線路上の「指揮所」、戦時下でも運行を続けるウクライナ鉄道の取り組み

ウクライナ鉄道幹部らの朝の会議。奥に見えるのが旧ソ連時代の閉回路電話システムだ/Scott McLean/CNN

2022.03.17 Thu posted at 10:14 JST

ウクライナ・テルノピリ/リビウ(CNN) 長く黒いカーテンに閉ざされた薄暗い部屋に、くぐもった音が鳴り響く。旧ソ連時代の閉回路電話システムから、ウクライナ語で男性6人に向けてメッセージが響き渡る。6人のうち半数は軍服を思わせる緑色の服を着ているが、彼らは軍人ではない。ウクライナ鉄道の幹部だ。

ボタンやつまみが付いた一見時代遅れのシステムは、幹部らとウクライナ国内の全ての駅をつなぐ役割を担っている。ウクライナ鉄道によると、国内にある駅の数は1450程度。ロシアの侵攻後に携帯電話サービスが使用不能になって以降、この旧式のシステムは現場の状況把握のため1日2回開かれる会議に欠かせない存在になった。

ウクライナ西部のテルノピル駅付近で行われた会議はわずか10~15分で終わり、その後は再び移動する。同社の経営陣は、会議がロシア軍の主要標的になっているとの見方を示す。

ウクライナ鉄道のオレクサンドル・カムイシン最高経営責任者(CEO)(37)はCNNの取材に、「我々の戦略は捕まらないように素早く移動して、1カ所に長くとどまらないことだ」と説明した。ポニーテールと刈り上げを組み合わせた髪型の同氏は、さながら戦場の将官のように室内の注目を集める。1カ所に滞在する時間は長くても「数時間」だという。

侵攻開始から2週間あまり。世界最大規模を誇るウクライナの鉄道網は、生活必需品の輸送や、困窮した市民の避難に欠かせない生命線になった。

同鉄道は開戦以降、国内で210万人を超える乗客を輸送したほか、ポーランドに避難した約25万人を運んだ。前線に医薬品を届けたり、負傷者を病院に搬送したりする目的で改造された列車もある。

約23万1000人の従業員を管理する仕事は、これらの男性に託されている。ゼレンスキー大統領の掩ぺい壕を職場として使うことも提案されたがそれは断り、開戦以来、ほぼ絶え間なく動き続けてきた。同僚の様子を確認したり、ロシア軍の一歩先を行ったりするために国中を移動して回る。危険度の高い地域に踏み込むこともいとわない。

「我々の論理はごくシンプル。もしその駅で働いている従業員がいて、従業員にとって安全だと思うなら、我々もそこに行くべきだ」とカムイシン氏は語る。

移動式の「指揮所」として活躍する1両編成の列車

薄暗い会議室を出た経営陣は、約130キロ離れた西部リビウに向かう1両編成の列車に乗った。車内の中央に長い会議テーブルがあり、それを取り囲む座席にはヘルメットや防弾チョッキ、ライフルケースが積まれていた。

ただ、通常は一般客の車両にスペースを見つけて、乗客の間に溶け込むことの方が多い。これらの列車は平時には時速160キロを出しているが、いまは大半の場所で60キロにスピードを落として運行する。定員を超える乗客を乗せているのが一因だ。

「できる限り多くの人を乗せるという決断は難しいものだった。不幸な事態になった場合に、より多くの人に影響を与えてしまう」。カムイシン氏の側近、オレクサンドル・ペルトソブスキ-氏はこう語る。


移動式の「指揮所」の内部。1カ所に長くはとどまらないと幹部らは話す/Christian Streib/CNN

また、低速運行の理由には損傷した線路にぶつかるリスクもある。線路が爆破されれば主要都市間の連絡は一時的に断たれるが、橋が破壊されればその路線は無期限に使用できなくなる。

