世界最大の航空機、再び空を飛ぶ日は来るか

オーストラリアのパース空港に着陸するAn225。エンジンは6基ある=2016年5月15日/GREG WOOD/AFP via Getty Images

2022.04.19 Tue posted at 08:33 JST

(CNN) 世界の航空ファンにとって、残骸と化したアントノフAn225の姿は記憶から拭い去ることができなくなっている。

1980年代にソ連のスペースシャトルの輸送目的で建造された航空機は、冷戦後に世界最大の貨物輸送機として第2の人生を歩み、ありとあらゆる世界記録を更新した。だが今年2月末、本拠地である首都キーウ(キエフ)近郊ホストメリ飛行場で破壊された。

「夢は決して消えない」。アントノフ社は航空機のニックネーム「ムリーヤ」(ウクライナ語で「夢」の意味)にちなんでこうツイートした。世界のあちこちから連帯の声が多数寄せられた。

だがAn225は再び空を飛べるのだろうか。

その質問に答えるには、まず機体が負った損傷を検証する必要がある。

4月上旬、CNNのバスコ・コトビオ記者は同僚やウクライナ国家警察とともにホストメリ飛行場を訪れ、損傷具合を間近で確認した。

「戦争が勃発した当初から、ホストメリはロシア軍とウクライナ軍の激しい戦闘の舞台だった」(コトビオ記者)


世界最大の商用機An225は世界中に知られていた/Jack Guez/AFP/Getty Images

「ロシア軍のねらいは飛行場を占拠して前線作戦の拠点にし、地上部隊を追加投入することだった。そのために攻撃ヘリコプターで空からの攻撃を展開した」

「始めのうちはロシア軍もいくらか成功を収めていたようだが、ウクライナ側は迅速に反応し、いかなる着陸も阻止しようと迅速かつ徹底的に攻撃した」

修復の可能性に関しては、機体の状態から明らかだった。

「機首は直接砲弾を浴びたらしく、完全に破壊されていた」とコトビオ記者。「それに加えて、翼やエンジンの一部もかなり損傷を受けていた。尾翼付近はさほど大きな影響はなく、爆弾の破片か弾丸による穴がいくつかあるだけだった」

「機首が直接攻撃されていなかったらAn225の修復も可能だったかもしれない」と同記者は言い、機体の周辺には使用済みの弾薬やロシア軍の戦車の残骸、破壊された装甲車両が散らばっていたとも付け加えた。

旧ソ連版スペースシャトル「ブラン」を背に載せて飛ぶために作られた

復活

キーウを拠点とするエンジニア兼航空専門家のアンドリー・ソベンコ氏は1987年からアントノフ社に勤務し、技術クルーの一員としてAn225に搭乗したこともある。同氏は破損部分を映した大量の動画や画像を検証し、損傷を細かくリストにまとめた(安全上の懸念から、アントノフ社の職員はいまだホストメリ飛行場への立ち入りが認められていない)。

同氏も胴体中央部と機首――コクピットおよび乗務員が休憩するクルーレストを含む――が破壊されていることを認めたが、もっとも深刻な被害を負っているのは電子系統と機材だった。

「これらの修復がもっとも困難になるだろう」と同氏。「というのも、An225に搭載されていた様々な電子系統やポンプ、フィルターの大部分が1980年代当時のものだからだ」

「単純にもう製造終了になっているため、以前とまったく同じ状態に修復することはできないだろう」

必ずしも悪いニュースばかりではない。フラップや補助翼といった空力表面を含む翼の一部は被害が少なく、回収可能と思われる。

6基のエンジンの大半も無傷のようだ。尾翼は全体的に弾薬の破片による損傷を受けているが、許容範囲内の状態だ。

アントノフ社の歴史に関する著書でムリーヤ搭乗の経験をつづったソベンコ氏も、ホストメリ飛行場にある同航空機は修復不可能であるとの見方に賛同している。

「機体の修復ないし復元の可能性はない――残骸から回収した個々の部品を使って、1980年代に2機目の建造用に製造された部品と組み合わせ、新たにムリーヤを建造するしかない」

同氏が指しているのは、アントノフ社が今日までキーウの巨大作業場に保管しているもうひとつの機体のことだ。当初の計画ではAn225を2機製造する予定だったが、実現には至らなかった。

