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他人のテキスト画面を盗み撮り、アートに変えた写真家

盗み撮りした他人のテキスト画面を写真家がアート作品として発表した

盗み撮りした他人のテキスト画面を写真家がアート作品として発表した/Courtesy the artist and MACK

ソーシャルディスタンシング(社会的距離の確保)が当たり前になる以前は、混雑した地下鉄のプラットホームで待っている間や、列に並んでいる間に他人のテキストメッセージを盗み見するのは容易で、多少長めにのぞいていても怪しまれなかった。写真家ジェフ・マーメルスタイン氏は、他人のスマホをのぞいてみたいというこの一般的な衝動を利用して、他人の肩越しにスマホの画面の写真をこっそり撮影している。

マーメルスタイン氏が写真共有アプリ「インスタグラム」に写真を投稿する際に使用しているハッシュタグ「#nyc」がそのままタイトルとなった新しい写真集に載っている会話の写真を見ると、われわれの普段のメッセージのやりとりがいかに感動的で、ユーモアがあり、そして時にばかげているかが分かる。

また、このマーメルスタイン氏のプロジェクトは、プライバシーと写真の問題も提起している。同氏の写真に写っている人の身元は伏せてあるが、会話はかなり私的な内容であることが多い。

マーメルスタイン氏は電話インタビューで、「(写真集に載せる写真は)記憶に残るものを選んだ。恐らく、謎めいているかぼんやりとした写真、長持ちする写真、示唆に富んだ写真だろう」と述べた。

2018年のプロジェクト開始以来、マーメルスタイン氏が撮りためた写真は約1200枚に上るという。

写真に写っているメールはほんの数行で、名前も伏せてあるが、各写真に写っている情報から会話の全容を想像することは可能だ。

スマホを持つ両手とスマホの画面に表示された会話の断片から読み取れるのは、口から出まかせに言い争う恋人たちの会話、妊娠を報告し合う友人同士の会話、そして単なる友人でいたいと言う浮気相手との会話だ。

ある写真には、幻覚剤「アヤフアスカ」によってもたらされた「お告げ」を聞いた後、詳細な謝罪のメッセージを送る人物が写っている。

マーメルスタイン氏は2年で1200枚前後の画面写真を撮りためた/Courtesy the artist and MACK
マーメルスタイン氏は2年で1200枚前後の画面写真を撮り貯めた/Courtesy the artist and MACK

きっかけはある女性のテキスト

マーメルスタイン氏が撮影したやりとりの中には、ソーセージの賞味期限を尋ねる友人との会話など、当たり障りのないものもあるが、感情のこもった会話もある。あるテキストのやりとりでは、誰かが最愛の人に翌日から化学療法を開始するよう懇願している。また別のやりとりでは、誰かがコロナウイルスから身を守る方法についてアドバイスしている(マーメルスタイン氏の写真の投稿は、新型コロナウイルスのパンデミックの開始と同時に止まっている。当時、ニューヨークではソーシャル・ディスタンシングを義務付ける措置が取られた)。

マーメルスタイン氏によると、テキスト画面の写真はストリートスナップの別種の形態になぞらえることもできる/Courtesy the artist and MACK
マーメルスタイン氏によると、テキスト画面の写真はストリートスナップの別種の形態になぞらえることもできる/Courtesy the artist and MACK

マーメルスタイン氏が初めてスマホの画面を撮影したのは偶然だった。8番街にいた中年女性がレストランの外に立ち、スマホの画面に見入っていた。その画面を撮影した後、その女性がネットで検索をしていたことが分かった。

マーメルスタイン氏は「そのグーグル検索は非常に興味深かった」と述べ、「また不可解で、面白い上に悲しい内容だった」と付け加えた。その女性は、屋根裏で発見した多額のお金をどうすべきかについて助言を求めていた。女性は、彼は遺書は残さなかったとタイプしていたので、恐らくそのお金は女性の父親の遺産だろう。

「それがきっかけで、人々のスマホ画面にどんなことが書かれているのかを気にするようになった」とマーメルスタイン氏は付け加えた。

そしてマーメルスタイン氏は、他人のテキストのやりとりの撮影に集中しようと決意する。過去2~3年で撮影のコツをつかんだマーメルスタイン氏は、スマホの画面に何が書かれているかを知らずに写真を撮っている。

マーメルスタイン氏は「行き先を検索したり、ウーバーで車を呼んでいる人は非常によく見かける」とし、「だからこそ、面白いテキストを発見する可能性が高い状況を見分ける自分なりの方法を見出せたのだと思う。ただ、それはかなり微妙な判断だ」と付け加えた。

ライカやキヤノンのカメラを使用した数十年を経て、マーメルスタイン氏は携帯端末による撮影へと移行し始めた/Courtesy the artist and MACK
ライカやキヤノンのカメラを使用した数十年を経て、マーメルスタイン氏は携帯端末による撮影へと移行し始めた/Courtesy the artist and MACK

持続する写真の印象

時に非常に私的な内容のテキストの盗み撮りは、他人のプライバシーを侵害していると感じることもある。会話は、変わった性格や重大な秘密、あるいはむき出しの感情を中心に展開することがあるからだ。しかしマーメルスタイン氏は、テキストの写真は従来のストリートスナップと大差はないと考えている。

ソーシャルディスタンスを義務付ける措置が導入されたことをきっかけに、スマホ画面の写真制作は終わりを迎えた/Courtesy the artist and MACK
ソーシャルディスタンスを義務付ける措置が導入されたことをきっかけに、スマホ画面の写真制作は終わりを迎えた/Courtesy the artist and MACK

マーメルスタイン氏が探し求めているのは、ストリート写真家たちが通常求めるジェスチャーや表情ではなく、言葉を通じて現れる人間の内面だという。

「(テキストの写真は)人間の本質に対し、違う種類の洞察を与えてくれるので、大変ワクワクする」(マーメルスタイン氏)

マーメルスタイン氏は、自分が撮影したテキストの写真と他の写真、例えば大抵被写体である人物の認識や同意もなく、公共の場で撮影されたストリートポートレートとを比較し、「同じ盗撮でもタイプが異なる」と言う。

マーメルスタイン氏は「見知らぬ人の前に立ち(中略)会話をせず、その人に自分の素性について一切のヒントを与えずに彼らの写真を撮る。これは明らかに盗撮だ」とし、「(テキストの写真と)従来のストリート写真との間にはこの驚きに近い関連がある」と付け加えた。

目に入るやり取りは、極めて個人的な内容からばかばかしいものまで多岐にわたる/Courtesy the artist and MACK
目に入るやり取りは、極めて個人的な内容からばかばかしいものまで多岐にわたる/Courtesy the artist and MACK

ストリート写真もそうだが、テキストの写真は、ほんの少しの間、自分自身の経験の外に飛び出し、他人の立場で生きるのがどんな感じかについて考える1つの方法だ。

しかし、時にそれは後々まで尾を引く大変奇妙な瞬間でもある。

「あるテキストメッセージを初めて見た時、めまいがした」とマーメルスタイン氏は振り返る。

「(誰かが)何かの賞品としてマスクメロンを受け取っているという内容だったが、その画面が頭から離れず、残像がどんどん大きくなっている。その不可解な曖昧(あいまい)さ、ばかばかしさ、くだらなさが原因だ」(マーメルスタイン氏)

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