母親の血液検査で胎児の疾患を判定 苦心の研究の舞台裏

妊娠中の母親の血液から胎児のDNAの解析が行えるという

2016.10.28 Fri posted at 18:16 JST

香港(CNN) デニス・ロー氏が現代医学を変えることになる発見をしたのは1996年秋、真夜中過ぎのことだった。

ロー氏は血液中に循環するDNAという「宝の山」を発見。これにより妊娠中の女性は将来、簡単な血液検査を行うだけで安全に胎児の遺伝的な状態を判断することができるようになるとみられる。最初期の段階でのがんの発見につながる可能性もある。

ロー氏はまず、胎児のDNAが母親の血漿(けっしょう)のなかを循環していることを発見。このDNAが胎児の健康状態を将来にわたり判断する手がかりになるとの見通しを立てた。

だが当初、医学界からは相手にされなかった。現在、李嘉誠健康科学研究所の所長を務めるロー氏は「性別判定にしか使えないと思われた」と振り返る。これでは応用範囲としてあまりに狭いうえ、倫理的な問題もはらんでいると専門家から見なされたという。ロー氏はそれでも研究を継続した。

母親の血液のなかに胎児のDNAが存在することを突き止めるロー氏の研究が始まったのは、英オックスフォード大学でのこと。ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)についての講義を聴き、世界を変える技術だと学んだ。

PCRはDNAの断片を数千本に増幅させるために使われる技術だ。ロー氏はこの最先端の技術の使い方を学び、すぐに応用法の研究を開始。より安全で、非侵襲的(手術などで生体を傷つけることがない)なダウン症の検査方法を開発するのが狙いだった。

母親の血液細胞のなかに胎児のDNAが存在することを突き止めたデニス・ロー氏

従来の検査方法では、妊婦は羊水穿刺(せんし)と呼ばれる施術を受ける必要があった。これは子宮内で胎児を取り囲む羊水から液体を抽出し、液中の細胞を検査してダウン症などの症状がないか判断するもの。母親の腹部から子宮に向かい大きな針を刺さなければならず、流産につながる可能性もあった。

ロー氏は「医者はなぜこれほど危険な施術を行うのか。母親の血液サンプルを採取するだけでも良いのではないかと考えた」と話す。

ただ、ロー氏が学生だった1980年代にはまだ、母親と胎児の血液は別々だと考えられていた。ロー氏は母親の血液細胞のなかに胎児のDNAが存在することを突き止めようと、8年がかりの研究に着手。だが、血液細胞に入り込む胎児の細胞はごく少数であることが分かり、打ち切りを余儀なくされた。

転機が訪れたのは1997年。香港が中国に返還されるとともに、ロー氏の研究でも突破口が開けた。ロー氏は香港に移る3カ月前、がん患者の腫瘍(しゅよう)に由来するDNAが患者の血漿中を循環しているのが発見されたとする記事を読んでいた。

これによると、科学者らは死んだ腫瘍の細胞からDNAが血中に放出されることを発見。血中循環腫瘍DNA(ctDNA)として知られる現象で、これにより非侵襲的な方法でがんを診断する道が開かれた。

ロー氏は「母親の体のなかで育つ胎児は、患者の体内で成長するがん細胞のようなものだと思った」「小さながんが目に見えるだけのDNAを放出するのであれば、胎児も同様なのではないか」と考えたという。

がん患者の腫瘍細胞に関する発見が、研究の突破口になった

母親の血漿から胎児のDNAを取り出す実験を行うと、最初の結果は驚くべきものだった。「自分の目を疑った。母親の血液中に探していた胎児のDNAは、8年間にわたって調べずにいた部分に存在した」と話す。初めからそこにありながら、ずっと隠れていたというわけだ。

ただ、ロー氏の発見が実際に応用されるまでには時間がかかった。ダウン症の検査に使うことができれば大きいのだが、というのが当時の医学界の反応だった。

ダウン症は胎児の21番染色体が1本余計にあることに起因する。従来は胎児から採取した細胞を調べることで診断を下しており、血液中に循環する細胞フリーDNA(cfDNA)を使った診断が可能だとは見られていなかった。

だが、ロー氏はこの見方が誤りであることを証明。2007年には、ダウン症を持つ胎児がお腹のなかにいる場合、21番染色体に由来する分子の数が母親の血漿中で増えることを示した。

ただ、血漿中に存在する胎児のDNAの数は非常に少ないため、分析データを作るためにこれを増殖させる必要があり、費用面から現実的ではないと見なされたという。

より安全なDNA検査の開発に向け、研究は続く

幸運なことに、08年に次世代遺伝子シークエンス解析が導入され、DNAの断片を短時間で大量に作り出せるようになった。ロー氏は11年、ダウン症を出生前に判定する血液検査を開発。現在90カ国以上の国でこの検査を受けることができる。

ロー氏は現在、極めて初期の段階でがんを発見する大人向けの血液検査の開発に取り組んでいる。「液体生検」と名付けられた手法で、がん細胞から血漿中に放出されたctDNAを探知。このDNAからがんの種類や進行状況を特定することが可能だとみている。香港ではすでに、1万人の中年男性がこうした検査を受けることができるようになっており、世界中で多くの命を救える可能性もある。

また、「液体生検」により臓器移植の際の拒絶反応を見極める研究にも着手。この方法を使い、死につつある臓器や組織から血中に放出されるDNAを探知できるようになった。

ロー氏によれば、次に焦点となるのは、母親の尿を使ったさらに侵襲性の低いDNA検査だ。出産後の胎児のDNAが母親の尿内に放出されていることはすでに確認しており、次なる「宝の山」に期待を寄せている。

このサイトでは、利用状況の把握や広告配信などのために、Cookieなどを使用してアクセスデータを取得・利用しています。これ以降ページを遷移した場合、Cookieなどの設定や使用に同意したことになります。Cookieなどの設定や使用の詳細、オプトアウトについては詳細をご覧ください。