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ビクトリア女王ゆかりの1900年のチョコレート、当時の軍人のヘルメットから見つかる

英ビクトリア女王の依頼で作ったチョコレートが当時の軍人のヘルメットから見つかった

英ビクトリア女王の依頼で作ったチョコレートが当時の軍人のヘルメットから見つかった/From National Trust/Twitter

とろけるように甘い卵型のお菓子から贅沢な味わいのチョコレートトリュフまで、イースター(キリスト教の復活祭)には大勢の人々が親しい人同士でおやつを交換し合う。

けれども場合によっては、箱に書いてある賞味期限に目をとめて、商品が作られたのが今世紀なのかどうか確認した方がいいかもしれない。

英イングランド東部のノーフォークでこのほど、ビクトリア女王の依頼により121年前に作られたチョコレートが、当時のブリキの容器に収まった状態で見つかった。ボーア戦争に加わった軍人のヘルメットの中にあったという。

これは英大手菓子メーカーのキャドバリー、フライ、ラウントリーが1900年に作った板チョコで、南アフリカでの第2次ボーア戦争を戦った兵士の士気を高める目的で製造された。見つかったチョコレートがどのメーカーのものなのかは確定していない。

歴史的建築物の保護を目的に設立された英ナショナル・トラストが今週発表したところによると、チョコレートとヘルメットの持ち主は第8代パストンベディングフェルド準男爵ヘンリー・エドワード。ボーア戦争への従軍経験がある人物だという。

ビクトリア女王の依頼で121年前に作られたブリキ缶入りのチョコレート/From National Trust/Twitter
ビクトリア女王の依頼で121年前に作られたブリキ缶入りのチョコレート/From National Trust/Twitter

ベディングフェルド家の家族とスタッフは、この缶入りのチョコレートをナショナル・トラストが所有するオックスバラ・ホールと呼ばれる邸宅の屋根裏で見つけた。ヘンリー・エドワードの娘のフランシス・グレートヘッドさんの所持品の中にあったという。グレートヘッドさんは昨年、100歳で亡くなった。

グレートヘッドさんが「一役買った」おかげで、堀に囲まれた築539年のオックスバラ・ホールは1951年の競売にかけられるのを免れ、ナショナル・トラストに寄贈された。寄贈にはグレートヘッドさんの母親やいとこも関わった。

ホールを担当する学芸員のリンジー・クームス氏は1日、CNNの取材に答え、チョコレートについて「形が壊れたりは全くしていないが、さすがに多少の傷みはみられる。茶色がかった色はなお健在だけれども、イースターに食べたいとはあまり思わない」と語った。

そのうえで「持ち主は女王からの記念品として取っておくつもりで、ついそのまま忘れてしまったのかもしれない……あるいは単にチョコレートが好きではなかった可能性もある」と付け加えた。

クームス氏によると、前出のメーカー3社はいずれも当初、チョコレートに自社の商標をつけるのを拒否したという。3社の創業家は平和主義を掲げるクエーカー教徒で、南アでの戦争に反対していたためだ。

それでも最終的に3社はビクトリア女王の依頼を受け入れ、10万缶を生産。その多くが将校や兵士の手に渡ったという。

缶には女王からのメッセージが添えられた。ナショナル・トラストによれば、1缶当たりのチョコレートの量は約227グラムだった。ビクトリア女王の在位期間は1837年から1901年まで。

英国立公文書館によると、大英帝国と独立したボーア人(南アに入植したオランダ系移民の子孫)の国家は、南アで2つの戦争を戦った。一般に「ボーア戦争」の名で知られるのはこのうちの2度目の戦争だという。1899年に始まり1902年まで続いたこの戦争には、英国のチャーチル元首相や名探偵シャーロック・ホームズを生んだ作家のアーサー・コナン・ドイルといった著名人も従軍していた。

1895年に設立されたナショナル・トラストは、500を超える名所旧跡を管理している。それらの総面積は24万8000ヘクタールに及ぶ。チョコレートとヘルメットはまだ展示対象としていないが、今後そうする計画はあるという。

現在のところ、学芸員らはチョコレートを無酸性のティッシュペーパーで包み、温度と湿度を一定に保った場所で保管している。その状態ならさらに100年保存することも可能かもしれないと、クームス氏は話す。

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