総工費3兆円、ロンドン新高速鉄道「エリザベス線」の内部に迫る

英国の首都ロンドンで、新たな鉄道路線が誕生する/Manuel Vazquez/Getty Images

2022.04.24 Sun posted at 17:30 JST

(CNN) 早ければ5月以降、英首都ロンドンの移動は、東西を結ぶ新高速鉄道によって利便性が飛躍的に向上する――。

「クロスレール」として知られる「エリザベス線」が開通すれば、カナリーワーフからヒースロー空港までの所要時間はわずか38分。現在、地下鉄では少なくとも1時間、タクシーでは通常の交通量でもその約2倍の時間がかかることから、それが大幅に短縮されることになる。

新列車の最高時速は約145キロ、定員は1500人で、座席数は450席。ロンドン中心部の地下を走行し、ドックランズや金融街シティ、ショッピングと演劇の中心地ウェストエンド、ヒースロー、そしてロンドンへの通勤圏であるエセックス、ケント、テムズバレー方面にも乗り入れる。

エリザベス線の総延長距離は約100キロメートルで、ロンドン中心部を通る約42キロメートルの新トンネルを中心に構築され、世界で最も密集した都市のひとつであるロンドンの地下に巧妙に埋め込まれた。

直径約6メートル、深さ最大40メートルの複線トンネルは、ロンドン地下鉄のトンネルをはじめ無数の構造物を縫うように通っている。トンネルは2012年から15年にかけて、1000トンのトンネル掘削機(TBM)8台を使用し、3年がかりで掘られた。

建設の最盛期、クロスレールは欧州最大規模の技術開発プロジェクトだった。

5月には、ロンドン南東部のアビーウッドとロンドン主要駅のひとつであるパディントン間を両方向、1時間当たり最大12本運行するプレ運行が開始される。今年秋には、アビーウッドとレディング、ヒースロー空港を結ぶ直通列車と、ロンドン北東部にあるエセックス州シェンフィールドとパディントンを結ぶ直通列車が導入され、運行本数は倍増する。

クロスレールの全線開通は、遅くとも来年5月には実現し、ネットワーク全体で1時間に最大24本の列車が各方面から運行される見通しだ。

このプロジェクトは、長い年月を経て実現した。07年に18年の開通を目指して承認され、09年に着工。4年遅れで約40億ポンド(約6400億円)の予算超過となり、総工費は189億ポンド(約3兆500億円)に膨れ上がった。ロンドン市長のサディク・カーン氏は、18年の時点で、ずさんな運営状況について「怒りと不満」を表明している。

だが、エリザベス線の開通によって、新たに150万人がロンドン中心部へ45分以内に移動できるようになり、ロンドン市民や観光客にとって首都の移動は一変することになる。

士気が大きく高まる

では、クロスレールとは一体何なのか。クロスレールは、東のシェンフィールドとアビーウッド、西のヒースローとレディングを結び、既存の通勤鉄道と結合させる路線だ。これにより都市間の移動が加速され、ロンドン地下鉄の既存路線、特に混雑しがちなセントラル線の混雑緩和につながるという。

クロスレールが完全に開通すれば、ロンドンの鉄道輸送力は10%増加し、ロンドンの交通網を拡張したひとつのプロジェクトとしては、過去約70年のうち最大級のものとなる。

利用客数は年間約2億人を見込んでいた。だが、これは新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)発生前に立てられた予想であり、勤務形態の変化によって現在は疑問符がついている。

ロンドン交通局長のアンディー・バイフォード氏は2月、「クロスレールが開通すれば、ロンドン市民の士気と自信を大きく高めることになる」と述べている。

このプロジェクトのスケールの大きさを理解するのは難しい。そこで今回、ロンドン中心部の東に位置するカナリーワーフからロンドン西部のヒースロー空港まで、クロスレールを味わう旅に出かけよう。

この建設プロジェクトは欧州でも最大級のものだ

巨大な施設とトンネル

カナリーワーフ駅は、単なる鉄道駅を超えた存在として設計された、クロスレール新設10駅のうちのひとつだ。古い波止場跡に建てられた5階建ての建物には、店やレストラン、屋上庭園まである。

交通用ICカードの「オイスターカード」をタッチし、巨大なエスカレーターを降りると、地下約21メートルの場所に位置する洞窟のようなトンネルに到着する。ホームに着くと、ここが単なる地下鉄路線でないことがうかがえる。エリザベス線はこれまでにロンドンでは見たこともない規模と大きさを誇るのだ。

約182メートルのプラットホームは数百人の乗客を収容できるよう設計され、線路の端には転落防止用のガラススクリーンが設置された。

また、クロスレールの全駅は列車まで段差なく移動できるようになっている。車内は広く開放的で、従来のロンドンの地下鉄とは一線を画している。

地下に作られた駅

ロンドンの創造性の中心地であるショーディッチやホクストンに近いホワイトチャペル駅は、ロンドン北部、東部、南東部に向かう主要な公共交通機関の結節点である。既存の駅ですでに混雑していた地下にクロスレールを組み込むことは、このプロジェクトにおける最大の課題のひとつであった。

