中国で急成長する「レッドツーリズム」、その背景とは

観光を通じ中国共産党の存在感をアピールする「レッドツーリズム」が急拡大している/CNN

2021.06.12 Sat posted at 18:10 JST

(CNN) 中国西部・四川省の広安で育ったチャン・イーウェンさんは常々、かつての国の指導者、鄧小平に親近感を抱いてきた。鄧は人生最初の15年をチャンさんの故郷の広安で過ごした。

チャンさんは、鄧小平の話を手の甲のように良く知る。鄧の旧宅で11年間にわたってガイドを務めていて、観光客に鄧のエピソードを話すのが楽しみだ。

「私たちの心の中の『鄧おじいさん』は偉大な存在です」。チャンさんはCNNの取材に、現地での鄧小平のあだ名を使ってこう語った。1970年代後半から97年の死まで最高指導者として君臨した鄧は、中国の近代化と開放を成し遂げた人物と評価されている。

鄧小平への情熱や巧みな話術も相まって、チェンさんは数々のコンテストで優勝し、全国的な知名度を得た。2020年後半には、全国から優秀な旅行ガイド5人を選ぶプログラムに参加する四川省代表2人の1人に選ばれた。このプログラムは、急成長中の「紅色旅遊(レッドツーリズム)」産業の振興を目的に中国政府が進める取り組みの一つだ。

中国文化観光部の当局者は自ら、いわゆる「赤い史跡」で働く全国の精鋭ツアーガイド100人を選出した。「赤い史跡」とは、中国共産党史にとって歴史的、文化的な重要性を帯びた場所を指す。

選ばれた人は、さらなる研修を受けるために北京を訪問。中国政府いわく、この研修は「赤い遺伝子の確固たる継承者、赤い物語の優れた語り手、赤い精神の鮮烈な解釈者、赤い文化の忠実な拡散者、赤い潮流の強力な指導者」になるためのスキル伝授を目的としている。


湖南省韶山郷でそろいの衣装に身を包み、共産党の旗の前でポーズを取る観光客=2016年/JOHANNES EISELE/AFP/Getty Images

「レッドツーリズム」の概念自体は数十年前からあるが、中国の国家観光計画に正式に取り入れられたのは04年のことだ。専門家からは、加工された歴史を提示するものだという指摘のほか、あからさまな洗脳と呼ぶ声も出ている。

中国の現指導者、習近平(シーチンピン)国家主席は12年に実権を握って以来、何度も「レッドツーリズム」を奨励してきた。これが追い風となり、かつては地方政府や国内旅行者のニッチな層に過ぎなかった参加者は急速に拡大している。

新型コロナ禍が「レッドツーリズム」を押し上げ

世界の旅行産業が依然として新型コロナウイルス禍の逆風を受け、中国人観光客が国内にとどまることを余儀なくされる中、「レッドツーリズム」産業を押し上げているのは国内の観光客だ。

香港理工大の准教授で、中国観光政策の専門家でもあるミミ・リー氏は「2020年、レッドツーリズムに参加する観光客は1億人を超え、国内観光の11%を占めた」と指摘する。

中国では7月に共産党創立100年を控え祝賀ムードが広がっており、成長中のこの層を取り込もうとする旅行業界関係者にとって、今はこれ以上ないタイミングとなる。この節目に合わせ、官民両方のセクターでほぼ毎週「レッドツーリズム」関連の取り組みが始まっている。

中国最大の旅行予約プラットホーム「シートリップ」は今年、「赤い巡礼」に使う100の独自ルートを立ち上げた。ツアーでは中国共産党の入党の誓いを口にしたり、革命歌を歌ったりする体験が味わえる。

CNNはこのほど、中国政府が主催するツアーの一環で、北部・陝西省の延安を訪問。共産党指導者の旧宅や過去の党大会会場、展示室に大勢の観光客(革命服をまとっている人もいた)が押し寄せるのを目撃した。

党員たちは儀式のような形で、「いかなる時でも全身全霊を党と人民のためにささげ、決して党を裏切らない覚悟だ」という入党の誓いを改めて表明していた。屋外では児童たちが授業を受け、歴史が共産党員を中国の統治者に選んだ理由に耳を傾けていた。

当然ながら、延安の当局者は大胆な投資で市内最大のセールスポイントを宣伝しようと躍起になっている。かつて経済的な後進地だった延安には今、ピカピカの空港や新ホテル、スターバックスの開店予定を宣伝する看板が立ち並ぶ。

延安の歴史的な建物の前で共産党の歴史に関する授業を受ける生徒ら

延安市の取り組みはパンデミック(世界的大流行)の発生前から奏功していたもようだ。19年には7300万人以上が人口200万あまりの延安を訪れ、わずか3年前からほぼ倍増した。

中国国内で新型コロナがおおむね抑え込まれる中、延安の観光業はメーデー休暇の1週間で回復を遂げ、地元当局によると、観光客の支出は既にパンデミック前の前年同期をしのぐ規模に達している。

変化する人口動態

香港の大学教授リー氏によると、「レッドツーリズム」が最初に始まったとき、その重点は主に教育にあり、政府当局者や学生が義務的に行うものだった。だが、市場は変化した。

