OPINION

データの保護と共有に世界基準を 手遅れになる前に

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有効かつ公平なデータエコノミーの実現のため、世界的基準の構築が求められている/Alberto Mier/CNN

有効かつ公平なデータエコノミーの実現のため、世界的基準の構築が求められている/Alberto Mier/CNN

寄稿者のヤン・キャリエールスワロー氏とヴィクラム・ハクサル氏
寄稿者のヤン・キャリエールスワロー氏とヴィクラム・ハクサル氏

人類が、ここまでありとあらゆる面において記録されることはかつてなかった。スマートウォッチは我々の脈拍をリアルタイムで把握し、そこから遠く離れた人工知能(AI)が心疾患のリスクを検証する。近距離無線通信「ブルートゥース」と全地球測位システム(GPS)は、我々の誰かがグルメ食品店で買い物をしたり、お菓子売り場からなかなか立ち去らないでいたりするのを追跡し続けている。ソーシャルメディア上の「いいね」や閲覧時間は収集され、信用リスクを予測するのに使われる。ショッピングサイトでの検索クエリは、自然言語処理がかけられ、ターゲティング広告を生み出す。そうした広告は見えない鎖で、少しずつ我々の趣味や習慣の形を変えていく。

個人に対するデータの生成と収集は、現代の経済で大きな部分を占めるに至った。そしてそれは巨大な価値を生む。ビッグデータとAI分析を活用することで、生産性を高めるための研究開発が可能になる。また誰もが金融サービスを利用できるようにする取り組みを前進させる手段にもなりうる。

新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)の時期、全人口のリアルタイムでの移動に関するデータから、政策立案者はロックダウン(封鎖措置)の影響に関する情報を得てきた。また接触追跡アプリは個人に対し、感染者と危険なほど近づいている可能性を通知している。

しかし、まさにデータの助けを借りて新型コロナを監視し、感染状況に順応・対処するなかで、パンデミックは2つの根本的な問題を明確に浮かび上がらせた。それは情報がいかにしてグローバル経済に流入していくかにかかわる問題だ。1つ目はデータを積極的に活用した新たな経済「データエコノミー」が不透明で、必ずしも個人のプライバシーを尊重するものではないということ。2つ目は、データを民間部門の中に留め置くことで、公共財としての社会的価値が低下するということだ。

責任あるデータ活用の方法

我々のスマートデバイスから生み出されるデータはつまるところ私的財であり、それらを保有するのは「ビッグテック」と呼ばれる大手のIT企業だ。彼らはソーシャルメディア、オンラインショッピング、ネット検索ツールを支配している。そうしたデータがどれほど価値のあるものかを考えれば、企業がそれらを独占する傾向にあるのは驚く話ではない。データが多ければ分析の精度は増し、活用の需要も高まる。それによってさらにデータが集まり、より多くの利益をもたらす。こうして膨れ上がったデータという形での軍資金が、彼らのプラットフォームネットワークを要塞(ようさい)化し、競争を抑制する可能性をもはらむ。

この「拾ったものは自分のもの」というモデルから、あまりにも多くのデータを集める傾向が生まれる。ただデータにとって最も役に立つ状況で利用される機会は満足に訪れず、民間企業の貯蔵庫に取っておかれる。公共の必要性を満たすこともないままに。

データの共有は、生命科学といった分野で新技術の開発に資する可能性がある。疫学研究がビッグデータ分析の拡大からどれほどの恩恵を受けたかを考えてみてほしい。1人の研究者が自国の患者らの経験を分析するのも、出発点としてはいいかもしれない。しかし大勢の研究者が連携し、世界中からより多くの患者の経験を引き出して取り組んだ研究には太刀打ちできない。そうした取り組みこそが国境を越えて行ういくつもの協同作業が成功する鍵になる。

データをもっと公共財とするにはどうすればいいか? 商業的な利益や技術革新のための誘因は、公共的な信頼の構築との間でバランスを取らなくてはならない。そうした作業はプライバシーの保護と完全性を通じて行う必要がある。

データエコノミーのルールを明確にするのは、スタート地点としてふさわしい。例えば2018年に欧州で適用が始まった一般データ保護規則(GDPR)の結果として、ここまで重要な進展が見られた。GDPRは数々の権利と義務を明確化して、データエコノミーの管理・運営を規定したものだ。

欧州連合(EU)の住民には現在、自分たちのデータにアクセスし、それがどのように処理されるかを制限する権利がある。これらの権利は一段と重くなる罰金によって強化されている。ただ、研究者らがデジタル経済に与える GDPRの影響を目の当たりにするようになっても、そこには依然として懸念が存在する。つまり、こうした権利をいかに運用し、ただ単にチェックボックスをクリックするだけの行為に陥るのをどうやって防ぐのかという問題だ。

