち上げていたため、マスターカードとビザの撤退は国内の決済システムにほとんど影響しなかった」(ネチャーエフ氏)

ロシアは17年、クレジットカード「ミール」と独自の決済処理システムを立ち上げている。

ロシアおよびユーラシア大陸の多国籍企業を対象にコンサルティング業務を行う「マクロ・アドバイザリー」の創業パートナー、クリス・ウェーファー氏によれば、マクドナルドやスターバックスのロシア人ファンが代替のファストフードを入手できたのには理由がある。

モスクワ市内の交通量は以前と変わらない

ロシアに進出した欧米ブランドの多くは14年以降、政府の圧力に屈し、サプライチェーン(供給網)の一部またはすべてを現地化した。そのためこうした企業が撤退すると、ロシア側は比較的簡単に買収し、包装紙やパッケージを変えるだけで経営を続けることができた。

「人員も、商品も、供給も同じままだ」(ウェーファー氏)

とはいえ、鉄壁の戦略ではない。

マクドナルドの後継店は7月中旬にフレンチフライの品不足を発表した。ロシアのジャガイモの収穫量が減少したが、制裁のために海外の供給業者で穴を埋めることができなかったためだ。

ロシアのエネルギー特需は続くか

ファストフードの継続はともかく、ロシアの長期的安定はエネルギー分野に依存している。エネルギーは今もなお、政府の歳入源の大部分を占めている。

エネルギー価格の高騰によってロシアが孤立していると言うのは言葉足らずだろう。

国際エネルギー機関(IEA)によれば、今年3~7月の欧州向けロシア産石油とガスの輸出額はここ数年の平均額よりも倍増している。それとは裏腹に、輸出量は減少。IEAのデータによれば、欧州向けのガス輸出量はこの12カ月間で約75%減少している。

石油のほうは事情が異なる。制裁や制裁の恐れから、ロシア産の石油は4月以降、1日あたり300万バレル市場から減るというIEAの3月の予測は外れた。エネルギー調査会社ライスタッド・エナジーの専門家によれば、夏に若干減少したものの、輸出は継続している。

その主な要因は、ロシアがアジアで新たな市場を開拓できたことだ。

コモディティー・コンサルタント会社ケプラーのホマーユーン・ファラクシャリ氏によると、戦争が勃発して以来、ロシア産石油は海上輸送でアジアに流れているという。対アジア輸出が占める割合は昨年7月はわずか37%だったが、今年7月は56%だった。

中国は今年1月から7月にかけて、大幅に値下げされたロシアのウラル原油を海路で大量輸入した。ケプラー社のデータによれば、前年同期比で40%増だった。中国が当初、ロシアのウクライナ侵攻に対し、ロシア側についたとみられるのを避けようとしていたのとは大違いだ。ケプラー社によれば、インドへのロシア産石油の海上輸送も前年比で1700%以上も増加。シベリアのパイプライン経由でロシアから中国へ供給されるガスの輸出量もやはり増えている。

ロシア産石油の90%を禁輸する欧州の政策が12月に施行されれば、事情は大きく変わるだろう。1日あたり推計200万バレルのロシア産石油が行き場を失うとみられている。一部はアジアへ流れるだろうが、すべて吸収できるほどの需要があるかどうか、専門家は懐疑的だ。

中国も国内需要が減速し、ロシアが輸出する種類の石油もそこまで必要ではないため、これ以上ロシア産石油を購入することはできないだろうとファラクシャリ氏は言う。

今年に入り、ロシア産石油のアジアへの海上輸送が増加している

価格も重要なカギを握ることになるだろう。果たしてロシアは値下げを続けて新たな市場を維持することができるだろうか。

「1バレルあたり120ドルから30%の値引きも考えものだが」とネチャーエフ氏は指摘する。「1バレルあたり70ドルから値下げするとなると、話はまた別だ」

「真綿で首を絞める」

ロシアのエネルギー産業は世界的インフレに助けられているものの、ロシア国民は痛手を負っている。欧州の大半の地域と同様、ロシア国民もすでに生活費の上昇に苦しんでいる。そこへウクライナでの戦争が拍車をかける。

1990年代に今よりもはるかに厳しい経済崩壊を乗り越えたネチャーエフ氏も懸念の色をのぞかせる。

「生活水準に関して言えば、実質収入でみた場合、ロシアは約10年前に逆戻りしている」(ネチャーエフ氏)

ロシア政府は大金をかけてこれに対抗しようとしている。5月には年金受給額と最低賃金の10%引き上げを発表した。

「ロシアでの業務を停止した」企業の従業員が、就業契約に違反することなく一時的に別の会社に転属できる制度も立ち上げた。また170億ルーブル(約380億円)を支出して、海外メーカーのメンテナンスおよび部品供給を阻止する制裁や領空飛行禁止の打撃を受けたロシアの航空会社の債券を買い上げた。

航空業界に対する制裁と同様、テクノロジー分野での制裁もロシアの長期的な経済見通しに甚大な影響を及ぼす可能性がある。ジーナ・レモンド米商務長官は6月、戦争が勃発してからロシアへの世界の半導体輸出が90%激減したと述べた。これにより、自動車からコンピューターまであらゆるモノの製造が停滞しており、専門家はロシアは世界的な技術競争ではるかに後れを取るだろうとみている。

「制裁の影響は、短期的打撃というより、むしろ真綿で首を絞めるようなものになるだろう」とウィーファー氏も言う。「現在ロシアの前には、長期停滞の可能性が横たわっている」

ネチャーエフ氏はさらに断定的だ。「経済衰退は今もうすでに始まっている」

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