米国で多発するアジア系住民襲撃 識者の見解は

米国でアジア系住民への襲撃が相次いでいることについて、声をあげる人が増えている/Bruce Cotler/ZUMA Press

2021.04.03 Sat posted at 18:30 JST

(CNN) ホセ・アントニオ・バルガス氏には、一度聞いて以来ずっと耳の奥で鳴り続けている言葉がある。

「誰も来なかった。誰も助けてくれなかった。誰も動画を撮影していなかった」

これはフィリピン系米国人ノエル・キンタナ氏(61)の言葉だ。キンタナ氏は2月3日にニューヨーク市の地下鉄の車内で顔面を切りつけられる被害に遭った。

ジャーナリストであるバルガス氏は、自ら「デファイン・アメリカン」という団体を立ち上げ、ストーリーテリングを通じて移民たちが人間らしく生きられるようにするための活動を行っている。

バルガス氏は、アジア系米国人は長年、米国内で「インビジブルの中のインビジブル(一見しただけでは非白人と分からない、非常に目立たない人種)」と見られていると感じており、キンタナ氏の発言でそれが浮き彫りになったと考えている。

アジア系米国人は今、米国で最も急増している人種・民族であり、20カ国以上にルーツを持つ2000万人で構成されているにもかかわらず、彼らの多くが米国で経験する(人種)差別や格差は見過ごされることが多い、とバルガス氏は指摘する。しかし、最近アジア系住民を標的とした襲撃事件が相次ぎ、この問題に関心を寄せる人が増えており、状況は変化し始めている。

新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的大流行)が始まって以来、アジア系米国人たちが直面している人種差別が広く認知されるようになったことは重要な一歩だと、彼らの支援者や専門家は評価するが、一方で、一部の人々の間で別の問題が浮上している。それは「今後取りうる最善策は何か」という問題だ。

アジア系米国人への憎悪に反対するメッセージを掲げるデモ参加者

人種ヒエラルキーの中で独特な立場にあるアジア系米国人

現在の問題を理解するには、米国の人種ヒエラルキー(階層)におけるアジア系米国人特有の立場を認識することが重要だ。

「1850年代に最初の中国人が米国に到着した瞬間から今日に至るまで、アジア系米国人は、白人ではないが、黒人でもないと考えられてきた」と語るのは、カリフォルニア大学アーバイン校の政治学、アジア系米国人研究の教授クレア・ジーン・キム氏だ。

このアジア系米国人特有の立場が、いろいろな意味で彼らに有利に働いてきた、とキム氏は指摘する。

アジア系米国人は、アフリカ系米国人ほど歴史的に差別待遇を受けてこなかった。つまり、彼らはアフリカ系米国人が経験してきたような構造的障壁や不公平にも直面しなかったということだ。一般にアジア系米国人は、他の人種よりも収入が高く、大学の学位取得率も高いが、そのデータを詳しく見ると、微妙に違った実態が浮き彫りになる。

そして、アジア系米国人は米国の政治や大衆文化の中でさほど目立たないのは確かだが、目立たないからこそ、監視されたり、疑念を持たれることもなく、その結果、黒人、ラテン系住民、先住民のように警察の暴力によって殺害されずに済んだ、とキム氏は指摘する。

ロサンゼルスの中華街近くの集会に参加してアジア系米国人への暴力反対を訴える人

だからこそ、危機の時に標的になる

それでも、アジア系米国人が歴史を通じて差別や憎悪を経験してきたことは紛れもない事実だ。アジア系米国人は外国人とみなされることが多いため、これまでも国が緊張状態あるいは危機的状況の時に統一的に標的にされてきた。そして今日もこのパターンが再び繰り返されている。

1800年代後半、中国の労働者は米国の経済的衰退のスケープゴートにされ、米国への移住を禁じられた。また第2次世界大戦中、日系米国人は「背信的」とのレッテルを貼られ、一斉に強制収容所に収容された。

