(CNN) 米ミシガン州ウェイン郡の裁判所で5月28日、1人の新任弁護士の就任式が行われた。スーツ姿のエドワード・マーテルさん(43)は、ブルース・モロウ判事の前に立ち、片手を挙げてミシガン弁護士会の弁護士に宣誓就任した。
16年前、同じウェイン郡の裁判所で、マーテルさんはモロウ判事の前に立ち、コカイン販売と製造にかかわった罪を認めていた。
当時27歳だったマーテルさんは、麻薬のおとり捜査で逮捕・起訴され、20年の禁錮を言い渡される可能性もあった。ところが思いもかけず言い渡されたのは、3年の執行猶予と励ましの言葉だった。この言葉がマーテルさんの人生を変えた。
「モロウ判事は変わった人だとすぐに気付いた」とマーテルさんは振り返る。「法廷に入って見ていると、彼が被告人を本当の人として扱っていることに気付いた。ああ、この裁判官は違う、と思った」
モロウ判事からかけられた言葉は一生忘れないとマーテルさんは言う。「あなたはこんな所でドラッグを売っている必要はありません。あなたは素晴らしいものを持っています。課題を出しましょう。フォーチュン500社のCEO(最高経営責任者)になりなさい」
裁判所を出たマーテルさんは、変わる決意ができていた。人生のもっと幸せな章に向けて。
その日以来、モロウ判事はマーテルさんに寄り添ってきた。自分の電話番号をマーテルさんに教え、「君がやっていることを知りたい。君の人生に私を居させてほしい」と告げた。モロウ判事はCNNの取材に対し、「私はエド(マーテルさん)にチャンスを与えた。誰もが偉大な人間性をもって大切に扱われる価値がある」と話した。
マーテルさんは定期的にモロウ判事の法廷を訪れるようになった。一緒に昼食をとり、何時間も会話してお互いのことを話し合った。
マーテルさんはメキシコ系で、シングルマザーに育てられた。家は貧しく、生活保護でしのぐ日々だった。初めて重罪で有罪判決を受けたのは13歳の時。2年後には別の重罪で有罪を言い渡され、その後高校は退学して家を出た。
モロウ判事に出会うまで、麻薬密売が人生の全てだった。「たくさんの裁判官の前に立った。少なくとも20人は」(マーテルさん)
モロウ判事はマーテルさんのコミュニティーカレッジ入学から、デトロイトマーシー大学の奨学金獲得、クラスでトップの成績での卒業に至るまで、成長を見届けた。
マーテルさんは同大ロースクールに進学して奨学金を受け取った。弁護士としての道徳心を問う人格・適正審査では、モロウ判事が証人になった。応援してくれる人を見つけ、自分の信念をつづった願書を提出し、合格を通知されたときは「赤ん坊のように泣いた」という。
2度目の挑戦で司法試験を突破したマーテルさん。ゴールは目前だった。
宣誓就任式当日。母親やきょうだい、自分の子どもたちを伴ってモロウ判事の法廷に足を踏み入れたマーテルさんは、こみあげてくる感情を抑えるのに必死だった
モロウ判事は言う。「私たちは2人ともものすごく幸せでものすごく興奮していたが、全然たいしたことではないかのように、冷静さを保とうと努めた」「もしエドが口紅をつけていたら、両耳に口紅の跡が付いたはずだ。それくらい大きな笑顔を浮かべていた。あの顔は一生忘れない」
簡単なスピーチの後、マーテルさんは宣誓就任した。判事とかつての犯罪者は、互いを抱きしめて涙を流した。