荒れる南シナ海、米海軍は問題続きの「沿海域戦闘艦」に白羽の矢<上>

フィリピン海での演習でミサイルを発射する米沿海域戦闘艦「ガブリエル・ギフォーズ」/Chief Petty Officer Shannon Renf/US Navy

2021.09.04 Sat posted at 12:30 JST

(CNN) ハリス米副大統領がこのほどシンガポールで沿海域戦闘艦(LCS)「タルサ」に乗り込み、米海軍でおそらく最も意見の分かれる艦種のひとつに改めて注目が集まった。

LCSの評価は誰に話を聞くかによって異なり、「南シナ海で中国のあらゆる活動を吹き飛ばす」能力を持つ強力な海軍兵器との見方もあれば、米海軍の抱える全ての深刻な問題を象徴する艦船との見方もある。米海軍幹部は比較的水深の浅い沿岸部でのLCSのスピードや機動性を称賛するが、批判派からは兵装が限られている点や、過去に機械的な故障を起こした点を指摘する声が上がっている。

ハリス氏は8月23日夜、タルサの乗組員を前に「我々がここにいる理由は重要だ」と語り、「インド太平洋における米国のプレゼンスは現在も含め長年、平和と安全、通商貿易の自由、航行の自由、開かれた航路、ルールに基づく国際秩序の確保に貢献してきた。ルールに基づく国際秩序こそ、多くの人に多大な安全と繁栄をもたらしてきたものだ」と述べた。

米海軍指導部は、こうした理念の実現にはLCSが不可欠だと指摘する。サイズの上では、LCSはより標準的な艦種であるコルベットと比較可能な水準となる。

中国艦隊の増強や人工島での軍事施設建設をはじめ、米国が南シナ海での中国のプレゼンス拡大に直面するなか、LCSの果たす役割は今後さらに大きくなると見込まれている。

ハリス氏は24日、シンガポールで「中国政府は威圧や威嚇、南シナ海の大部分に対する領有権主張を続けている」と述べ、中国の行動を「違法」と形容した。

南シナ海での演習でシンガポール海軍の艦船の前を航行するガブリエル・ギフォーズ

「武器分散戦術」

一方、中国は約340万平方キロに広がる南シナ海のほぼ全域に主権を主張。この海域における米軍艦の存在が緊張や不安定の原因になっていると指摘する。

それでも、米海軍は南シナ海でのプレゼンス誇示をやめておらず、演習や中国政府の主権主張に異議を唱える「航行の自由作戦」を目的に、定期的に艦船を派遣してきた。

6月まで第7艦隊司令官を務めたビル・マーツ中将は今年、オンラインの防衛会合で、海軍は2022年末までに最大8隻のLCSを西太平洋に配備する計画だと表明した。シンガポールを拠点とするLCSは現在2隻だが、今年末までにこれを4隻に増やすという。

マーツ氏の発言は米海軍協会ニュースが最初に報じた。

マーツ氏はこの中で、LCSのガブリエル・ギフォーズが昨年の作戦で「南シナ海南部をほぼ制圧した」と発言。「同艦は快進撃を続け、南シナ海における中国のあらゆる活動を吹き飛ばした。非常に印象的な仕事ぶりだった」と述べていた。

その後、第7艦隊報道官は南シナ海でのガブリエル・ギフォーズの働きについて説明を加え、CNNに寄せたメールで「実際には何も『吹き飛ばされて』いない」と指摘した。

吹き飛ばしたというのは「影響力」の意味であり、「詳細には触れないが、ガブリエル・ギフォーズの存在は南シナ海全域の活動に影響を与えた」としている。

海軍当局者は、LCSは南シナ海の環境に理想的だと口をそろえる。

LCSは海軍により、沿岸部の脅威に対応するうえで「完璧」な艦種と形容されている。小型の水上戦闘艦であることから島しょ間を素早く移動し、こうした地形を利用して脅威から身を守ることができる。第7艦隊の誘導ミサイル駆逐艦では無理な小さな港湾に入り、地域のパートナー国との協力をより容易にすることも可能だ。

南シナ海での定期航行中にパナマの掘削船の近くを通過

LCSの1隻あたりのコストは約3億6000万ドル(約400億円)。全長118.1メートルのフリーダム級と128.5メートルのインディペンデンス級の2種類があり、いずれも40ノット(時速約74キロ)を超えるスピードを出せる。

LCSをより手ごわい存在にするため、海軍は太平洋を拠点とする艦の火力を増強し、「ネイバル・ストライク・ミサイル(NSM)」を搭載した。海面すれすれを飛ぶ巡航ミサイルのNSMはレーダーによる探知が難しく、敵の防衛網をかいくぐる機動ができる。

LCSの当初の設計に火力が追加されたことで、太平洋において理想的な艦船になったと、マーツ氏は指摘する。

米海軍協会ニュースが報じた中国政府の20年の調査文書によると、中国軍はこの改修を見逃していない。

中国船舶設計研究所(MARIC)がまとめた同文書ではLCSについて、「低価格や高速性能などの特徴により、将来の武器分散戦術において強力な道具となる可能性がある」としている。

「武器分散」とは、空母打撃群のように火力を1カ所に投入するのではなく、多数の散らばった部隊に分散させることを意味する。

ただ、専門家からは、中国人民解放軍(PLA)海軍との紛争でLCSに何ができるのか疑問視する声も上がる。中国海軍はここ1年で米海軍を抜いて世界最大の海軍となり、急速な近代化により能力面においても恐らくほぼ同等になった。

元米海軍大佐で今はハワイ太平洋大学の教官を務めるカール・シュスター氏は、LCSは「戦闘でPLA海軍と対峙(たいじ)した場合、長くは持ちこたえられないだろう。LCSはそうした環境を念頭に建造されたわけではなく、ミサイルが飛来する状況ではスピードも役に立たない」との見方を示す。

パシフィック・フォーラムの非滞在型フェロー、ブレイク・ハージンガー氏は、マーツ氏はLCSの対中国の有効性を過大評価しているのではないかと指摘した。

「世界最大の海軍が搭載ミサイル8発の沿海域戦闘艦を恐れるだろうか。私にはそれは分からない」(ヘルジンガー氏)

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