さらに西へ進むと、ロンドンの金融街シティの中心にあるリバプール・ストリート駅がある。ここでは着工にあたり考古学者が遺物を掘り起こす必要があった。悪名高い精神病院ベドラムの埋葬地から約4000体の遺骨が発見されたほか、ローマ時代の遺物も数千個見つかった。

次はファリンドン駅だ。ファリンドンには多くの大企業や法律事務所が本拠地を構えている。ファリンドン駅は、クロスレールの東西トンネルと、地下鉄のサークル線、メトロポリタン線、ハマースミス&シティ線、そして南北をつなぐテムズリンク線が交わる場所だ。

クロスレールが開通すれば、ファリンドン駅はロンドンで最も利用者の多い駅になるだろう。またテムズリンク線との相互乗り入れにより、英国で最も重要な交通拠点のひとつになる見通しだ。テムズリンク線は、ロンドン中心部とガトウィック空港、ルートン空港、ケンブリッジ、南岸のブライトンを結び、1時間に最大24本運行する。

次のトッテナム・コート・ロード駅では、既存の地下鉄駅のトンネルとエスカレーターの間に新路線が建設された。クロスレールとノーザン線のトンネルの間隔がわずか約61センチメートルの場所もある。

ショッピングとエンターテインメントの街にあるボンド・ストリート駅は、ソーホーの劇場やレコーディングスタジオの下に位置するため、列車通過時の衝撃を緩和するために特注の軌道スラブを開発する必要があった。

さらに西へ向かうと、主要駅のパディントン駅に到着する。約91メートルの高さにある天蓋(てんがい)から地下の空間に自然光が降り注ぐ。

地上に出る

そのまま西へ進むと列車は地上に出る。アクトン、イーリング・ブロードウェー、サウスオールなどの郊外を走行し、列車はヒースロー空港地下のトンネルに入る。

カナリーワーフを出発して13駅を通過。38分後にヒースロー空港第2、第3ターミナル駅に到着する。

だがクロスレールの拡張計画はまだ続く。西部ではスラウやレディングまで延伸し、東部では通勤客でにぎわうエセックス州やアビーウッドまで延伸する計画だ。

東西を結ぶ新高速鉄道によって移動の利便性が大きく向上するとみられている

すべての乗客のために改善

クロスレールの建設に備え、10億ポンド以上を投じて31の既存駅と線路の施設改善やバリアフリーなどの改良工事が行われた。

またクロスレールは26年以降、パディントン西部で現在建設中のオールド・オーク・コモン駅にも乗り入れる予定だ。その新駅から、29年から40年にかけて段階的に開通予定の次世代高速鉄道計画「ハイスピード2」(時速約354キロメートル)に乗り換えれば、ミッドランド、イングランド北部、スコットランドへの高速移動が可能になるという。

「完璧でなければならない」

クロスレールは、19世紀から続く2つの既存鉄道に新線を継ぎ目なくに統合するという、驚くほど複雑なプロジェクトだ。

新車両は3つの異なる信号システムで安全かつ確実に走行しなければならず、特注のソフトウェアと長い試験期間が必要となった。

無数のシステムを確実に連携させることが、遅延とコスト超過の根源となっている。ロンドン交通局オペレーション部長のハワード・スミス氏は今年初め、「信号システム、通信システム、信号と列車を制御するソフトウェアの接合により、当初の計画よりも時間がかかった」と説明した。

またバイフォード氏も「完璧でなければならない」とコメントしている。「試験走行では、定時運行率が98%の日もあれば、80%の日もあり、これでは十分とは言えない」

課題山積の過去

クロスレールは当初、18年に開通する予定だった。

ロンドン市長のカーン氏は、18年12月に公開された文書で、プロジェクトが5年以上にわたって誤って管理されていたことが明らかになると、「遅延とコスト超過に深い怒りと苛立ちを覚えている」と述べている。

事態は悪化した。クロスレールは18年8月、同年12月の開業を目指してまだ作業中だとしていたが、そのわずか3週間後、開業日を丸1年延期した。19年4月には、少なくともあと1年半の期間が必要だとして、期限はその後22年まで延長された。

会計検査院は、19年5月の報告書で、この遅延を「非現実的な」スケジュールのせいだと非難した。

さらに、パンデミック発生前に立てられたクロスレールの利用者数と収入予測は、向こう何年も達成できる見込みはなく、ロンドン交通局の財政はすでに逼迫(ひっぱく)している。

新しいロンドンの象徴

クロスレールを巡っては賛否両論あるものの、世論は比較的好意的に受け止めているようだ。

鉄道ジャーナリストのクリスチャン・ウォルマー氏は「当初の予算では明らかに非現実的だった」と指摘しながらも、「クロスレールは素晴らしい計画であり、壮大な構想だ。赤いバスや地下鉄、ネルソン記念柱のようにロンドンの象徴となることは間違いない」と述べた。

今年在位70年を迎えたエリザベス女王の名を冠した新路線は、ついにロンドン市民にその約束を果たすことになる。

英ロンドンに新線開通へ

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