言語の絶滅、救えるか 語学アプリで探る保存の道

ネットから締め出されつつある少数言語について、絶滅の危機が叫ばれている/Justin Sullivan/Getty Images North America/Getty Images

2019.12.29 Sun posted at 10:55 JST

ピッツバーグ(CNN Business) 国連によると、現在世界で話されている7000の言語のうち、およそ4割が消滅の危機に瀕しており、消滅する言語は年々増えているという。

かつて、インターネット革命が言語の消滅を助長するとの懸念が広がった。今後、開発者やスマートフォンメーカーが少数言語のサポートへの投資に積極的に取り組まなければ、それらの言語を話す人々は重要な通信手段から遮断され、言語自体も過去の遺物と化してしまうだろう。

現在、一部の教育者や活動家らが、最先端技術を使ってオンライン上で少数言語を教えたり、保存する新たな方法を模索している。

アイルランド・ダブリン出身のノア・ヒッグス氏(23)もその1人だ。ヒッグス氏は17歳の時、言語学習アプリ「デュオリンゴ」を使ってフランス語の学習を始め、ふと、同アプリの開発者らは、アイルランド語のサポートの追加を検討しただろうか、と考えた。

2013年はじめの時点でデュオリンゴが対応していた言語はわずか5つだった。そのうち話す人が最も少ないのがイタリア語で、現在、全世界でイタリア語を話す人は推定6790万人だ。それに対し、アイルランド語を話す人は、18世紀のピーク時でも推定で400万人にすぎず、現在に至っては120万人前後しか存在しない。

ヒッグス氏は、デュオリンゴにアイルランド語のサポートを要望するメールを送ったが、「返信はなかった」という。

しかし、ヒッグス氏のメールは無視されたわけではなかった。米ペンシルベニア州ピッツバーグにあるデュオリンゴの本社では、「変化」が起きていた。その後5年間に、同アプリが対応する言語の数は30を超え、その中には世界で最も消滅の危機に瀕している言語の一部も含まれている。

言語学習アプリ「デュオリンゴ」を共同で立ち上げたルイス・フォン・アン氏

発明と再発明

デュオリンゴは、言語学習がゲーム化され、簡単に学ぶことができ(さらに無料であれば)、他の学習法に挫折した人でも続けられる、とのアイデアの下に開発された。スマートフォンとウェブのどちらでも利用可能で、ユーザーはわずか5分間のレッスンの中で、単語学習、短文の翻訳、会話や聞き取りの練習を行う。レッスンを終了するとポイントが与えられ、日、週ごとのランキングが発表される。

デュオリンゴの共同創設者ルイス・フォン・アン氏は、カーネギーメロン大学で教鞭(きょうべん)を執る傍ら、教え子である大学院生のセヴェリン・ハッカー氏と共同で同社を立ち上げた。フォン・アン氏はグアテマラ、ハッカー氏はスイス出身で、ともに米国で勤務しているが英語が母語ではない。しかし2人は、語学学習の機会を得ることにより、どれだけ収入がアップするかを身を持って体験していた。そこで両氏は、他のウェブサイトに翻訳サービスを提供することによって収入を得る無料の言語学習アプリを開発したいと考えた。

当初は、ネット上のコンテンツを翻訳しながら言語が学べるというのが同アプリのコンセプトだったが、この翻訳サービスを収入原とするビジネスモデルは長続きしなかった。人工知能(AI)が最もコストの安い選択肢として急速に人間の翻訳者に取って代わりつつあることに2人の共同創業者が気付いたからだ。

そこで2人は方針を転換し、言語学習に特化することにした。

同社は当初、潜在的なリーチやユーザーベースが最も大きく、収益性が最も高い言語に重点を置いた。この戦略が功を奏し、同社は、コースやプレミアム会員向けディスプレー広告の販売やさまざまなパートナーシップの構築により利益を上げた。

ヒッグス氏のメールは、まさに絶好のタイミングでデュオリンゴに届いた。当時、同社の一部の社員が、英語やスペイン語などの主要言語に特化する方針に疑問を抱き、プログラムを拡大し、より小規模な言語もサポートできないか検討している最中だった。

