チベット自治区ラサ(CNN) チベット自治区の中心都市ラサの夜明け。静寂を破るのは巡礼に来た仏教僧の優しい声だけだ。チベット仏教の聖地であるジョカン寺では、冷たい敷石にひれ伏して祈ったり、寺の周囲を時計回りに歩いたりする人々の姿が見える。空気中にはお香の匂いが濃く漂う。
こうした朝の静寂とは裏腹に、チベットは激動の歴史を経てきた。北京の共産党政府は1951年からチベットを掌握。中国の統治に対する反乱が59年に挫折した後、チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世はインドに逃れた。
残ったチベット族の間では抵抗感情がくすぶり、時には大規模な蜂起に発展した。活動家らによれば、2009年3月以降、140人以上が抗議の焼身を行ったという。
中国政府はチベットのこうした側面を部外者に見せたがらない。中国政府はすべての外国人旅行者に対し入境許可証の携帯を義務づけているほか、時には数週間にわたり入境を禁止することもある。記者の訪問はめったに許可されない。
だが昨年9月初旬、CNNなど少数の報道陣は5日間にわたり自治区に招かれた。CNN取材班がチベット訪問を許可されるのは2006年以降で初めて。一方、孤立国家と言われることが多い北朝鮮には同時期に十数回にわたり訪問している。
滞在中は政府の世話役による監視の目が始終光っていた。議論を招きそうな場所には近づけず、踏み込んだ質問もできない。
チベット自治区のペンパ・タシ副主席と会見した際は、難しい質問も投げかけることができればと思っていた。だが、チベットの誰もが幸せで満足していると同氏が80分間にわたり一方的に話すなか、取材班は黙って聞き続けることを余儀なくされた。
インドとの国境沿いにあるニンティでは仏教僧院を訪問したいと要請したが、近くに僧院はないとの答えだった。だが少し検索しただけでも、僧院の写真を掲載した中国国営メディアの2週間前の記事が出てきた。
チベットの日常生活を追っている人々にとっては、抗議活動は再燃する一歩手前だ。国際人権団体アムネスティ・インターナショナルの東アジア担当責任者、ニコラス・ベクリン氏は「チベットは、政治的・宗教的な抑圧が最も厳しい中国の地域のひとつだ」と指摘する。
緊張の主な要因となっているのは漢族の流入をめぐる懸念だ。研究者によると、1964年にチベットにいた漢族はわずか3万9500人。人口の3%以下だった。2010年の国勢調査では、漢族の数は24万5000人となっている。
これは人口の10%以下だが、漢族の商人らは主にラサに住み、多くのビジネスを支配しているほか高給の仕事を独占。チベット族の怒りを強める結果となった。
中国政府はチベットを変革するため、インフラなどを中心に多額の投資を行ってきた。取材では、ラサとニンティをつなぐ多車線の新高速道路が建設されているのを目撃した。取材班は泥だらけの、穴の開いた道路を小型バスで進んだが、高速道路が完成すれれば、9時間の移動時間が半分になるという。
多くのチベット族は依然として極めて貧しく、こうした改善を歓迎している。ただ、負の側面もある。伝統的な遊牧民の生活様式が消滅しつつあるのだ。チベット族は漢族ほど成長の恩恵に浴していないとの不満の声も上がっている。
ラサでのある午後、取材班は昼休みの間に政府の世話役を後に残し、滞在先のホテルからそう遠くない裏通りに入っていった。
そこで会ったのは、1度も学校に通ったことがないと語るチベット族の29歳の労働者だ。男性は以前より収入は増えたとしつつも、漢族の同僚に比べると少ないと不満を漏らした。全く同じ仕事やっている場合でも、チベット族の給料は漢族の3分の2だという。
これはチベット族が直面するジレンマの一例だ。そこでは中国政府の統治をめぐる不満と今より楽な暮らしを求める思いが交錯している。
チベットを訪れる中国人観光客が増加するなか、多くのチベット族は自分たちの文化が脅かされているとも感じている。国営メディアによると、去年の観光客数は1700万人と10年前に比べ急増した。当局者によれば、2020年までには3500万人に増加する見込みだという。
ニンティでは世話役から新たに建設された村に案内された。チベット風の外観を持った店舗やレストランが配置される見通しで、近く観光地としてオープンすることが予想されている。村を建設したのは中国企業。入居する店舗の大半も中国系となる見込みだ。
この場所には長年、チベット族の居住地があったが、村民たちは強制移住させられたという。当局者によれば、村人たちも望めば菓子や茶の販売が許される見通しだという。
CNN取材班は、政府の補助金で小さな農場を改修して観光客用のゲストハウスにした女性にも話を聞いた。政府の世話役が取材班の背後を歩き回り、女性の答えをメモに取っていた。
経済開発や漢族の流入がチベット文化に負の影響を及ぼしていると思うかとの質問に対し、 女性は気まずそうな笑みを浮かべるばかりで、分からないと答えた。
この女性のように言葉が少なくなるのはチベットではごく普通のことだ。活動家らによれば、反政府的な発言をすればすぐに取り調べを受けるか、収監される可能性もある。
アムネスティ・インターナショナルのベクリン氏は、最大400人のチベット族が12年以降、宗教の自由の欠如や経済的な不平等に抗議して拘束されたと指摘。「平和的な方法ですら抗議の声を上げる場所が一切ない点は、今後もチベット社会に深い怒りを植え付けていくだろう」と述べる。