OPINION

カナダのトラック運転手による抗議は「コロナ不条理」の最新事例

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カナダ国旗を掲げ、コロナ規制に反対して議会周辺を練り歩く人々とトラックの車列/Lars Hagberg/AFP/Getty Images

カナダ国旗を掲げ、コロナ規制に反対して議会周辺を練り歩く人々とトラックの車列/Lars Hagberg/AFP/Getty Images

(CNN) 新型コロナウイルスにまつわる不条理も、ここに極まった。

つい忘れそうになるが、パンデミック(世界的大流行)が始まり、それに付随する全ての出来事が我々の身に降りかかってから、まだ2年と経っていない。

アブドゥル・エルサイード氏/Razi Jafri
アブドゥル・エルサイード氏/Razi Jafri

そんな気がしないのは、それが単一にしてあらゆるものを網羅する経験だからにほかならない。将来の世代が今の我々について語るとき、その様子はさながら我々の世代が大恐慌を乗り越えた人々を語るようなものになるだろう。「彼らはパンデミックを乗り越えた」。その短い一言で、なぜ我々が機内で反射的にマスクを着けるのか、あるいはなぜレストランの空気清浄システムをメニューよりも問題にするのかが説明できる。

しかしパンデミックで経験したある側面については、極度に感染力が強く致死性もあるウイルスの存在だけでは簡単に説明がつかない。新型コロナ蔓延(まんえん)がもたらした純然たる不条理がそれだ。下着を顔にかぶって航空機に搭乗しマスク着用義務に抗議する、安全で有効なワクチンではなく馬用の駆虫薬を服用する、そうした事例が実際に起きた。あるいは家庭用の消毒剤をのみ込む人々も現れた。米国の大統領が、治療に役立つかもしれないと真顔で示唆したからだ。パンデミック以降、このようなばかげた、時に警戒すべき人々の行動は頻度を増し、その傾向にも拍車がかかっている。

そうした不条理さを体現するものとして、現在カナダを掌握しているトラック運転手らの抗議行動は他に類を見ない。

1月下旬、カナダのトラック運転手の車列が国土を横断。西部ブリティッシュコロンビア州から首都オタワへと乗り込み、ワクチン義務化に抗議の声を上げた。運転手らは、カナダ入国に際してワクチン接種を義務付けられ、接種しない場合は検査と隔離が求められるとした措置に反対している。

抗議デモは急速に拡大。数千人の人々が交通をふさぎ、カナダと米国の国境の通行を妨げる事態となっている。抗議が2~3週目に入っても、緩やかに組織されたトラック運転手らが何を要求しているのかは依然として不明だ。当該の義務について「違憲」だと主張する人もいれば、トルドー首相に対しすべてのコロナ規制を撤廃するよう求める人もいる。

現状がどれほど奇妙なのか認識するため、新型コロナという単語が存在する前に戻ってみよう。我々の多くは、仮に命にかかわるウイルスが蔓延したなら、社会として医者や専門家に答えを求めるだろう。必要とされる公共政策は、彼らの合理的かつ根拠に基づいた理由づけによって推し進められるはずだ。

もちろん、いくつかの重要な問題について意見の相違はあるだろうし、不思議なほどに因習を打破したがる人や2派に分かれ絶対に折り合おうとしない人々もいるだろう。それでも大部分において、我々は集団的なアプローチを展開し、ウイルスに打ち勝とうとする。やるべきことをやってパンデミックを乗り越えるだろう。そして、はっきりさせておくと、それこそ大多数の人々が実際に取った行動にほかならなかった。

ところが当初から、当時の大統領に同調する形で「治療法」すなわち予防的な保健対策が「病気それ自体より悪い」と論じる人たちもいた。大統領は公衆衛生上の危機がどれだけ悪化しつつあるかという初期の証拠を隠していたが、これには株価を守る目的があったとみられる。

彼らはロックダウン(都市封鎖)が中小企業を痛めつけていると指摘した。また学校の閉鎖を受けて子どもたちが登校の機会を奪われ、クラスメートと交流したり無料の給食を食べたりできなくなっていると主張。給食を頼りにしている子どもの数は極めて多いことに言及した。マスクはとにかく不快だと訴え、生活に負荷がかかることに対して憤慨した。

確かに、こうした主張に間違った点は全くなかった。どれもこれも新型コロナ規制で発生した実質的なコストばかりだ。ただ当然ながらウイルスの感染がもたらしたコストの方が、症状や死亡につながる分だけはるかに、そして明白に重大なものとなった。

最初は正当だった意見の不一致も、ウイルスそれ自体と同様に変異し始めた。ミシガン州ではロックダウンへのいら立ちに突き動かされた武装民兵が州議会議事堂に乱入。選挙で選ばれた役職者に危害を加える計画を立てていたと報じられた。全国各地で繰り広げられた戦いは感染拡大期にも学校を開け続けようという趣旨だったが、やがて大規模な抗議行動を引き起こした。そこでやり玉に挙がったのは、まさしく子どもたちが学校で安全に過ごすことを可能にするもの、マスクとワクチンだった。

公共の空間でマスクを着けなくてはならないことへのストレスが引き金となり、大人たちは小売店の従業員や旅客機の客室乗務員に当たり散らした。

そうした状況で、カナダのトラック運転手らが登場した。彼らの抗議活動はカナダ中の都市及びそのさらに先まで広がり、事実上、各地の共同体の日常生活を停止に追い込んだ。現在は米デトロイトとオンタリオ州ウインザーを結ぶアンバサダー橋をふさいでいる。この橋は国境を越えたビジネスにとっての大動脈の一つだ。

何と言っても不条理なのは、コロナ規制に対する抗議のおかげで今や人々の日常生活が混乱に陥っているという点だろう。本来、抗議は規制による混乱に歯止めをかけるのが目的だったのだから。彼らの構想はすでに破綻(はたん)している。

だがひょっとすると、最初からこうなる筋書きだったのかもしれない。というのも、現状と離れがたく結びつく社会政治的な風潮もまた、不条理に覆われているからだ。極右運動が世界中で盛り上がり、大挙して現れる原始的ファシズム支持者と独裁者とが権力を握っている。ネットで目に付く陰謀論はアルゴリズムをすり抜け、ぞっとする方法で現実世界に流れ込んでもいる。

こうした背景を念頭に置くと、おそらくパンデミックは我々の見てきた不条理の基質ではなく、むしろ触媒だった。すでに起きていた現象を加速させただけに過ぎなかったのではないか。

どちらにせよ、ウイルスの勢いに陰りが見え始め、パンデミック後の生活がどうなるのか思いを巡らせようとする中にあって、我々が理解しなくてはならないのは、ウイルスが収束しただけでパンデミックは終わらないということだ。ウイルスに付随する不条理も合わせて収束したときにこそ、パンデミックは終焉(しゅうえん)を迎えるのである。

アブドゥル・エルサイード博士は医師で疫学者。米デトロイト市の医療責任者を務めた経歴を持つ。CNNの政治コメンテーターでもある。記事の内容は同氏個人の見解です。

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