混沌の中の静寂 モロッコの宗教学校を巡る旅

かつて高等教育の中心地でもあった「マドラサ」だが、いまでは観光施設として開放されている

2017.10.01 Sun posted at 19:43 JST

(CNN) モロッコ北部の観光都市フェズ。市場の雑踏のなかでは、広々とした空間や静けさを確保するのは難しい。だがイスラム教の宗教学校マドラサはモロッコで数世紀にわたり、思索のための静かな場所を提供してきた。

記者が学校の静かな中庭に座りその文化に浸ると、モロッコ有数の歴史を持つイスラム法学校「ブーイナニア」の驚くべき建物に感嘆の念を感じた。

大理石の床は、モザイクのタイルによる壁へと変化し、さらに精緻(せいち)なしっくい仕上げや彫刻を施した木製の日よけへと変化していく。線形のモチーフや幾何学模様、イスラム書道によって彩られた建物は特筆すべきものだ。

建築の中にはシンプルな装飾が心地よいものもあるが、モロッコの歴史的なマドラサは、複雑なデザインを幾重にも重ねることで見る者を魅了する。

モロッコ中部フェスにもマラドサがある

こうしたマドラサの多くは現在ではもう教育の拠点となっておらず、観光客向けに開放されている。その重要性は建築の美しさだけにとどまるものではない。12世紀にアラブ諸国で広まって以降、マドラサはモロッコ国内の高等教育にとって鍵となる施設だった。

カリキュラムの中心となっていたのはイスラム教の聖典コーランだ。人口の約99%がイスラム教徒のモロッコでは、若い学生がコーランを暗記しイスラム法の詳細を教わる場所であるマドラサが尊敬を集めていた。学生はこのほかアラビア語の文学作品や論理学、数学も学んでいた。

マドラサは慈善団体の資金援助を受け、生徒に無償で教育を提供。建物の上層階は学生寮となっていた。20世紀になるとマドラサとは違い女性も教育を受けることができる西洋式の大学が普及するなか、権威を失っていった。

記者はモロッコで、フェズのブーイナニア、中部マラケシュのベンユーセフ、北部サレのアブアルハサンの3大マドラサを訪れた。いずれも1300年代に、イスラム教スンニ派のマリーン朝の時代に創設されたものだ。

観光都市フェズの町並み

マリーン朝は1248年にフェズを首都とした。ブーイナニアが建てられたのはその約1世紀後。フェズの旧市街に膨大な費用を投じて建設された。現在は国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産に指定されており、モロッコ有数の観光地になっている。

来訪者や行商人でごった返すフェズにあって、ブーイナニアは一種の避難所となっている。真ちゅう製の巨大なドアから中に入ると、静けさに包まれる感覚を覚えた。

3大マドラサはいずれもムーア建築の流れを強くくむものだ。壁はムーア建築の代名詞とも言えるモチーフや装飾タイルで彩られている。装飾を施していない場所はほぼ皆無のように見える。柱や壁、ドア、床、窓、アーチ、天井はいずれも芸術品だ。

記者がアブアルハサンを訪れると、入り口を管理する高齢の男性以外は誰もおらず、驚いたことに華麗な空間を独り占めした状態だった。観光地のただ中にあるブーイナニアやベンユーセフとは異なって、このマドラサは周囲から隔絶されており、観光客から見過ごされがちだ。

天井の装飾も美しい

サレは大西洋沿いの古い城塞(じょうさい)都市で、首都ラバトからはブーレグレグ川で隔てられているのみ。アブアルハサンは狭い路地の奥、学校やモスク(イスラム教礼拝所)の裏手にある。ベンユーセフやブーイナニアに比べかなり規模が小さいが、偉大さでは劣らない。

記者が天井に頭を向けると2階の窓から光が流れ込み、床や無数の柱を飾る色鮮やかなタイルに反射していた。

ベンユーセフはモロッコで最も有名で訪問客が多いマドラサであり、こうした一人きりのぜいたくは味わえなかった。記者がマラケシュ旧市街の雑踏のなか、曲がりくねった路地の奥のマドラサにたどり着いた際は、少なくとも100人が押し寄せていたはずだ。

だが中庭に足を踏み入れると、周囲の喧噪(けんそう)は消えた。マドラサは記者がこれまでに見た中で最も壮麗な人工空間だった。周囲の訪問客はいずれも建物を間近で観察して言葉を失い、指でその表面をなぞったり、複雑精妙なデザインに感嘆したりしていた。

こうした豪華な空間の中で集中するのは生徒にとって容易なことではなかっただろう。授業が行われなくなって久しい今日でも、マドラサは依然として学びの場であり続けている。現在のカリキュラムは「美」だ。

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