民家を襲った「フレシェット弾」、ロシア軍撤退後の町で無数発見 ウクライナ

イルピンの民家で見つかったフレシェット弾/David von Blohn/CNN

2022.05.16 Mon posted at 13:32 JST

ウクライナ・イルピン(CNN) ウクライナ軍が首都キーウ(キエフ)郊外のイルピンをロシア軍から奪還して以来、1カ月あまり。住民のボロディミル・クリマシェフスキさん(57)の自宅では今も、庭に散乱したり家の壁に食い込んだりした釘のような金属片が見つかるという。

「素手では抜き取れない。ペンチがいる」。壁にダーツの矢のように突き刺さった無数の金属片を指さしてクリマシェフスキさんが言った。

この鋭利な金属片は、フランス語で「小さな矢」を意味するフレシェット弾と呼ばれる。第1次世界大戦中、できるだけ多数の敵兵を攻撃するために連合国軍が開発した兵器で、薬莢(やっきょう)に込められて戦車から発射されると、数千本の金属片が広範に飛び散る。


イルピンの民家の外壁に突き刺さった無数の金属片/David von Blohn/CNN

フレシェット弾は無差別的な性質をもつことから、民間人のいる場所で使うことは人道法で禁じられている。人に当たれば身体を引き裂き、ゆがんだり曲がったりして命取りになることもある。

米国務省によると、フレシェット弾は米国がベトナム戦争で使用。このほか、2010年にはイスラエル軍がパレスチナ自治区のガザ地区で民間人に対して使用し、国連人道問題調整事務所(OCHA)がこれを非難した。しかし、それらを除けば現代の戦争で使われたことはほとんどない。

だが3月にロシア軍が占拠していたキーウ北部の町や村から撤退した後、ロシア軍が攻撃にフレシェット弾を使用していた痕跡が浮上した。

民家から見つかった複数のフレシェット弾

イルピン西部の村で農業を営む男性も、自宅前の道路にフレシェット弾が散らばっているのを見つけたと話す。男性は妻と共に地下室に隠れていたが、自宅は砲撃されてほぼ全壊したという。

ウクライナの人権団体によると、キーウ郊外のブチャで殺害された犠牲者の遺体からもフレシェット弾が見つかった。

「法医学の専門家が、ブチャとイルピンの住民の遺体からフレシェット弾を発見した」と同団体は述べ、ロシア軍が住宅をフレシェット弾で砲撃したと主張する。犠牲者がフレシェット弾のために死亡したのかどうかは分からないとしている。

クリマシェフスキさんによると、フレシェット弾が雨のように降り注ぎ始めたのは3月5日だった。クリマシェフスキさんは自宅で窓から離れ、床の上に突っ伏していた。隣家に砲弾が当たったが、爆発はしなかった。

辺りは一面、金属片に覆われ、クリマシェフスキさんの車の窓は破壊された。

3月に戦闘が続くイルピンから逃れ、数週間後に戻ったという近隣の住民も、自宅の庭や屋根の上で無数のフレシェット弾を見つけたと話している。

ようやく自宅に戻ることができた女性は、例年と同じように庭の手入れをし、サラダ菜やタマネギなどの苗を植えた。

土を掘ると今でも、ロシア軍が住宅に向けて発射したフレシェット弾が見つかる。それでも女性は大好きなガーデニングをやめるつもりはないという。

「それほど広くはないけれど、去年はトマトを何百個も収穫して友人みんなに配った。今年はトマトが手に入らなかったけれど、ルッコラとタマネギ、それにいくらかの花がある」。女性はそう話している。

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