OPINION

戦争がロシアの玄関口へ 今や安心できない近さに

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先月30日にはモスクワにドローン攻撃が仕掛けられ、建物に軽微な損傷が発生した

先月30日にはモスクワにドローン攻撃が仕掛けられ、建物に軽微な損傷が発生した

(CNN) 来たるウクライナ軍の反転攻勢について、衝撃と畏怖(いふ)をもたらす爆撃作戦を見込んでいる人々は落胆するだろう。2003年に米軍が実施したイラク空爆さながらの攻撃は期待できない。

マイケル・ボチュルキウ氏
マイケル・ボチュルキウ氏

確かに、ある種の無言の圧力がウクライナのゼレンスキー大統領の政権にはのしかかっている。計画した反転攻勢を可能な限り迅速に敢行し、西側からの巨額の軍事支援によってロシアのプーチン大統領を押し戻せることを明示するよう求める圧力だ。プーチン氏は少なくとも、22年の全面侵攻以前の境界線まで引かなくてはならない。

ウクライナのリーダーたちと軍事作戦の立案者たちはまた、大西洋をまたいだ展開にも気を配る必要がある。最も強力な同盟国の米国では、トランプ前大統領が25年にホワイトハウスに返り咲くかもしれない。そうなれば、支援は落ち込む公算が大きい。

だがウクライナ政府は見たところ抜け目なく動いている。長期的な視野に立った反転攻勢を実施し、行動を強いられるのを避け、戦場での計画について手の内を見せないようにしている。

既に周知のことだが、ゼレンスキー氏には時間が必要だ。武器の備蓄を増やしつつ、兵士も訓練しなくてはならない。

だが間違いなく、話題の反転攻勢は一段と視界に入りつつある。イラク戦争方式の侵攻ではなく、巧妙な、人によっては見事とも形容し得る対ロシア攻撃という形で。

それらが始まったのは先週だ。反プーチンを掲げるロシア人たちがロシア南部のベルゴロド州に越境攻撃を仕掛けた。続いてウクライナ軍が、ロシアの占領下にある港湾都市ベルジャンシクを攻撃した。

週内には米国が、ドローン(無人機)によるものとみられる先月3日のクレムリン(ロシア大統領府)への攻撃に新たな光を投げかけた。攻撃はウクライナ軍もしくは同国の諜報(ちょうほう)当局が実施した公算が大きいと主張したのだ。

そして先月30日午前には、ドローン攻撃がロシア首都で発生。紛争がロシアの領土に持ち込まれたことが改めて明確になった。ロシア政府はウクライナが「テロ攻撃」を行ったと非難したが、ウクライナ政府は攻撃への関与を否定した。攻撃では建物が軽微な損傷を受けたほか、複数の負傷者が出た。

攻撃の責任がどこに帰そうとも、確実なことが一つある。つまり攻撃により、モスクワの住民はウクライナの首都に暮らす人々が日々経験するのと同じ目に遭ったということだ。

なるほど、ロシアはウクライナの首都キーウにほぼ毎日猛攻撃を加えている。29日から30日午前にかけての恐ろしいドローン攻撃では1人が死亡。少なくとも3人が負傷した。

ロシア人にとって戦争は安心できない近さに

しかし、ウクライナ人のSNSに火をつけたのは2つの反クレムリン組織による越境侵入だった。彼らは先週、少なくとも一時的にはロシアの領土約41平方キロを制圧したと主張した。

ウクライナ軍から独立して行動していると主張するこれらの戦闘員の挑発行為は大規模な避難を引き起こし、ウクライナへの全面侵攻の開始以降で最も苛烈なロシアの内部闘争を表出させた。

プーチン氏の甲冑(かっちゅう)には割れ目ができている。この種の破壊的な攻撃がますます頻発し、ロシア国内の他州にまで広がれば、いずれはプーチン氏の権力維持にとって重大な転換点が訪れる事態も考えられる。

ここでの狙いはロシア領土の実際の占領ではなく、プーチン氏とロシア国民にメッセージを送ることのように見える。つまりウクライナ戦争は無駄に血を流し、かけがえのない人たちの命を奪うものだというメッセージだ。

ロシアには懸念すべき理由がまだある。英国が供与した「ストームシャドー」のように、ステルス機能を持つ長距離巡航ミサイルを獲得したウクライナは今や、ロシアの占領地域の相当深い地点、さらにはロシア本土にさえ攻撃を加えることが可能だ。ストームシャドーの射程は約250キロと、米国が供与したミサイルの約78キロを大幅に上回る。

