アメリカ杯、初優勝狙う英ランドローバー・BAR 躍進支える自動車技術

2014年に立ち上げられた英国のランドローバー・BARがアメリカ杯に挑む

2016.12.26 Mon posted at 17:57 JST

(CNN) 英国のセーリング五輪代表として活躍したベン・エインズリー氏が2014年、世界最高峰のヨットレース「アメリカ杯」に出場する自身のチームを立ち上げたとき、下馬評は高くなかった。

165年に及ぶアメリカ杯の歴史の中で、初出場で優勝した挑戦チームは2003年のアリンギ(スイス)だけだ。

1851年に第1回大会を開催した英国は、継続的に開かれている国際スポーツイベントとしては世界最古の大会であるアメリカ杯で一度も優勝したことがない。

だが、大会初出場となるエインズリー氏のチーム、ランドローバー・BAR(英)は2015~16年にかけて行われたワールドシリーズ(WS)で、アメリカ杯前回王者のオラクル・チーム・USA(米)やエミレーツ・チーム・ニュージーランド(NZ)といったはるかに歴史の長いチームを抑えて優勝。英領バミューダ諸島で来年行われる大会には優勝候補の一角として臨む見通しだ。

躍進の陰には何があるのか。

ニュースの見出しを飾ってきたのはエインズリー氏だが、舞台裏では技術者、空気力学者、デザイナー、セーラーから成る130人のチームが、自動車産業で培われた高い技術とコンセプトを実践した。

ランドローバー・BARの技術責任者を務めるリチャード・ホップカーク氏は、「突き詰めればベンと彼のセーリングチームの力だ。彼らはワンデザイン(単一規格型)セーリングボートの分野で一流の存在であることを示してきた」と述べる。

ランドローバーの持つ自動車の技術がカタマラン(双胴艇)の走りにも生かされている

英ケンブリッジ大学と米ハーバード大学を卒業したホップカーク氏は、下馬評を覆す術をよく知っている。

同氏は2007年、英マクラーレンのフォーミュラワン(F1)チームに所属してピットレーンで戦略担当を務めていた。一緒にチームを組んでいたのはルイス・ハミルトンという名の若手ドライバーだった。ハミルトンは翌年、23歳で当時としては最年少のF1年間王者になった。

ホップカーク氏は現在、ランドローバー・BARで25人のチームを統括。ウイングセール(硬質帆)がそびえる未来的なカタマラン(双胴艇)の走りの予測を試みている。

同氏はレーシングカーとボートの間には多くの共通点が存在すると指摘。「どちらの場合も、核となる物理法則と自分がデザインしているものの挙動を理解することが必要だ」と説明する。

同氏は、チーム内の幅広い分野にまたがる技術専門家らの間で緊密な協力関係が築かれていることに強い印象を受けている。

「お互いのやり取りの水準はF1で自分が経験したものよりもはるかに上だ。こうしたチーム内のやり取りがこの仕事のだいご味の一つだ」

エインズリー氏が英自動車メーカー、ジャガー・ランドローバーと提携関係を結んでいるおかげで、チームはWSに使用された全長45フィート(約13.7メートル)のカタマランを開発するにあたり、自動車用の技術を使うことが可能になった。

「AC50」のウイングセール(硬質帆)は旅客機の翼と同等の大きさ

開発されたカタマランは今回のアメリカ杯で使われる艇「AC50」の原型となった。ランドローバー・BARはボーナスポイント2点を上乗せした状態で、5月に行われる同大会の予選シリーズに臨む。6月の王者決定戦でオラクル・チーム・USAに挑戦する権利を奪取するのが目標だ。

ランドローバー・BARは1月末か2月上旬にも、自チームが使用するAC50を進水させる見通し。このAC50の最高速度は、セーリングの歴史の中で最速となる時速約55マイル(時速約90キロ)に達する可能性もある。

同艇のウイングセールはボーイング737型旅客機の翼と同じくらいの大きさで、炭素繊維で作られた軽量のカタマランの上に取り付けられている。カタマランにはフォイル(水中翼)が搭載されており、艇体を浮き上がらせ、波とぶつかることなく水上を滑走させる役割を果たす。

