「超人」バイルズも人間だった――期待の選手を棄権に追い込んだ心の重圧

体操女子団体総合の決勝で声援を送るバイルズ選手/LOIC VENANCE/AFP/AFP via Getty Images

2021.07.28 Wed posted at 17:15 JST

(CNN) 東京オリンピック(五輪)の体操女子団体総合決勝戦で棄権した米代表のシモーネ・バイルズ選手。今大会は連覇を狙い、再び輝かしい演技が期待されていた。しかしファンに見せたのは、これまで見たことのない姿だった。

バイルズ選手は前回大会で完璧に成功させた跳馬の技に挑んでいた。空中で後方に身体を2回半ひねる回転跳びをして着地するこの技は、平均的なオリンピック選手にとって極めて難易度が高い。しかしバイルズ選手は軽々とこなしているように見えた。

しかしCNNのスポーツアナリスト、クリスティン・ブレナン氏によれば、27日のバイルズ選手は空中で「迷ったように見えた」という。ほとんどひざをつきそうになりながら着地すると、泣きそうな様子で退場した。数分後、バイルズ選手の棄権が発表された。

ブレナン氏は「最悪の悪夢」と形容する。

バイルズ選手の棄権はスポーツ界を驚かせ、米国の大勢のファンを驚かせた。ファンはバイルズ選手が最も難易度の高い技を、まるで公園の遊具で遊ぶかのようにこなす姿を繰り返し目にしていた。

バイルズ選手はその才能とカリスマ性のために、まるで手の届かないような存在に押し上げられて、ミスがあれば大げさに騒がれる。

バイルズ選手は自分の感情を隠すような性格ではない。25日の予選では期待されたほどの完璧な技が披露できず、「世界中の重さが(自分の)肩にのしかかっている」ような気がする時があると打ち明けた。

インスタグラムには「私はそれを払いのけ、プレッシャーには影響されないように見せている。でも辛い時だってある」と書き込んでいた。

跳馬に挑戦するバイルズ選手

米体操選手の中で最もメダル獲得数が多いバイルズ選手は、超人のように重力に逆らう。けれどほぼ完璧なヒーローにも不安定な部分はある。バイルズ選手の失敗は、たとえ善意だったとしても、プレッシャーが世界の一流選手に与え得る影響をファンに思い知らせた。

バイルズ選手は体操史上、最も偉大な選手だ。その複雑な動きは誰にもまねできず、事実上、ライバルは存在しない。

今回は半世紀ぶりにオリンピックで連覇を果たす女子選手としての期待を背負い、東京大会に出場した。米国の体操選手の治療を担当してきた元医師のラリー・ナサール被告が、バイルズ選手を含む女子選手を性的に虐待した罪で有罪を言い渡されて以来、初めて出場した大会でもあった。

バイルズ選手はあまりに完璧すぎるため、たった一つのミスでさえもニュース価値が高い。予選では何度も境界から踏み出して減点された(それでも技の難易度からすれば、この日の最高得点だった)。このミスが騒がれると知っていたバイルズ選手は、ネット上で率直にこの状況を説明した。そのコメントも、「世界の重さ」が自分の肩にのしかかっているというコメントと合わせて、再びニュースになった。

バイルズ選手はマットの上にいない時でも注目から逃れられない。米代表チームの1人は、遠くからバイルズ選手を見た時の様子を「ティックトック」で共有した。あまりに知名度が高いので、バイルズ選手と争う体操選手は影が薄くなる。バイルズ選手は今年のオリンピックで最も目立つ「顔」だった。

しかし27日、数時間前に予想外の敗北を喫したテニスの大坂なおみ選手と同じように、バイルズ選手も、最も高いレベルで争うことの精神的負担が自分にものしかかっていると語り、引退を口にしていた。

着地でよろめくバイルズ選手

ファンはバイルズ選手が祖父母の養子になるまで里親に育てられた過去を知っている。殺人の疑いがかけられた兄が今年入って無罪になったことも、ナサール被告による性的虐待の被害者だったことも知っている。

ナサール被告の被害者のうち、東京オリンピックに出場しているのはバイルズ選手のみ。米紙ニューヨーク・タイムズのインタビューでは今月、自身の精神的・身体的ダメージや、この競技が身体に与えるダメージについて語り、東京オリンピックには米体操競技のためではなく、自分だけのためでもなく、世界中の非白人の女子選手を代表して参加すると語っていた。

自分が2018年まで虐待を受けていたことについては、自分自身も受け入れていなかった。それを認識した重さでうつに苦しみ、ほとんどの時間を寝て過ごした。「(自らの)命を絶つよりも、寝ている方が良かったから」とフェイスブックに記している。

決勝戦で棄権した理由について、バイルズ選手は報道陣に対し、けがではなく「マインドフルネスに取り組むため」と説明した。この日に至るまでは強いストレスを感じ、トレーニングの後は「ただ震えていて」、ほとんど仮眠も取れなかったと告白。競技の前にこんな感覚を持ったことはなかったと振り返った。

「私たちはあまりにもストレスが強すぎたと思う」「私たちはここで楽しんでいるはずなのに、そうなっていない」

結局のところ、バイルズ選手も1人の人間にすぎない。空中を飛び、軽々と宙を舞って、汗ひとつかかずに記録を破ることができたとしても。バイルズ選手は米国と世界が憧れるヒーローになった。そのヒーローも心の健康のケアを必要とする。ファンの多くがそうであるように。

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