「要請されたからではなく、自ら希望してこうした場所を訪れる観光客が増えている」とリー氏は語る。

そして、「赤い観光客」の年齢層は若くなりつつある。

旅行プラットホーム「トンチョン・イロン」のデータによると、先日のメーデー休暇では、「レッドツーリズム」に関連した予約や検索のうち40%を21~30歳の観光客が占めた。

冒頭の旅行ガイド、チャン氏にはこれらの数字は驚きではないだろう。チャン氏は、鄧小平の経歴や歴史的位置づけに関心を持つ若者の増加に気付いていたと話す。

チャン氏が最初に鄧小平の生家でガイドを始めたとき、若い観光客の多くは展示を一瞥(いちべつ)するだけだった。しかし今では、「大半の若者はガイドを雇い、鄧氏に関する私たちの個人的なエピソードを注意深く聞いている」という。

施設やサービスの改善、創意工夫をこらした土産品、ITの活用のおかげで、若い世代にとっての「赤い史跡」の魅力が増している可能性はある。しかし一部では、成長の主因は国家の誇りやアイデンティティーを重視する姿勢の強化だとの声も上がる。

チャン氏は「最近の若者は我が国に対する誇りや自信を深め、より強く国に自己同一化している」「彼らは中国が貧困国から今の姿になった過程を学びたがっている」と話す。


北京近くの「赤い史跡」で中国共産党の入党の誓いを口にする党員/Steven Jiang/CNN

「レッドツーリズム」の暗い側面

自国の歴史を学ぶ機会は世界のどの地域の観光客にとっても大きな魅力だが、この場合にひとつ異なるのは、「赤い史跡」が一方的な説明にほぼ終始している点だ。

批判的な向きからは、こうした史跡が共産党指導者の忍耐や輝かしい勝利を重視するあまり、時に壊滅的な規模となった数々の失敗を見落とし、史実の歪曲(わいきょく)まで行っているとの指摘が上がる。

「中国政府が商業面と思想面の両方の目的でレッドツーリズムを宣伝したがっているのは確実だ」。香港の大物政治コメンテーターで、国際関係を扱う企業グローバル・ラーニング・オフィスを創業したサイモン・シェン氏はそう語る。

「レッドツーリズムは愛国教育の核となる分野だとみられている。それがどれだけ効果的なのかは別問題だが」

ただ、香港の研究者リー氏は、市民の「教育」の手段として史跡や観光名所を利用するのは中国に限った話ではないと指摘。中国に足りないのは洗練されたマーケティングだと語る。

たとえば、北京にある「中国人民抗日戦争記念館」では、1930~40年代の日中戦争で共産党が払った犠牲に重点が置かれ、創建間もなかった党がいかにして国を勝利に導く「主役」になったかが語られている。

同記念館は公式サイトの歴史解説ページで、28年から49年まで中国を統治した国民党について、日本の侵略に立ち向かう意思が欠けていたと主張。国民党の「消極抗日」の姿勢を批判している。

これは中国本土外の多くの研究者が否定する主張だ。

湖南省韶山郷にある毛沢東の生家の前で列を作る観光客

スウェーデンを拠点とする独立中国PENセンターの事務総長、チャン・ユー氏は今月、米政府系放送局ボイス・オブ・アメリカとのインタビューで、「レッドツーリズム」は「巧みな洗脳」を通じて中国共産党の主張する真実を信じ込ませるのに効果的だと指摘した。

「(レッドツーリズムの)最も効果的な部分は、すべてがフェイクではないことだ」とチャン氏は説明。「こうした観光地は半分真実、半分うそだ。その最も重要な目的は、『共産党なしではこの国は終わりだ』と人民に信じ込ませることにある」としている。


北京にある「中国人民抗日戦争記念館」/Hannah Zhang/CNN

「レッドツーリズム」を貧困削減に活用

一方、英国に拠点を置くアイロンブリッジ国際文化遺産研究所の所長、マイク・ロビンソン氏は、中国政府が掲げる持続可能な開発という目標と、「レッドツーリズム」の伸びとの関連を指摘。地域社会には具体的な恩恵があると語る。

広安はその一例だ。鄧小平の旧宅は四川省では初めて、中国の観光業界で最高ランクに当たる「5A」の格付けを取得した。

2000年代初頭から改修や改良が続けられ、現在では博物館や湖、銅像のある広場を含む3.19平方キロの複合観光地になっている。

風光明媚(めいび)な景観や豊富な農産物とともに、広安の「レッドツーリズム」の魅力は地元企業の繁栄に一役買ってきた。

広安は17年、四川省で最初に絶対的貧困から抜け出した地域のひとつになり、19年には、人口50万人足らずの同地域に300万人以上の観光客が訪れた。

ロビンソン氏は「一応指摘しておくと、観光政策を動かすのは経済だ」と説明。「『レッドツーリズム』が農村再生や農業の多角化、地域生活の向上と密接に結びついているのは偶然ではない」と語る。

レッドツーリズムはまた、共産党が中国のすべてを担っていることを観光客と地元住民に絶えず想起させるものでもある。これはまさに、習氏が好んで口にすることだ。

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