Architecture

戦闘地域に3Dプリンターで校舎を建設 ウクライナでの取り組み

現在ウクライナで建設中の3Dプリンターを使用した建造物の完成予想図

現在ウクライナで建設中の3Dプリンターを使用した建造物の完成予想図/balbek bureau

(CNN) 淡いグレーのライン、曲線を描くシックな外壁。プロジェクト・ハイブは学校というより、都会の喧騒(けんそう)を離れたフィットネスクラブや現代アート美術館のように見える。

繭、あるいは建物の名前にもなっている蜂の巣箱を思わせる独特の外観は、その建設工程――3Dプリンターによるものだ。

ウクライナのリビウ市第23小学校から200フィート(約61メートル)足らずの場所に立つ面積3983平方フィート(約370平方メートル)の校舎の壁は、COBOD社製ガントリー型3Dプリンターを使ってわずか40時間で施工された。データ化した設計図をもとに、ケーキに生クリームを絞るようにコンクリートを重ねていくのだ。

今回のモデル事業を統括するNPO団体「Team4UA」の創設者、ジャンクリストフ・ボニス氏によると、3Dプリンターで建設された教育施設は欧州で初めて。戦闘地域では3Dプリンターで建設された建造物第1号だそうだ。

「私は建設業者ではない。建築家や開発業者になるつもりもない……だがロボット工学やAIやテクノロジーを介して、(建設)工程のスピードアップが可能になる」とCNNとのリモートインタビューでボニス氏は語った。

2022年2月にロシアがウクライナを全面侵攻して間もなく、リビウをはじめとする地域は大きな問題に直面した。戦禍を逃れて市内に疎開した人々や、ここを経由して避難する数万人への対応だ。国連の国際移住機関による最新データによると、昨年12月時点でリビウ地域だけでも17万3000人の国内避難民を抱えていた。

ボニス氏いわく、プロジェクト・ハイブでは疎開した生徒を受け入れるため、さらに四つの教室を増設する予定だ。プロジェクトが成功すれば、ゆくゆくは「3Dプリンターがウクライナ各地の建築手段のひとつになるだろう」と同氏は期待を寄せる。

校舎の壁は、COBOD社製ガントリー型3Dプリンターを使ってわずか40時間で施工された/Team4UA
校舎の壁は、COBOD社製ガントリー型3Dプリンターを使ってわずか40時間で施工された/Team4UA

停電、爆撃

3Dプリンターを使った建設は目覚ましいスピードアップが可能だ。専門家の間では、従来の建築手法よりサステイナブルだという意見もある。

Team4UAは設計面でウクライナのデザインスタジオ「バルベック・ビューロー」と、技術面で建築会社「アルス・ロンガ」と協働した。平屋作りの建物は22年9月に着工し、当初の予定では基礎から仕上げまでわずか3カ月で終える見込みだった。

だがロシアは同年10~11月にかけてウクライナ各地に空襲や爆撃を展開。送電網など主要な民間インフラが攻撃され、リビウでは大規模な停電に度々見舞われた。地元の人々は発電機で電力を賄うことができるが、プロジェクト・ハイブの建設は中断された。電力供給が不安定になり、プリンターを安全に現場に運べるような状況ではなくなったからだ。

昨年夏になってリビウの状況も落ち着き、電力供給も完全に復旧して、ようやくプリンターを現場に搬入することができた。コンクリートのフレームの施工にはのべ2日もかからなかったが、Team4UAでは施工期間を6週間に延ばして現場での研修・養成を行った。

開校日は24年1月に変更されたが、今度は資金問題という別の難問にぶつかった。この1年でウクライナでの建設費用は急増し、屋根や窓、ドア、内装などの最終仕上げを完了するために追加で40万ドル(約6050万円)を集めなければならなかったとプロジェクト関係者は言う。

「毎日のように難関に直面する」とボニス氏も言う。だが同氏の意志は揺るがない。「(これは)テクノロジーで希望を取り戻す手段でもある」

3Dプリンターを活用して建設される教育施設のモデル。4つの教室が新設される/Team4UA
3Dプリンターを活用して建設される教育施設のモデル。4つの教室が新設される/Team4UA

高くつく選択肢

3Dプリント建築の技術は比較的新しく、完成した建造物の安全性や安定性に関するデータが限られていることから、これまではもっぱら単発のプロジェクトや研究目的でのコラボレーションで活用されてきた。

オランダの建築会社「DUS」は15年から試験的に3Dプリンターで住宅群を建設している。テキサス州に拠点を置く建設業者「ICON」は、テキサス州オースティンとメキシコのナカフカ市で、自治体の建物をすべて3Dプリンターで建設した。20年には3Dプリンターによる世界初の商業ビル「ドバイ・フューチャー・ファウンデーション」が、21年には世界初の学校がマラウィに完成した。後者の場合、壁の施工時間はたったの18時間だった。

しかし大規模な建設事業となると、3Dプリント技術は「まだ始まったばかりだ」と香港大学のクリスチャン・ラング准教授は言う。建築が専門の同氏は、同大学のロボティック・ファブリケーション研究室の担当教授でもある。

現在紛争や動乱が起きている地域で、建築に3Dプリント技術を活用するメリットについてラング氏は懐疑的だ。

3Dプリント技術は従来の建築手段より安く上がる可能性がある一方、プリンター導入の初期費用は相当の額になりうる。サイズも大きいため移動するのは困難で、費用もかかる。