軍隊経験のない人が大半を占める一般職員は時に、ロシアの砲撃のなかで線路の修理をせざるを得ない状況に直面する。

開戦後1週間のある日には、線路からわずか数メートルの位置に不発弾が落下し、安全に信管を外して撤去する必要に迫られた。

ペルトソブスキ-氏によると、侵攻開始からこれまでに従業員33人が死亡、24人が負傷。直近では12日夕に死者が出た。

橋が破壊された路線は無期限で使用不可能になる

路線網の中にはもはやウクライナの管理下にない箇所や、マリウポリからボルノバーハに至る路線のように損傷して修復不能になった箇所もある。マリウポリに閉じ込められたままの数十万人にとって列車は選択肢にならず、道路による避難回廊をつくる試みは何度も失敗している。

「ロシア人は軍用物資が入るのも、人々が避難するのも、人道支援物資が搬入されるのも望んでいない。そうでないのなら、なぜマウリポリ市民を避難させないのか」とカムイシン氏。「我々は彼らがキエフとハリコフ、リビウとキエフ、そしてドニプロとザポリージャを結ぶウクライナの主要輸送路を寸断しようとするのを絶えず目の当たりにしている」

線路の修理やルート変更が増えた結果、同社は状況に適応せざるを得なかった。


線路が破損すれば、主要都市間のつながりが絶たれる事態にも陥る/Oleksandr Pertsovskyi

同社の指揮構造はいま「フラット」になっている。管理者は上司の許可を求めずに、その場で自由に判断を下すことができる。官僚的な手続きを経ずに済むため、修理は平時に比べわずかな時間で終わる。翌日のダイヤは毎晩、現場の状況に合わせて作成される。首都キエフや北東部のハリコフのプラットホームで最近見られたように群衆が制御不能になる事態や、開戦当初にリビウ発ポーランド行きの列車に乗ろうと人が殺到したような状況に対応するためだ。

こうした中でシステムが依然機能しているのは「国全体にとっても、大統領にとっても驚きだ」とカムイシン氏は話す。

移動中の列車では通信が常に課題となっており、携帯電話の電波が届きにくかったり、場所によっては全く届かなかったりする。米有力実業家イーロン・マスク氏のおかげで衛星インターネットシステムの「スターリンク」が使えるものの、これを使用するのは危機的な状況の時のみ。人工衛星を使えば敵に位置を特定されやすくなるという。

ウクライナ鉄道のカムイシンCEO。家族とは開戦以来会っていない

同社は軍用列車や旅客列車、支援物資の輸送を調整する必要に迫られているだけでなく、貨物ルートの強化にも取り組んでいる。通常なら農産物の95%近くは黒海の港湾を通じて輸出されるが、ロシアはウクライナによる黒海へのアクセスを寸断した。

これを埋め合わせるべく、ウクライナ鉄道は穀物や農産物を積んだ欧州行きの列車を増やしている。ウクライナの線路は欧州の大半の国と軌間が異なるため、国境で貨物を積み替えなければならず、決して簡単な作業ではない。


ピンクで色付けした区間はすでに使用不可能もしくはウクライナの管理下にないことを意味する/Scott McLean/CNN

仕事には終わりがないと、カムイシン氏。寝る時間の確保も難しく、2月24日の開戦以降は経営陣の誰一人として家族に会っていない。

24日の朝、カムイシン氏は2人の子どもと一緒に最後の写真を撮った。1人はまだ寝たままだった。その後、子どもたちは国を離れた。

インタビュー中は終始、感情を表に出さなかったカムイシン氏だが、家族の話になると目を充血させて声を詰まらせた。

「私としては彼らが身の安全を感じてくれ、自分の仕事の時間を取れる方が楽だ」

戦時下で重要インフラ支える、ウクライナ鉄道の取り組みに密着

このサイトでは、利用状況の把握や広告配信などのために、Cookieなどを使用してアクセスデータを取得・利用しています。これ以降ページを遷移した場合、Cookieなどの設定や使用に同意したことになります。Cookieなどの設定や使用の詳細、オプトアウトについては詳細をご覧ください。