そのようなシナリオは事態を激化させかねないと、米政府の当局者らは気をもむかもしれない。他方、欧州の当局者らは見て見ぬふりを決め込んでいるようだ。その間ウクライナは一段と攻撃的に、ロシア側の標的を絞り込んでいる。

さらに、もしウクライナ軍がロシア領内深くに位置する主要な軍事拠点への攻撃を阻まれるとするなら、次のような問いが発せられるはずだ。このダビデとゴリアテの戦いで、ウクライナ側の片方の腕を縛りつけてどうなるというのか?

直近の越境侵入は、たとえ何らかの形でウクライナ政府との関連があったとしても見事なタイミングで遂行された。侵入に踏み切った時、ロシア軍は前線の別の地点に気を取られ、領土の獲得と占領地の防衛を試みていた。

ロシア義勇軍団(RVC)と自由ロシア軍団は、見たところウクライナを支持するロシアの義勇兵で、プーチン政権の打倒を目指している。RVCと異なり自由ロシア軍団は、ウクライナ軍司令部の指揮下で戦っていると主張。そこには「ロシア人としてウクライナ軍に加わり、プーチン率いる武装したギャングと戦いたい」との思いがある。

2つの反政府グループに関する情報が世界に広がり始めると早速、米紙ニューヨーク・タイムズはRVCのリーダーとネオナチの分裂派との関係にまつわる記事を発表した。従来これらのグループの名前は、現地の情報を密接に追っていた我々の間でさえもほとんど知られていなかった。

仮にニューヨーク・タイムズの記事が事実なら、クレムリンの情報操作マシンがこれを利用し、ウクライナをナチスの温床として印象付ける可能性がある。これは今回の侵攻における誤った前提の一つだ。

賢明にもゼレンスキー氏とその側近は、RVCらの侵入について概ね沈黙を守っている。

プーチン氏にとっては終わりの始まり?

越境侵入がプーチン氏への脅威となるのか、なるとすればどれほどの大きさか、断定するのはほぼ不可能だ。しかし、自国内を移動するのに大統領専用機ではなく装甲列車に乗っていると伝えられる人物が、現時点で平穏な夜を過ごしているとは考えにくい。戦争がここまで全く計画通りに進んでいないのであればなおさらだ。

ロシアの民間軍事会社ワグネルを率いるエフゲニー・プリゴジン氏ですら先週、国民が政権転覆に動くかもしれないと警告した。いわゆる「特別軍事作戦」がこのまま成果を挙げずに推移するなら、そうした状況も起こり得るという。

恐らく短期的に生じる公算が大きいのは、ロシアがハイブリッド戦略を用いてウクライナを攻撃し、西側諸国の生活を不安に陥れる事態だ。

それはキーウや他の中心地に対する連日の攻撃を継続しつつ(住民から睡眠を奪うことで、心理的戦争の形態をとる)、食料を武器化することを意味する。後者は穀物をはじめとする農産物の輸出を規制し、ウクライナから西側の市場への流通を妨げる措置を指す。さらには移民の武器化さえも戦略に加える。ドローンやミサイルによる攻撃で十分な恐怖を作り出し、数百万人に上るウクライナからの難民を帰国させない作戦だ。

プーチン氏がこの戦争を自分から終わらせることはないと考えるのは理にかなう。停戦や和平協定に応じるつもりはないだろう。むしろ本人は、時間稼ぎをすることで勝利できると信じ込んでいるように見える。

一般市民の巻き添え被害に、プーチン氏は決して関心を払わない。気にかけるのは自身の安全と権力のみだ。しかしここへ来て、モスクワと前線の間の緩衝地帯は急速に狭まりつつある。

従って、自ら始めた戦争が安心できないほど近づく中、プーチン氏が現職に就く日数も目減りしていく可能性があると、筆者は考えている。

マイケル・ボチュルキウ氏は世界情勢アナリストで、欧州安全保障協力機構(OSCE)の元広報担当者。現在はウクライナ南部オデーサに拠点を置き、米シンクタンク、アトランティック・カウンシルのシニアフェローを務める。CNNには論説を定期的に寄稿している。記事の内容は同氏個人の見解です。

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