人々は自分たちの個人的なデータに関して、もっと仲介する存在が必要だ。公共のデータを扱う事業体の創設を検討するのも一案かもしれない。おそらく信用登録機関の派生版のような組織となるだろうが、こうした機関があれば、公共の必要性と個人の権利とのバランスがとれるようになる。

独立した機関が職務として特定の種類の個人データを収集、匿名化するのを想像してみてほしい。こうしたデータは関係者の同意を前提として、その後分析に活用することができる。データの使用目的としては、パンデミック対策のための接触追跡、より精度の高いマクロ経済予測、マネーロンダリング(資金洗浄)やテロ組織への資金提供の撲滅に向けた取り組みなどが考えられる。

政策はまた、消費者が個別企業の収益構造の人質になることを回避する上で助けとなる。それにより市場の競争可能性や競争に恩恵をもたらす。EUが昨年の終わりに提案したデジタル市場法(DМA)とデジタルサービス法(DSA)には新たな特徴が数多く盛り込まれている。例えば、市場支配力が大きく、消費者と企業間の関門の役割を果たすビッグテックをはじめとする「ゲートキーパー企業」――ソーシャルメディアやオンラインショッピングサイトの運営企業を含む――には、特定の状況下でサードパーティーとの相互運用を義務付ける。このほか、消費者が自分たちのデータを異なるプラットフォームにより手軽に移せるようになる措置も講じる。

政策はデータをサイバー攻撃から守る点でも役割を担う。個別の企業は自社の顧客のデータが不正アクセスに遭った場合、システム全体に対する世間の信頼が傷ついた損失については、自分たちの損得計算に含める「内部化」を完全に行うことはない。したがってサイバーセキュリティーへの投資は、公益にかなう水準より少ない規模になる可能性がある。

世界規模のアプローチ

多くの国々が政策を立案し、より明瞭かつ公平で、一段と活力のあるデータエコノミーの実現を目指している。しかしこうした国々はそれぞれ異なる手法を取っており、より多くの分裂が世界規模のデジタル経済で起きるリスクをはらむ。

こうしたリスクは、数多くのデータ集約型の領域で表面化している。具体的には物品の貿易から、国境をまたぐ金融フローまで様々だ。パンデミックを背景に、異なるプライバシー保護の基準が存在しており、極めて重要な国境を越えた医療研究での協働が困難になっている。実際にはパンデミック以前にもそうした状況は起きていたが、その理由は生物医学の臨床試験に関して個別のデータを共有しづらいことにある。

世界規模の連携は恒常的な課題だ。とりわけデータの扱いについての方針といった複雑な領域ではそうで、数多くの利害関係者や規制当局者が個々の国の中だけでもかかわってくる。国境をまたいでの取り組みとなればなおさらだ。パンデミックの影響への対処をすることは、個人の権利や国家安全保障にかかわる特権も守りつつも、国際的なデータの共有で最小限の世界共通の方針を作る必要性を問うという、難しい質問を投げかける新たな機会を生み出している。

今は革新的な技術上の解決策を探究する好機でもある。海外旅行の復活に、世界的なワクチン接種のデータベース化が一役買う可能性を考慮してみるといい。昔ながらの、紙を基本とした健康証明書の使用が拡大するかもしれないが、基準の策定や相互運用の可能なデータ管理システムの構築は必要とされるだろう。こうしたシステムを通じて、個人のワクチン接種状況の報告や診断が行われる。接種状況は各自のデジタルアイデンティティーにひもづけられる可能性がある。同時に、個人のプライバシーの保護や他の目的でデータにアクセスしないといった内容についても合意が図られるだろう。

ゆるぎない主張として、国際協力こそ世界的なデータエコノミーの恩恵を確実なものにするとの見方がある。それによってより強靭(きょうじん)かつ健全、公平なグローバル社会が構築できるという。前へ進む方法を見つけるため、我々にできるのは正しい問いかけから取り組みを開始することである。

本稿はオリジナル版を編集したものである。オリジナル版は国際通貨基金(IMF)の季刊誌「ファイナンス&ディベロップメント」の2021年春号に全文が掲載されている。ヤン・キャリエールスワロー氏はIМFの戦略政策審査局に所属するエコノミスト。ヴィクラム・ハクサル氏はIМFの金融資本市場局の局長補。記事の内容は両氏の個人的な見解です。

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