ヘビの毒は研究室で生成可能に 「人命救助」につながるか

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ヘビの毒を研究室で作り出すことが可能になった。研究が進めば多くの人命が救われる可能性がある/Benjamin Gilbert/ Wellcome

ヘビの毒を研究室で作り出すことが可能になった。研究が進めば多くの人命が救われる可能性がある/Benjamin Gilbert/ Wellcome

(CNN) 不幸にも毒蛇にかまれてしまった場合、助かるための最善の方法は抗毒素の投与だ。この抗毒素は、ビクトリア朝時代から同じ方法で作られている。

まず蛇の毒を手で搾り出し、少量を馬などの動物に注射し、免疫反応を起こさせる。そして、その動物から採った血液を精製し、その蛇毒に効く抗体を抽出する。

しかし、この抗毒素の生成法は面倒な上に、危険なのは言うまでもない。失敗が起こりやすく、骨が折れ、完成した血清が深刻な副作用をもたらす恐れもある。

そのため、専門家からはかなり前から、1日に約200人が命を落とす蛇の咬傷(こうしょう)のより良い治療法を求める声が上がっていた。

そして今、ついに科学者らは、長い間無視されてきたこの研究分野に幹細胞研究やゲノムマッピングを適用し始めている。彼らは、21世紀の新しい抗毒素生成法が生まれ、最終的に毎年数十万人は無理でも、数千人の命は救いたいと考えている。

専門家によれば、ヘビにかまれて1日あたり約200人が命を落とすという/Ludek Perina/CTK/AP
専門家によれば、ヘビにかまれて1日あたり約200人が命を落とすという/Ludek Perina/CTK/AP

オランダのある研究チームは、幹細胞を使って、研究室内でサンゴコブラと他の8種類の蛇の毒腺を作り出した。同研究チームによると、この蛇の毒腺の小型の3次元レプリカが生成した毒素は、その蛇の毒とほぼ同じだという。

インドのある科学者チームは、インドコブラのゲノム配列の解読に成功した。インドコブラはインドの「4大蛇」のうちの1種だ。インドでは蛇の咬傷による年間死者数が5万人に上り、その大半はこのインドコブラの咬傷により死亡している。

がんから蛇毒にシフト

オランダのユトレヒトにあるヒューブレヒト研究所の主任研究員を務めるハンス・クレバース氏は、自分の研究室で蛇の毒を作ることになるとは夢にも思わなかった。

クレバース氏は10年前、「ヒューマンオルガノイド」と呼ばれる、個々の患者の幹細胞で作る小型の臓器の作り方を考案した。このヒューマンオルガノイドのおかげで、医師らは医薬品の特定の効果のテストを体外で安全に行うことが可能になった。これが、がん治療などの分野に革命をもたらし、個々の患者に適した治療が可能になった。

では、クレバース氏はなぜ、蛇の毒腺の培養を決意したのか。

きっかけは、クレバース氏の研究室で働いていた3人の博士課程の学生の思い付きだという。3人はネズミや人間の腎臓、肝臓、腸の再生に飽きてきていた。

顕微鏡で見た毒腺の様子/Ravian van Ineveld/Princess Máxima Center
顕微鏡で見た毒腺の様子/Ravian van Ineveld/Princess Máxima Center

「彼らは、蛇もネズミや人間と同じように幹細胞を持っているはずなのに、誰も蛇の幹細胞の研究をしていないと考えた」(クレバース氏)

業者から蛇の受精卵を手に入れた研究者たちは、幹細胞を含む蛇の組織の小さな塊を取り出し、彼らがヒューマンオルガノイドに使用したのと同じ増殖因子を使ってシャーレ(培養皿)の中で(ヒューマンオルガノイドよりも低温で)培養することにより、毒腺を作れることを発見した。さらに、幅わずか1ミリの小さな球である蛇オルガノイドは、蛇毒と同じ毒素を生み出すことも分かった。

クレバース氏は「球を開くと、中から大量の毒が出てくる。この毒は恐らく、蛇の毒と全く同じだろう。同種の蛇の毒と比べたところ、成分は全く同じだった」と言う。

研究室で人工的に作った蛇毒を本物の蛇毒と遺伝子レベルで比較し、機能の観点も比べたところ、筋細胞がこの人工の蛇毒に触れると「発火」を停止することが分かった。

馬ではなく、細胞とDNA

現在、われわれが入手可能な抗毒素は、人間ではなく馬の体内で作られており、副作用を引き起こす可能性が比較的高い。副作用は、発疹やかゆみなどの軽度のものからアナフィラキシー(全身のアレルギー反応)のような重度のものまである。また、抗毒素は値段も高い。英国の医学研究支援団体ウェルカムトラストの見積もりでは、抗毒素1瓶の価格は160ドル(約1万7500円)で、蛇の咬傷の治療には通常複数の瓶を要する。

ヘビによる被害はアジアとアフリカで多く、世界全体では毎年最大13万8000人が死亡する
ヘビによる被害はアジアとアフリカで多く、世界全体では毎年最大13万8000人が死亡する

ウェルカムトラストによると、仮に抗毒素を必要とする人々に抗毒素を買う余裕があったとしても、世界には必要量の半分以下の抗毒素しか存在しないという。さらに、これまでに開発された抗毒素は、世界の毒蛇の約60%にしか対応していない。

その点、今回の新しい研究により、科学者らは600種ほどの毒蛇の毒腺オルガノイドのバイオバンクを設立し、それを利用して研究室内で蛇毒を無限に作り出すことが可能になりそうだという。

抗毒素を作るには、まず遺伝情報とオルガノイド技術を使って、最も有害な特定の毒成分を作り出す。そして、その毒成分からモノクローナル抗体を作り、その抗体が体の免疫系に似た働きをし、蛇の毒と戦う。これは、がんなどの病気の免疫療法ですでに使われている手法だ。

クレバース氏の研究室は、世界の最も毒性の高い50種類の動物から毒腺オルガノイドを作り、そのバイオバンクを全世界の研究者たちと共有する予定で、現時点では1週間に1個のペースでオルガノイドの生成が可能だという。

しかし、製薬会社は昔から抗毒素の生成への投資に消極的だ、とクレバース氏は指摘する。

「(毒蛇の)被害に苦しむ国々には資金がない。蛇毒でどれだけ多くの人が命を落としていることか。サメに襲われて死亡する人は年間約20人ほどだが、毒蛇にかまれて死亡する人は10万~15万人に上る」とクレバース氏は言う。

「私は基本的にがんの研究者だが、がん研究への投資額と蛇毒の研究への投資額の差にがくぜんとする」(同氏)

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