世界を救う「原子力メガヨット」の構想とは

排出物の完全ゼロを目指し、シンガポールの実業家が「原子力メガヨット」の構想に挑む/Courtesy Earth 300

2021.10.08 Fri posted at 16:44 JST

(CNN) 富の究極の象徴であるスーパーヨット。新型コロナウイルス禍に伴い、超富裕層が最も豪華かつ排他的な形のプライバシーや対人距離を求めるなか、スーパーヨットの需要は劇的に増加している。

注文が次々に舞い込んだ結果、世界で数千隻を数えるスーパーヨットの数はさらに増えた。大まかな定義では、スーパーヨットとは全長24メートル以上でプロの乗組員を擁する豪華ボートを指す。

ただ、大型のスーパーヨットは地球に過大な悪影響を及ぼす。

米インディアナ大の人類学者の計算によると、常任の乗組員やヘリパッド、潜水艇、プールを備えるスーパーヨットは年7000トンを超える二酸化炭素(CO2)を排出する。

こうした例に当てはまるスーパーヨットの数は世界で300隻ほど。7000トンに300をかけると、CO2排出量は200万トン超にも及ぶ。

そんな中、スーパーヨットの醸し出す豪華なオーラを活用しつつ、これを科学研究と融合させ、CO2を排出しないメガ船舶をつくる計画が提案されている。気候学者と富裕層の力を合わせて地球を守ろうという大胆な取り組みだ。


アース300が完成すれば現在の世界最大のスーパーヨットをはるかにしのぐ大きさになる/Courtesy Earth 300

「世界の最富裕層を集め、最も頭脳明晰かつ優秀な科学者と引き合わせ、これから起きようとすることをじかに体験してもらうのがいいのではないか」。英領ジブラルタルに生まれ現在はシンガポールに拠点を置く実業家、アーロン・オリベラ氏はそう語る。

「富裕層はオンラインで何でも好きな物を買えるが、世界を見るための、まだ頭の中にしかない新モデルを買うことはできない」

海に浮かぶコンピューター

新しい船舶は300メートルの全長にちなんで「アース300」と命名される予定。建造された場合、アラブ首長国連邦(UAE)アブダビの王族が所有する世界最大のスーパーヨット「アッザム」(全長約180メートル)をも上回る規模になる。

初期段階のデザインでは、13階建ての球体に二十数個の実験室を収容する

初期段階のデザインは洗練された大胆なもので、ユニークな13階建ての球体に二十数個の実験室を収容できる。航海中にデータを収集し、気候危機の緩和に役立つ解決策を導き出したい考えだ。

世界中の人が参加できるようにオープンソースのプラットフォームを活用し、量子コンピュータ-の助けも借りたい考え。量子コンピューターは量子力学の特性を活用して驚異のスピードとパワーを達成する新型コンピューターだ。

オリベラ氏がアース300に組み込みたいと考えている多くのテクノロジーと同様、量子コンピューターはまだ実用化されていないものの、グーグルやIBMなどによる実験的な研究の対象になっている。

船の定員425人のうち大半は、乗組員165人と科学者160人という二つの主要グループで構成される。

このほか学生20人や、経済学者、エンジニア、芸術家、活動家、政治家からなる専門家集団20人も乗船し、「学際的なるつぼ」(オリベラ氏)を構成するという。

この船で唯一支払いをするのは、20室のVIPスイートに滞在する富裕層の旅行者だ。一人当たり100万ドル(約1億1000万円)あまりの費用を想定し、科学関係費に充てていく。

ただ、船の排他性については忘れる必要がある。

「この船は世界中の人々が旅に参加する浮かぶコンピューターだ。つまり、乗船する富裕層はこの経験を自分たちのものだけにせず、世界と共有する必要がある」とオリベラ氏は語る。

世界を回る船

オリベラ氏はアース300を五輪のトーチやエッフェル塔のような世代を象徴する存在にしたいと思い描いている。

「この船を作ろうとしているのは、気候変動が世界的な問題であり、世界を移動できる乗り物を必要としているためだ」とオリベラ氏。さらに、海は二酸化炭素の大部分を吸収するため、地球の鼓動する心臓だとの見方も示す。

オリベラ氏はまた、乗船者にはある種の冒険や危険を体感して、閉じこもった環境で団結してほしいとも話す。「船上で築くきずなは動かないビルで育まれるものとは全く違う」という。

動力は実験段階にある新たな原子力技術を想定している

シンガポールで富裕層や接客業の世界で経験を積んできたオリベラ氏だが、アース300を思いついたのはモルディブでダイビングをした際に死につつあるサンゴを見たときだった。そこで、豪華さと環境主義という全く異なる世界を1つにする方法として、船を考えついたという。

オリベラ氏は「啓発された探検家の新ブランドを立ち上げたいと思う。富裕層への見方の流れを変え、富裕層が先導的な役割を果たすことができ、またそうすべきだということを示したい」と語る。

豪華な調査船というアイデアは全く新しいものではない。ノルウェーでは類似したプロジェクト「REVオーシャン」があり、全長182メートル、建造費3億5000万ドル(約390億円)のスーパーヨットで乱獲や気候変動、プラスチック汚染を調査する予定だ。

漁業や石油掘削業で財を築いたシェル・インゲ・レッケ氏が資金を出し、2022年に就航予定だったが、建造に関する問題で3~5年遅れになるという。

一方、アース300の建造費は7億ドル(約780億円)とREVオーシャンの倍に達する。オリベラ氏はドイツや韓国の造船所に目を付けていて、初期段階の設計や造船技術は完成しているという。

10年以内の就航を目指しており、「2025年は我々にとって可能だと思う。今後6カ月ほどで物事がうまくいくかの問題だ。資金のパッケージを確保さえできれば」とオリベラ氏は語る。資金は個人投資家や伝統的な金融商品を通じて得るとも述べた。

原子力で推進?

燃料については、当初は環境に優しい合成燃料を使う見通しだが、排出物を完全にゼロにするという要請を満たすため、オリベラ氏は最終的に「溶融塩原子炉」を後付けする計画。

これにより、同船はエネルギー面で完全に自律した状態で無限に海上にとどまることが可能になる。ただ、量子コンピューターと同様、この技術はまだ確立しておらず、英企業コアパワーとビル・ゲイツ氏が会長を務める原子力技術企業テラパワーが共同で開発中だ。

本プロジェクトはこうした企業に加え、IBMや造船工学企業、船級関連団体など十数社が連携を発表している。

オリベラ氏にどのような有名人に乗船してもらいたいかと問うと、イーロン・マスク氏、ミシェル・オバマ氏、グレタ・トゥンベリ氏などの名前が挙がった。ただ、こうした著名人だけでなく、有名ではないが刺激を与える人々をあらゆる職業や年代、文化から集めて、引き合わせていくことに計画の意義があると話す。こうした人々は乗船の代金を求められないが、豪華なスイートに滞在することができるという。

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