台湾の五輪出場、なぜチャイニーズタイペイの名称なのか

カナダ・オンタリオ州トロント(CTV Network) 東京オリンピック(五輪)には台湾から18種目に68人の選手が出場しているが、選手たちは台湾、または正式名称とする中華民国の名の下で、国旗を掲げて出場することは出来ない。代わりにチャイニーズタイペイという名称の下でチャイニーズタイペイの旗を掲げることになっている。

これは争点となっている台湾の政治的な地位に由来する。

台湾の選手たちは1956年~72年、中華民国の名称の下で五輪に出場していた。

北京の中国政府はこの間、台湾は中華人民共和国に正当に帰属しており、中国という名称の国は世界に一つしかないと主張。五輪への出場をボイコットしていた。

だが76年に開催されたモントリオール五輪の際、当時のカナダ首相ピエール・トルドー氏は台湾に対し、中国を代表する唯一の政府は北京政府であるとカナダが認識していることを鑑み、中華民国として出場することを認めないと通達。これを受けて台湾は同五輪をボイコットした。

79年に行われた北京政府と国際オリンピック委員会(IOC)による複数回の交渉を経て、同政府は台湾の選手団がチャイニーズタイペイとして出場する限り、五輪へのボイコットを取りやめることに同意。この協定は名古屋決議と呼ばれるようになった。

チャイニーズタイペイという名称は意図的にあいまいさを含んでおり、北京政府にとっては台湾が中国に帰属することを含意し、一方の台湾にとっては台湾が中国文化圏である事実に焦点を当てた名称と解釈できるようになっている。

そうして北京政府は80年、米ニューヨーク州レークプラシッドで開催された冬季五輪に初参加したものの、台湾は同決議を受け入れずに不参加。

81年になると、台湾はチャイニーズタイペイを名称とする条件を受け入れ、84年のロサンゼルス五輪にこの名称の下で初参加した。

名古屋決議はまた、中華民国の旗を五輪において掲揚することを禁じており、代わりに台湾選手団のため、白地に五輪のシンボルマークと中華民国の国章をあしらい、花の模様で囲んだチャイニーズタイペイ・オリンピック委員会旗が新たに制作された。

台湾の選手が金メダルを獲得した際には、中華民国の国歌の演奏は出来ず、代わりに「国旗歌」が演奏される。

台湾ではチャイニーズタイペイの名称は不評だが、それでも2018年に実施された、五輪での名称を台湾に変更するか否かを争点とした住民投票では、五輪への参加を禁じられる恐れがあるとして変更案は否決されている。

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