1980年代には、中国系米国人の男性が日本人と間違えられ、日本のせいで自動車関連の職を失ったと考えた2人の白人男性に殺害された。

また2001年9月11日の米同時多発テロ以降、イスラム恐怖症の波に飲み込まれた人々の中には南アジア人も含まれている。

さらに、パンデミックが始まって以来、無数のアジア系米国人が、せきや唾(つば)を吐きかけられるなどの嫌がらせや暴行の被害に遭っている。

オークランド警察の警官が市内の中華街周辺の店舗を訪れる

AAPI(アジア・太平洋諸島系)プログレッシブ・アクションの議長であり、アジア系米国人健康研究センター(AARCH)の所長を務めるトゥン・グエン氏は、アジア系米国人は「目立たせないという人種差別を受けている」と言う。

グエン氏は、あらゆる事象からアジア系米国人が目立たぬ存在であることが分かるという。相対的少数者の成功により他のサブグループが感じる明らかな不平等が隠れてしまうという「モデルマイノリティー(見本となる少数派)」の俗説もその一例だ。

アジア系米国人は不利益を被ることのない部外者とのイメージによって、彼らは許容可能な標的とみなされ、さらにそういったイメージがここ1年間に見られた一連の暴行事件の一因となっている、とグエン氏は指摘する。

声を上げる若者たち

アジア系米国人に対する暴力への関心が高まっている点についてはさまざまな要因が考えられる、と専門家らは指摘する。

1つは、米国育ちの若い世代のアジア系米国人は、米国に移住してきた彼らの両親がかつてそうであったように、沈黙するつもりはないということだ。

バルガス氏は「年配の両親、叔父、叔母、祖父母は黙っているかもしれないが、彼らの子ども、おい、めい、孫たちは黙っていない。なぜならわれわれはオンラインで活動しているからだ」とし、さらに「われわれはハッシュタグの使い方を知っている」と付け加えた。

ソーシャルメディアによって、人々を動揺させるような暴力事件の映像を誰もが視聴可能になり、その映像が広範囲に広まる一方で、より多くのアジア系米国人ジャーナリストたちもそれらのニュースの拡散に一役買っている。

オークランドの中華街で犯罪抑止の告知を貼る地域活動グループのメンバー

解決策で意見が分かれる

アジア系米国人に対する憎悪や暴力の問題に関して、彼らの支援者や活動家たちは、より多くの議論や注目を求めていくことでおおむね一致しているが、問題解決の最善策については意見が分かれているようだ。

グエン氏は、現在の主な争点は、アジア系米国人の活動単独でアジア人に対する人種差別の問題解決を図るべきか、あるいは、アジア人に対する人種差別はより大きな人種差別の波の一部なのかという問題だ、と指摘。後者であるなら、その解決策もアジア系米国人だけが関心を持ち、行動するだけでは不十分ではないかという話になる、と説明する。

この点について一部の活動家たちは、今、多くのアジア系米国人が感じている公共の安全に関する脅威は、失業、住居に関する不安、所得格差などの構造的問題が原因であるとし、この脅威に立ち向かうには、他の人種と連携しながら問題解決を図る必要があると主張する。

グエン氏も「一般的な人種差別や黒人差別の問題に取り組まず、アジア人差別の問題のみを解決しようという考えは間違っている」と付け加えた。

バルガス氏は、自身がこれまでに見てきた取り組みに勇気づけられているという。人種の垣根を超えた数百人のボランティアが、高齢のアジア系米国人に付き添って彼らの安全を守ったり、多くのコミュニティーが地方レベルで結集し、コミュニティー同士の結束を表明している。

バルガス氏は「必要なのは、インターセクショナリティー(交わり・共通性)を実行に移すことだ」と述べ、さらに次のように続けた。

「実際に互いに守り合うとはどういうことか。誰かの隣人になるとはどういうことか。これらは基本的な質問に思えるだろうが、米国を誰にとってもより安全な国にするために、われわれ全員がこれらの基本的な質問に答える必要がある」

バルガス氏は、アジア系米国人が長年直面してきた憎悪や暴力の歴史について議論する人が増えることを願っている。しかし、今後の動向が極めて重要であるとバルガス氏や他の支援者らは口をそろえる。なぜなら、現時点の各コミュニティーの対応の仕方次第で、アジア系米国人(やその他の人種)が今後も人種差別の問題に直面し続けるか否かが決まる可能性があるからだ。

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