3Dプリンターより安上がりで、かつ工期も短くて済む別の選択肢もあるとランゲ氏は言う。その例がプレハブやモジュール建築だ。工場で製造したパーツを使い、現場であっという間に組み立てられるプレハブ建築は20世紀前半に人気を集めた。第2次世界大戦後の復興にも活用され、家を失った人々に安い住居を提供した。

「仮設住宅は恒久的である必要はない」とラング氏は電話インタビューで語った。「3Dプリント技術は特殊な構造や形状の場合には大きな効果を発揮する。完全に自由に設計できるからだ――壁が直線だろうが曲線だろうが、ロボットやマシンは気にしない」

だが技術者や建築作業員や専門職労働者の多くが前線で戦っているウクライナでは、自動化は人手不足対策の一助になるかもしれない。こう語るのは、プロジェクト・ハイブの施工業者「7CIグループ」でマネジングパートナーを務めるオルガ・ガビュラ氏だ。

「この技術があれば、少ない人数の専門家で建設ができる。これは大きな利点だ」とガビュラ氏は言い、プロジェクト・ハイブでも施工段階で4人の専門家だけで事足りたと付け加えた。

ロシアの空爆はウクライナのインフラを今も破壊し続けている――今年もリビウをはじめとする都市が何度となく攻撃され、民間人が命を落とし、住居が破壊された。数多くの建造物が再建の必要に迫られる中、3Dプリント技術は必要不可欠な存在になるだろうというのがガビュラ氏の意見だ。

プロジェクト・ハイブのようなモデル事業は建設工程の実証実験になるのはもちろん、ウクライナの専門職養成にも役立つと同氏は考えている。「将来的には自分たちで、この技術を応用できるようになるだろう」と同氏は続けた。

コンクリートの壁の施工期間は6週間に延ばし、現場での研修・養成を行った/Team4UA
コンクリートの壁の施工期間は6週間に延ばし、現場での研修・養成を行った/Team4UA

コミュニティーの再建

災害被災地や紛争地で3Dプリンターを使った建築に可能性を見出しているのはTeam4UAだけではない。

米アリゾナ州を拠点とする建設会社「ダイアモンド・エイジ」の最高経営責任者(CEO)ジャック・オスラン氏によると、防空壕(ごう)と軍事インフラを3Dプリンターで建設する計画をウクライナ当局と現在協議中だ。

ダイアモンド・エイジでは特許を取得した3Dプリントシステムで、壁に断熱効果を付加しているという。オスラン氏いわく、同社が手がけた建造物は従来の木造建造物よりもエネルギー効率が30%向上するという。また強度の面でも、カテゴリー5クラスのハリケーンや中等度の地震にも耐えられるという。

「こうした耐気候性は、軍事活用や人道活用への展開にむけた完璧な足がかりとなる」と同氏は言い、自動化により戦闘地域での死者数も減らすことができるとも付け加えた。「危険な状況にさらす人数を減らすことができる。この点は弊社も重視している」

キーウ経済大学の調査によると、ロシアが全面侵攻を仕掛けてから23年9月までに被害を受けたウクライナのインフラ(住居、学校、送電網、交通網など)の再建費用は推計1512億ドル(約23兆円)。専門家の調べでは、損壊または全壊した建物のうち3500以上が教育施設、16万戸以上が住宅だった。

オスラン氏は、3Dプリンターの使用が国の再建事業を後押しする大きなチャンスになるととらえている。「軍事施設や人道施設の建設用に現在ウクライナに提供されているものは何であれ、いずれは住宅建設や(ウクライナの)コミュニティー再建に転用されるだろう」

木造の壁も設置された完成後の教育施設のデジタル画像/balbek bureau
木造の壁も設置された完成後の教育施設のデジタル画像/balbek bureau

「この国の未来」

リビウのプロジェクト・ハイブには、小学校の校舎という以上の期待が寄せられているとボニス氏は言う。

「現地に行くと、子どもたちが保護者と一緒に近づいてきて、『この学校に通うのがすごく楽しみです、国で一番ユニークな学校だから』とウクライナ語で話しかけてくる」(ボニス氏)

リビウ市教育部のアンドリィ・ザカリュク主任はCNNとのメールインタビューに応じ、今回のプロジェクトは生徒たちにぴったりの環境を作る「貴重な機会を与えてくれた」と語った。

「子どもたちが人生の新たな節目を、真新しいモダンな環境で迎えることができるのは象徴的だ」とザカリュク氏。「子どもたちは今、3Dプリンターの力で本物のビルを建てられるのだと自分の目で確かめることができた」

さらに変更された新校舎の開校日を待ちわびつつ、ボニス氏はすでに2件、3Dプリンターを使ったさらに野心的なプロジェクトに着手している――ひとつはヘルソン州の橋、もうひとつはキーウ中心地の8階建てビルだ。

Team4UAではこうしたモデル事業により、今後の建設事業の費用が削減されるとともに、工期の短縮化や効率化にもつながるだろうと期待している。一方でボニス氏は民間企業の立ち上げに動いている。将来的には3Dプリンターを2台購入し、ウクライナで「サービスとしての3Dプリント」事業を始めて、利益をTeam4UAの人道支援活動費に充てる計画だ。

「校舎を3Dプリンターで作るというコンセプトだけではない――重要なのはこの国の未来だ」とボニス氏は言う。「遅かれ早かれ、この戦争もいつかは終わる。その時には灰から立ち上がって国を再建し、新たなページを刻む必要がある」

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