ジャガー・ランドローバーの熱空気力学部門で上級管理職を務めるイアン・アンダートン氏によれば、英南部沿岸の都市ポーツマスにあるチームの拠点では、ウイングセールのもたらす速度を「余すところなく引き出す」べく、技術者らが自動車開発で培った知識を応用してきた。

コンピューター制御されたウイングセールは同艇を推進させる動力源であり、次の6カ月で行う試験が重要になってくる。

バミューダ諸島の風はポーツマスよりも弱いとみられるため、試験艇はこうした新条件での競技に向け最適化されてきた。これは地元英国よりも大幅に風速が低い環境の中で艇が滑走する見通しとなることを意味する。

英ポーツマスにあるチームの拠点でテスト走行が繰り返された

アンダートン氏のチームはこの1年、さまざまな条件下でウイングセールと空気の流れがどのように動くかをシミュレートする洗練されたコンピューター分析を使い、0.1ノット単位から「少しずつ少しずつ速度を積み上げ」てきた。

こうしたわずかな高速化の積み重ねを経て、最終的にはアメリカ杯の優勝トロフィーである「オールドマグ」を初めて英国に持ち帰る快挙が達成されるかもしれない。

アンダートン氏は「あらゆる条件下で相手チームの平均速度をごくわずかでも上回ることができれば、優位にレースを進められる」と指摘。さらに、AC50は方向転換の際に止まる必要なく全コースを滑走することができるだろうとも付け加えた。2013年大会に出場したチームの艇にはこうした機能が備わっていなかった。

「我々はウイングセールから最適な反応を引き出すことに集中している」「目下、我々のあらゆる取り組みはこの点に注がれている」(アンダートン氏)

英国チームは技術に大きな焦点を当てているが、バミューダ諸島での挑戦には非常に人間的な要素も関わっている。

スタッフは半数がバミューダ諸島に移る見通しで、コミュニケーションが今よりさらに重要になりそうだ(この移動には機器を運ぶコンテナ42台、クレーン1基、艇2隻が含まれるほか、赤ちゃん6人など子ども30人を含む家族ら54人を新住居に住まわせることも必要になる)。

ポーツマスにあるランドローバー・BARの本部は引き続き、「司令部」としての役割を果たす見通し。そこで活用されるのはF1でも使われている通信システムで、バミューダ諸島のグレート・サウンドで試験艇2隻が滑走する様子を技術者や性能アナリストがリアルタイムで追跡することを可能にする。試験艇はセンサー190個以上とカメラ4台を通じ、本部にデータを送り返す仕組みだ。

福岡で開催されたWSの期間中、クルーが相撲部屋の稽古を見学した際の様子

エインズリー氏は、13年に米サンフランシスコで行われた第34回アメリカ杯で1勝8敗の状態から逆転優勝を果たしたオラクル・チーム・USAの一員だったものの、8000万ポンド(約115億円)のシンジケートを組んだ自身のチームを運営するのは全く異なる経験だった。

エインズリー氏は日本の福岡で11月に行われたWSを9戦4勝の成績で制した後、BARのウェブサイトの取材に、「新しいチームにとっては信じられないくらいタフな戦いだった」と述べた。

「対戦相手に比べて比較的短い時間でこうしたインフラを作り上げ、協力関係を構築しなければならなかった」

ホップカーク氏は「過去にアメリカ杯を初出場で制したのは1チームしかない。彼らは前回大会の優勝チームから鍵となるメンバーを起用することでそれを成し遂げた」「この種の技術をゼロから構築するためには多くの時間がかかる。また我々には非常に経験豊富な競争相手がいる。我々は謙虚な気持ちでやっている」と述べる。

ただ、もし初出場初優勝を成し遂げることができる人物がいるとすれば、それはエインズリー氏かもしれない。五輪で4個の金メダルを獲得したセーラーは史上わずか2人しかいないが、同氏はそのうちの1人。

「彼は信じられないくらい賢い人物であり、極めて才能あふれるセーラーだ。それに彼の周囲には素晴らしいチームがいる」。こう述べるのはアメリカ杯の最高経営責任者(CEO)、ラッセル・クーツ氏だ。クーツ氏はアメリカ杯の歴史の中で最も成功を収めた操舵手で、1995年大会と2000年大会、03年大会で14戦全勝を成し遂げた記録は誰にも並ばれていない。

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