また、デュオリンゴに特定の言語の追加を要望するメールを送ったり、ある言語よりも別の言語を優先した開発者を非難するという行動に出たのはヒッグス氏だけではなかった。開発チームには、やり方さえ教えてくれればボランティアで新しい言語の学習コースを作成してもいいという申し出が殺到した。

アイルランド語で書かれた道路標識

そこで、デュオリンゴは2013年10月に、誰でも言語学習コースの作成を始められる新プログラムを立ち上げた。しかし、その時でさえ、コースを作成するインキュベーターは当初、少数言語ではなく新たな主要言語(ロシア語が初期の候補だった)を追加するための手段と考えられていた。

しかし、ヒッグス氏の心からの嘆願にデュオリンゴの創業者は心を打たれ、ついにアイルランド語はデュオリンゴに追加された初の絶滅危惧・少数言語となった。

その後、アイルランド語コースの受講者は増加し、デュオリンゴのデータのよると、2016年までに受講者数は数百万人に達し、アイルランドの総人口を上回った。現在、同コースの週間アクティブユーザー数は94万人を超えている。

ダブリンシティ大学のラーニングテクノロジストで、デュオリンゴのアイルランド語コースの作成者の1人でもあるオイシン・オードイン氏によると、学校で語学を学んでいる生徒らが、補助教材として同アプリを使い始めており、アイルランド語コースは、特に米国でアイリッシュディアスポラ(アイルランド島外に移住したアイルランド人)たちが利用しているおかげで大成功しているという。

絶滅危惧言語への新たなアプローチ

これまでデジタル革命は、多くの絶滅危惧言語に「とどめを刺す」恐れがあると考えられてきた。ハンガリー人の言語学者アンドラーシュ・コルナイ氏によると、デジタル界の言語の消滅は、ある言語がデジタルの世界から「はじき出された」時、すなわち、その言語がスマートフォンなど、日常のデジタル生活の中で使用できない時に起こるという。

デュオリンゴでウェールズ語コースの作成に携わる語学教師のジョナサン・ペリー氏は、「ウェールズ語のような少数言語でも、コミュニケーションの手段として利用でき、かつ現代の電子機器上で使用可能であると人々が認識することが非常に重要」と指摘する。

当該の国や地域で、危機に陥る言語の地位向上に取り組むことが重要だという

デュオリンゴは、2013年にアイルランド語コースを公開して以来、世界共通語として人工的に作られたエスペラント語をはじめ、ウェールズ語、ハワイ語、ナバホ語を追加し、現在、ハイチ語、スコットランド・ゲール語、ラテン語、イディッシュ語の追加に向けた準備を進めている。

また、デュオリンゴが言語を追加すればするほど、より多くの潜在的ユーザーが同アプリ(やその広告)に触れることになり、新言語の追加はビジネスの観点から見ても理にかなっている。さらに、少数言語や継承語のコミュニティーはユーザーベースとして他のサービスとの競合が少なくてすむ。フランス語やスペイン語など、学習アプリが数多く存在する主要言語ではこうはいかない。

認知度と実行可能性

では、実際にデュオリンゴは効果があるのか。

学習効果については、絶滅危惧言語や少数言語の場合、評価が特に困難だ。しかし、仮にデュオリンゴが数百万人のハワイ語を話せる人を生み出せなくても、ある言語がデュオリンゴ上に存在しているだけで役に立つことは他にも数多くある。

例えば、言語としての存在が認められ、尊重されることは、絶滅危惧言語の保存・普及にとって極めて重要だ。一般に、少数言語や絶滅危惧言語が消滅の危機に瀕しているのは、その言語が存在する国やコミュニティにおいて過小評価されているためだ。それらの言語の地位を高める何かがあれば、その言語の保存に大いに役立つだろう。

アイルランド語コースの作成者のオードイン氏は、「(デュオリンゴを利用することで)人々がすらすらと話せるようにならなくても、その言語の認知度の向上という点で非常に有益であり、それこそが極めて重要」とし、「言語の使用を促進する上で最も重要なのは、(その言語の)地位とサポートだ」と付け加えた。

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