「胴体は完成済みで、新しい中央部分もすでに搭載されている。翼や尾翼部分の耐力構造も完成している。言うなれば、機体の骨格はほぼできあがっている。私が知る限り、工場がロシアの砲撃を受けていた際も機体はほとんど被害を受けなかった」とソベンコ氏は言う。

新たな設計

ホストメリから回収した部品で新規に航空機を建造する案にはひとつ大きな問題がある。必要な部品を100%そろえることはできないだろう。

「設計も機材もまったく同じ航空機を作るのは不可能だろう」とソベンコ氏も言う。そうだとすれば、アントノフ社には2つのハードルが待っている。ひとつは新旧部品を組み合わせること。もうひとつは、改めて機体の証明手続きをクリアして、耐空性と現在の航空規制への適合を確認しなければならないことだ。

ひとつめの問題に関しては同社もすでに経験済みだ。数年かけてAn225のシステムの多くを刷新し、旧ソ連時代の技術を現代のウクライナの技術に置き換えた。だが最終的に証明を得るまでには時間もかかり、コストもかさむ。

専門家は以前の姿のままで復元されることはなさそうだと指摘する

残念ながら、これは避けて通れない道のようだ。「今の時代に40年前の設計で航空機を建造するのはナンセンスだ」とソベンコ氏は付け加えた。「1号機の運用経験をもとに、機体の設計に修正を加えるほうが適切だという考えもありうるだろう」

An225は商用貨物機として設計されたわけではなかったが、90年代後半にはアントノフ社の多大な努力で商用向けに改造された。とはいえ、並外れた積載量にもかかわらず、乗組員の視点からすれば同機は依然として使いづらかった。貨物の搭載には機首を前傾させ――その挙動は「象のひざまずく様子」と呼ばれた――独自のレールと滑車で積み込まなければならなかった。

ユニークな設計により搬入口は機首の部分のみ。より実用的な小型の機種An124のような後部ランプはない。貨物フロアには補強材を使用することも可能で、既存の空港のインフラに従来より沿ったものにできれば、現代版の機体ができあがった際には魅力的な改善点のひとつとなるだろう。

費用は数億ドル? 数十億ドル?


An225はさまざまな飛行記録を打ち立てた/Ronny Hartmann/AFP/Getty Images

2機目のムリーヤ建造は安くないだろうが、具体的な費用を出すのは難しい。ウクライナの国営通信社ウクルインフォルム通信は製造コストが30億ドル(約3800億円)にのぼると発表し世間を驚かせた。2018年にアントノフ社は2機目の完成費用を最大3億5000万ドルと見積もっているが、この数字も今や上方修正の必要があるかもしれない。

「現段階では確実なことは何もわからない」とソベンコ氏は語る。「機体の回収部品の損傷具合や、どれだけ多くの修正や新しい機材の投入が必要かによって費用は変わってくる。費用の大部分は必要な証明検査の数にも左右されるだろう。だがいずれにせよ、最終的な数字は数十億ドル台ではなく、数億ドル台になるだろう」

コンサルタント会社エアロダイナミック・アドバイザリーの航空アナリスト、リチャード・アブラフィア氏も同意見だ。「機体が単にプロトタイプなのか、それとも完全な証明を取って商業使用するのか次第で変わる。証明を含めても、30億ドルよりは5億ドル前後と考えるのが確かに妥当だ」

アブラフィア氏いわく、現実的な問題は誰がそれを払うかだ。「この機体の商業活用はそれほど多くない。商業活用なしでどこから金を引っ張ってくるのか」

費用の大半はアントノフ社が負担することになることは想像に難くないが、他にも航空機や航空施設が破壊されたために同社はすでに甚大な損失を追っている。現在も規模を縮小して運営しているものの、今後の見通しは不透明だ。

「私は楽観的だ。アントノフ社の航空機が今後も空を飛び続けてほしいと心から願っている」とソベンコ氏は言う。「だが私は現実的でもある。2機目のムリーヤ建造に必要な費用は、終戦後のアントノフ社の財政状況や機体運用から見込まれる収入と関連付けられることは避けられないだろうとよくわかっている」

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