若手映画監督が描く香港の近未来 希望か絶望か

映画「十年」を構成する短編を手掛けた監督ら。右から伍嘉良氏、歐文傑氏、周冠威氏

2016.03.20 Sun posted at 19:28 JST

香港(CNN) 英国総領事館の前で焼身抗議する女性、地元の政治家を暗殺して支配の拡大を図る政府、禁書を扱ったとして書店を攻撃する「少年親衛隊」——。香港に対する中国当局の締めつけ強化が懸念されるなか、2025年の香港を描いたとする映画「十年」が、多くの観客を集めている。

「十年」はボランティアが中心になって制作した低予算映画だ。昨年暮れに公開された当初はアート系映画館で単館上映されただけだったが、世界的なヒットを記録しているSF映画「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」を上回る興行成績を上げた。

この成功により「十年」の上映は、香港全土に拡大。制作陣は海外の配給会社との交渉も進めている。監督の一人である伍嘉良氏(34)はCNNの取材に対し、「これほどの反応は予想していなかった」「香港の多くの人に響くものがあった」と話す。

「十年」がヒットするなか、香港では中国の指導者に批判的な本を出版していた書店関係者らが相次いで失踪。釈放を求めて数千人が街頭で抗議する事態に発展し、緊張が高まった。

香港警察は今月6日、失踪した5人のうち呂波氏と張志平氏の2人が香港へ戻ったと発表した。両氏とも政府や警察によるこれ以上の支援を望まないと表明し、詳細については語ろうとしなかったという。伍監督は「香港のことを本当に心配している」と話す。

「十年」は2025年を舞台にした短編映画数本で構成されている。なかでも衝撃的なのは「自焚者」で、英国総領事館の前で女性が焼身抗議する場面で始まる。

中国当局に拘束された書店主の釈放を求め、数千人が街頭で抗議の声を上げた

監督の周冠威氏(36)はこの短編について、観客にショックを与え、現状を変えるための行動を促すのが狙いだと主張。「香港は長年、民主主義のために戦ってきたが、嘘を教えられてきた」と話す。

焼身抗議は中国当局の支配に抗議するチベット族らの間で広がった手法だ。周監督は、早急な変化がない限り、香港市民も同じような悲惨な状況に直面することになると懸念する。また、14年に香港の一部を占拠しつつも行政府から譲歩を引き出せなかった民主化運動「雨傘運動」に関しても、具体的な成果は上げられなかったと指摘。「香港市民はもっと貢献し、もっと犠牲を払わなければならない」と述べる。

「本地蛋」や「方言」などの他の短編は、中国本土への接近が強まるなか香港のアイデンティティーが失われていくことへの思いを扱ったものだ。「方言」では、北京語の運用能力を求める一方、地元の広東語を話す住民を排斥する規制が導入されたことを受け、働けなくなったタクシー運転手が描かれている。

監督の歐文傑氏(34)は、脚本家としての自身の体験から着想を得たと話し、「広東語を守る人は誰もいない」と述べる。元々は広東語で香港映画の脚本を書いていたが、商業的な圧力が強まるなか、中国との共同制作のために北京語を使わざるを得ない場面が増えているという。

歐監督の懸念は広く共有されている。香港のタクシー運転手に北京語を使うよう義務づける施策が一時検討されたほか、中国南部の広東省では、広東語を排斥しようとする動きがあるとして住民の抗議行動も起こった。

広東語は近代になって北京語が標準化される以前からあり、香港のアイデンティティーと文化を形作る重要な一部となっている。だが、中国当局は広東語を独自の言語とは認めておらず、「方言」としている。

香港中心部の道路を占拠した「雨傘運動」。具体的な成果は得られなかったとの指摘も

映画のメッセージは暗いかもしれない。だが周監督は、こうした映画が存在すること自体、希望が完全には失われていないことの証しだと指摘。「表現の自由がまだ残っていることに感謝しなくては。これを大事に守っていかなければならない」と述べる。

ただ、映画の政治的な色合いから問題も起きた。脚本を読んだ俳優数人は、あまりに敏感な問題を扱っているとして出演を断ったという。伍監督によれば、映画への参加を打診された人の多くも、中国での将来の仕事に影響が及ぶことを心配していた。

香港では書店関係者らの失踪を受け、中国当局が表現の自由を取り締まろうとしているとの懸念が再燃している。香港記者協会は最新の報告書のなかで、「報道の自由が減少しつつある」と指摘。記者への攻撃のほか、メディアの保有権が中国寄りの企業などに集中する現状に言及した。

周監督は「香港市民は恐怖のなかで暮らしている。撮影中に出演者やプロデューサーから懸念の声を多く聞いた」「今のところ劇場で公開できているが、撮影中の心境は自由ではなかった」と話す。

監督らは、映画を通じて香港の人々が行動を起こしてくれればと期待を寄せる

映画には香港の未来に絶望したようなシーンが多く出てくる。だが、周監督は究極的なメッセージは希望に満ちたものだと主張。「絶望を見て取る観客もいるが、上演後にその目を見て話しかけてみると、香港が抱える問題への解決策を探ろうとする熱意にあふれている」と語る。

伍監督は今回のプロジェクトのために、あらゆる境遇の香港市民の声を聞いた。将来の見通しについて尋ねると、その目には力が宿り、エネルギーに満ちているようだったという。「こうした情熱を捉え、スクリーンに表現することに決めた」と述べる。

監督らはいずれも、映画を通じて人々が行動を起こし、作中の世界が現実のものとなるのを防いでほしいとの思いを口にした。

周監督によれば、香港で政治を話題にする人は多くない。1990年代、英国から中国への主権移譲を控えていたときと同様、多くの人が移住を検討しているという。周監督は「香港に残り抗戦したい、香港を守りたいと考える人がどれだけいるか。人々は故郷を諦めてしまうのか」と問いかけた。

2025年の香港の姿とは

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