南極のアザラシ、氷河融解についての研究をアシスト

データ収集のための装置を装着したアザラシ/Courtesy Guilherme A. Bortolotto

2021.06.05 Sat posted at 13:35 JST

(CNN) 南極は地球の「サーモスタット」と呼ばれ、この惑星の複雑な気候システムを調整するうえで不可欠な役割を果たしている。

研究者らは現在、南極での環境の変化が世界の他の部分に与える影響を調査中。ただ、南極は遠隔地であることや気候の厳しさに加え、冬の気温がカ氏マイナス100度(セ氏約マイナス73度)を大幅に下回ることもあって、人間にとっては極めて過酷な環境だ。

そのため、英スコットランドのセント・アンドルーズ大学の海洋哺乳類研究ユニットは、「南極の主」の助けを借りることにした。アザラシだ。

全身を毛で覆われた水生哺乳類のアザラシは凍てつく気候の中でも元気いっぱいで、水深約910メートルまで潜水することができる。プロジェクトのリーダーの1人を務める海洋学者、ラース・ベーメ氏はそう指摘する。


世界第5の大陸である南極には多くのアザラシや海鳥が住む/Courtesy James Kirkham

研究チームはアザラシにセンサーを装着することにより、アザラシの習慣や生態系に関する洞察を得るとともに、南極海のアクセス不能な場所でデータを収集する。

世界各地の研究者はこうしたデータを頼りに、南極の環境やそれが気候変動に与える影響について知見を深めようと試みている。

動物のアシスタント

研究者らは2004年以来、南極各地から環境に関する情報を集める目的で、アザラシに追跡タグを取り付けてきた。ただ、南極大陸西部に位置するアムンゼン海(南極の氷河の中でも特に融解ペースが速いパインアイランド氷河とスウェイツ氷河がある)については情報がほとんどなかった。そこでベーメ氏は14年、チームを率いて同海のアザラシにタグ装着を行った。

今回のプロジェクトではウェッデルアザラシとミナミゾウアザラシに追跡タグを取り付けている

南極には6種のアザラシが住むが、海中深くまで潜るのはウェッデルアザラシとミナミゾウアザラシのみ。主にそれが理由で、これら2種がデータ収集のために選ばれたという。2種は海中ではシャチや他のアザラシの獲物になるが、地上には天敵がいないため、科学者は簡単に近づくことができる。「彼らは逃げたりしない」(ベーメ氏)

チームのメンバーは吹き矢でアザラシに鎮静剤を投与し、後頭部にスマートフォンほどの大きさのセンサーを接着。この過程でアザラシを傷つけたり社会生活に影響を与えたりすることはないと、ベーメ氏は指摘する。ただしアザラシの毛は毎年生え替わるため、1年後には装置は外れてしまう。

アザラシが海中を泳ぐ間、この装置はさまざまな場所の水深や水温、塩分濃度に関する情報を収集する。そしてアザラシが空気を求めて海面に浮上すると、人工衛星を通して「データプロファイル」が送信される。

2014年にプロジェクトが始まったとき、アムンゼン海付近について手に入るデータプロファイルは1000以下だった。アザラシの助けを借りた結果、今では南極大陸全域の数千カ所に2万を超えるデータポイントがある。

温かい水の中で

英イーストアングリア大学で環境科学の博士号取得を目指すイエシー・ゼン氏は、パインアイランド氷河の融解状況を調べるため、アザラシによって2014年にアムンゼン海で収集されたデータを活用している。

これまで、棚氷の下の水深450メートル付近で流出した「融解水」はそのまま、深海の薄暗い「トワイライトゾーン」にとどまるものと考えられていた。

しかし、今年3月に発表されたゼン氏の研究で、実際には一部の融解水が太陽光の届く海中の上層部に浮上していることが判明した。融解水は周囲の水に比べて3度近く温かく、塩分濃度が低いという特徴があり、海中でも簡単に追跡可能だという。

こうした温かい融解水は海中の下層から上層に移動することで、海面温度の上昇を引き起こし、海面の氷のさらなる融解を招く。さらに融解水は「ポリニヤ」と呼ばれる比較的温かいラグーンを形成する。

1992~2017年にかけ、南極では2兆7000億トンの氷が消滅した

海氷の融解は海水面の上昇につながるが、一方でポリニヤには環境にプラスな面もある。

融解水には陸地の栄養物や鉱物が豊富に含まれていて、海洋の食物連鎖の基礎となる藻の成長を促す。

ゼン氏によると、ポリニヤの正確なサイズと数を特定するのは難しいものの、今回のデータが収集されたパインアイランド氷河の前では恒久的なポリニヤが形成されているという。

正確な予想

南極には世界の氷の90%、地球の淡水の80%が存在する。しかし1950年代以降、南極の気温は3度上昇し、2020年2月には観測開始以降で最高となる気温を記録した。気温の上昇は氷の急速な減少を引き起こしており、1992~2017年の期間には2兆7000億トンの氷が消滅。そのペースはますます加速している。

科学者は氷の融解が世界の環境に連鎖反応を及ぼすことは把握しているものの、具体的な影響については議論や不透明な部分が多々ある。たとえば、極地方の氷融解や温暖化した海水の拡大により、海水面は今後100年で上昇するとみられているが、上昇幅の試算は将来の温暖化ガス排出量がどの程度になるかに応じ、約0.3~2.4メートルとばらつきがある。

ゼン氏のようにデータ収集と分析にアザラシを活用することで、こうした予想を絞り込み、研究者がより正確に状況を把握する助けになる――。ベーメ氏はCNNの取材にそんな期待を口にした。

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